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魔女の甘言

 両腕を失い、エルリスの魔力が途絶えたことでその機能を停止させる暗黒騎士を、起き上がった骸鳩が取り囲む。

 動かない。

 そう見て取れるが、誰も近付く気配がない。

 目の前にいるのは化け物だ。

 中身のない恐怖を体現するかのような化け物だ。


 ノアの法具のおかげで攻撃力を切り落とした。だが、それでも怖いものは怖い。


 並の者ならば誰も近付くのに躊躇うのは仕方の無いことだろう。

 だが、そこは骸鳩。

 深く深い闇の中を人の死を勢いとして高く飛翔する者達。

 直ぐに気を持ち直して、戦意を奮い立たせる。と、暗黒騎士の肩。そこに一人の幼女が舞い降りた。


「あら、まだ戦うのかしら」


 エルリスである。


「……エルリス・アイ・ディアボロス……だと」


 小柄な男は呟いた。

 彼女は暗殺対象だ。

 その呟きを聞いたボスは、ゆっくり起き上がり、ふらふらと歩く。


「なる、ほど、ぐっ、そう、か、……こいつが」


 ただの子供がこんなこと出来るはずがない。

 他に誰か協力者がいるのだろう。

 だが、ボスは「他の協力者」のことについてを考えずに目の前の状況を直ぐに受け入れる。

 いや、恐らく協力者はいる。

 そうでもなければ自分たちが暗殺の依頼を仲介してからの数日で、ここまで出来るはずがない。

 きっと誰か協力者はいる。が、主犯は恐らく彼女だ。

 根拠はない。こればかりは長年の感としか言い様がなかった。


 極稀に幼くして一騎当千の働きをする化け物というのがいる。

 聖アングルス王国の巫女のような。

 そんな天才すらも遥かに凌駕するような異質な化け物。

 目の前のこの幼女はその類の化け物なのだろう。


「こんにちわ。いいえ、こんばんわ、と言った方がいいかしら」


 もう夜だ。

 エルリスは暗黒騎士の兜を肘置きにして、全体を眺める。


「まずはお礼を言います。私のこの子が世話になったようで、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げて、


「それから皆さんに交渉したいことがあります。代表者は前へ」


 エルリスは言う。


「……なんだ」


 エルリスの言葉を受けて、先の戦闘でボロボロの骸鳩のボスは前に出た。


「単刀直入に言います。この組織を私にください」


「……は?」

 

 そのふざけた要求に、ボスを含めた周りの骸鳩は一瞬にして唖然とする。


「だからこの組織を私にください」


 意味が分からない。

 そうその場にいる骸鳩の者達の心が一致し、ざわっと沸き立つ。と、どこからか「ふざけるな!」という声が飛んだ。

 若い男の構成員のもので、それからその声に続くように否定の言葉が溢れてくる。


「ああ、そうだ! ふざけている!」


「そんな要求飲めるわけねえだろ! ボスあのガキは暗殺の対象なんでしょう! ここでやっちゃいましょう!」


「糞ガキが黙って聞いてれば調子乗りやがって」


 何も言わないのはボスと、エルリスに謀られて死の直前まで追い詰められていたところを何故か助けられた小柄な男だけ。

 その沸き立つ連中に向けてエルリスは言う。


「何故そこまで私を否定するのかしら。私ならば貴方たちをもっと高く羽ばたかせることもできるのよ」


 洗脳すれば彼らを簡単に自分の手元に置くことはできる。

 だが、それはダメだ。

 洗脳は自主性や思考力を著しく奪い、行動を強制させることしかできないため成長というものが見込めない。

 自分の元に置く以上は、少なくとも自主性や思考力は不可欠な要素である。

 そうでなければ暗黒騎士のような使い魔を量産すればいいだけだ。


「……俺たちを羽ばたかせるだと?」


 誰かがぼそりと零した。


「何も知らねえ、糞ガキが!」

 

 どこかから飛んできた炎の塊が、エルリスに当たる直前で弾けて消えた。

 そのことに驚き、彼らは目を見開く。


「ええ、そうね。確かに今の私は何も知らないかもしれないわ」


 むくりと立ち上がり、エルリスはスカートを抑えながら虚空の上に立つ。

 何かするのでは……。

 と、彼らは警戒を抱き、身構える。

 それはただ相手の警戒心を逆手に取って、黙らせただけ。

 未知のものに触れる時、余程の狂人でもない限りはまず身の警戒。それから行動に移す。

 そして言葉とは行動に他ならない。

 場は静かになり、傾聴の状況は整った。

 勿論、彼らにとってそれはただ危険だから身構えただけで、傾聴の為の状況だとは微塵も思ってはいない。

 だが、結果として傾聴の姿勢になってしまった。


「だからこそ私には貴方たちが『必要』なの。私のこの力で貴方たちを高く飛ばしてあげる。だから貴方たちには私の翼となって、この私に最高の景色を見せてほしいの」


 エルリスは言う。


「貴方たちが飛ぶのに害する尽くは私が排除する。世界の境界を渡り、時を越えて、その翼を見せ付ける」

 

 まるで演説するかのように、


「このようなところで死を運ぶだけの無様に満足せずに、あなた達こそが『死』という事象の果てにあるものだと、有象無象の心に焼き付けるのよ」

 

 エルリスは言葉を紡ぐ。

 出来るはずがない、と誰もが思う。

 だが、そう彼らが思った直後にエルリスはさらに続ける。


「……出来るはずがない。そう思うのは当然ね」


 心の声を拾い上げたかのような的確な言葉に、はっと皆は顔を上げた。


「だけど、貴方達は見たはずよ、その眼で。知ったはずよ、その身で。私の力を」


 骸鳩の構成員は暗黒騎士の残骸に視線を向ける。

 もう誰もが疑問を抱くこともなく、自然とエルリスの言葉を聞いていた。

 だが、暗黒騎士は確かに強かった。

 でも、その暗黒騎士も今は機能を停止している。

 それが彼らの内にエルリスの言葉の否定する材料として宿った。


「だが、その黒い化け物もノア博士の法具には勝てなかったじゃねえか」


 そうね、とエルリスは頷いた。


「確かにこの子だけでは限界があるかもしれないわ」


「だったら」


「でもこの子だけなら、ね」


 ぼわっとエルリスの手から黒い煙が現れて、その中から数体の暗黒騎士が現れた。


「この程度の雑兵なら私は幾らでも作ることはできる」


「……っ、あれが、雑兵……だって」


 自分たちが束になっても叶わなかったあの化け物がただの雑兵。その言葉に一人、また一人と戦意が失われていく。


「ええ、そうよ。これが私の力。私ならば貴方達を高く羽ばたかせることができる」

 

「……っ、だが、お前はそれだけの力を持っているなら一人で何でもできるだろ」


 誰かが言った。それも当然の疑問だ。

 何故なら生前の彼女自身もそうだったからだ。

 一人で何でも出来る。むしろ、一人の方がいいとすら思っていた。

 だが、それを否定したのは生前の自分を追い詰めて、殺した者達だ。

 エルリスはゆっくりと首を振り、彼らの言葉を否定する。


「一人では限界があるもの。だから貴方たちのような『仲間』が欲しかったの」


 その言葉に戦意を失った者達は歓喜に震えた。

 圧倒的な力を持つ者が共に行く仲間として選んだのは、自分たち骸鳩。

 その事に、今まで誰からも認められることなく生きてきた彼らの心

は震え上がった。

 

「お、おお」


 ぼそりと誰かが熱気を零す。と、それに感化されたのか一気に熱気が溢れた。


「ーーぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 大気を震わす雄叫びにも似たその大声に、ボスは溜息をつく。

 ボスはエルリスの姿を見た瞬間にその交渉を受ける決意を固めていた。自分たちが助かる道は交渉を受けるしかないだろうと理解していたからだ。

 だが、まさか全員を納得させようとするとは思わなかった。


「エルリス! いや、エルリス様!!」


「そうだ! この人と一緒ならこんな暗殺の仲介みたいな泥水を啜るようなことよりももっと高みを目指すことができるはずだ」


 それらの反応を見て、満足そうにエルリスは頷いたのだった。


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