ソニア・ブレイドニール
七歳を迎えた日の翌日。
誕生日プレゼントとして両親に貰った星型のペンダントを身に付けて、ソニアは自分の生まれ育ったその小さな村の中を駆け回る。
とても元気で、愛嬌のある子供だった。
「あらぁ、ソニアちゃん。おはよう、今日も元気いっぱいねぇ」
「おう、ソニアちゃん! どうだ、採れたての野菜あるが食うか?」
「なんだ、ブレイドニールんところのガキじゃねえか。今日も楽しそうだな」
村の皆に優しく声をかけられて、それに一つ一つソニアは手を振って挨拶も返していく。
人は少ないけれど、とても温かくて良い村だと幼心ながらにソニアは思っていた。
「あ、ソニアちゃん!」
快活に、活発に、鼻歌交じりに走っていると視線の先に栗色の髪の女の子の姿を見付けた。
「ゆーちゃん!」
一番の仲良しの友達のゆーちゃんだ。
ソニアはゆーちゃんの元まで駆け寄り、抱き着いた。
「ゆーちゃ、おはよー」
「うん、おはよ。あ、そうだ、ソニアちゃん。昨日、たんじょーびだったよね?」
ゴソゴソとゆーちゃんは鞄の中から四つ葉のクローバーの押し花の栞を取り出して、ソニアに渡す
「これあげるよ」
「ありがとう! 大事にするね!」
栞をポケットにしまって、ソニアはゆーちゃんの手を取る。
「ねえ、ゆーちゃんあそぼ」
「うん!」
ゆーちゃんはソニアの手を握り返す。
「今日は何してあそぼっか」
「うーん、あ、そうだ! 今日は東のどーくつのたんけんに行きたい」
「……え、どーくついくの?」
「うん、今日こそはこうりゃくだよ!」
洞窟とはいっても危険はない。
むしろこの村の者達の管理が行き届いているので、安全ともいえる。
ただ、まだ幼くその安全性を知らない彼女たちにとっては、恐怖心を煽るような場所だった。その為、ゆーちゃんは顔を引き攣らせる。
が、直ぐに洞窟に行く決意を固めた。
洞窟は苦手でもソニアのことは大好きだからだ。
「うん、じゃーそうしよっか」
二人は手を繋ぎ、村の東、少し歩いた先の洞窟までいく。
「おう、ソニアちゃんとゆーちゃん。また来たのか」
洞窟には管理の為に常に複数の村人がいる。
今日の担当は父の飲み友達のおじさんだった。
「うん、きょーこそはまぼろしのお宝を見つけるんだ」
「……みつけるんです」
ふんすと胸を張る幼女二人に、おじさんは苦笑する。
(ここにそんなものはないんだけどな……、まあいいか)
おじさんは道を譲り、
「おう、行って幻のお宝とやらを見つけてこい」
すんなり二人を通す。
「ありがと、おじさん!」
「えっと、ありがとうございます、おじさん!」
二人は礼を言って、先に進む。
洞窟の中はひんやりとしていた。
「ちょっと、寒いね」
「だね。もうちょっと着てくればよかったかも」
ぷるぷる震えながら二人は薄暗い洞窟の中を歩いていく。
中は相変わらず直進の道が続くだけ。
特に罠はなく、獰猛な獣などもいない。
ただの空気の冷たい道が伸びているだけの洞窟。
だが、そんな洞窟でも小さい彼女たちには恐ろしい洞窟に見えた。
「ーーね、ねえ、そろそろ戻ろ? 今日はこの間きたときよりもすすんだよね」
洞窟の雰囲気に圧倒されてゆーちゃんは弱気になっていた。
そんな彼女の手をぐっとソニアは握り締める。
「ううん、今日こそはこうりゃくだよ!」
「でも、戻れなくなったら……」
怖い。何もかもを呑み込んでしまいそうなこの洞窟が、とても恐ろしい。
「だいじょーぶだって、さ、いこっか」
ゆーちゃんの手を引き、ソニアは前を歩く。
「う、うん」
そのまま二人は歩いていく。
大人の足なら三十分程で出口まで辿り着くが、警戒しながらゆっくりゆっくりと進む子供の足では一時間経っても出口には至らない。
「ね、ねえ、ソニアちゃん。まだかな?」
「た、多分もうすこしだよ」
いつもならこの辺で引き返している。
先の見えない道の恐怖には大人ですら抗えない者も多い。
それを幼い女の子が、こんな薄暗く恐ろしい洞窟の中で感じるなど本来なら引き返す道を選んでも不思議ではないだろう。
だが、ソニアは昨日誕生日を迎えて気分的には大人の仲間入りだ。
なので怖さを我慢して、ゆーちゃんと体を寄せ合いながら一歩また一歩と確実に進んでいく。と、その先に一筋の光を見た。
「あっ……」
出口だろうか。
「ゆーちゃん、あれ」
「う、うん。きっとそうだよね」
二人は徐々に早足になっていき、そして光の中に飛び込んだ。
そこはやはり出口だった。
「!!」
洞窟を抜けた二人は、えらく幻想的な景色を目の当たりにした。
複雑に編まれた蔓の天蓋に、その縫い目から降り注ぐ温かな日差し。その陽光を受けて、一面に広がる色鮮やかな花畑は燦々と煌めいていた。
目を奪われるとはまさにこのことだろう。
とてもこの世のものとは思えないような、儚い美しさがそこには広がっていた。
「……ソニアちゃん、すごいね」
「……うん、ゆーちゃん」
来てよかった、と二人は心底思う。