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ファイについて(2)

「へ?」


てっきりそうして騎士見習いから始めて徐々に上へと這い上がっていくのだと思っていた私は、思わず間抜けな声をあげてしまった。

疑問符を浮かべつつ隣へと目を向ければミロが苦笑している。

「普通なら、そうなると思うでしょ?」と。


「物語でよくある『普通』でファイ団長はあの地位にいるんじゃないんだよ」


ファイ・エルドラドは騎士の前に騎士見習いがあることを知っていた。

ファイ・エルドラドは騎士見習いになることすら今の自分の年齢では出来ないことを知っていた。



しかしファイ・エルドラドは『聖女の騎士』になるためだけに城に来た。



そのタイミングは、しかし彼が調べに調べた末に来た必然などでもなく、彼の勘によるものだった。

『今』が騎士になれるときだと、彼は思ったという。


「簡単に言うならその日、魔物の大群が押し寄せてきたんだ」


ミロの言葉はそれこそ文にしたら100文字にも満たないのに、まるで現実感のないそれがとても怖いと、そう思った。





彼はその日なら、騎士になれると唐突に思った。

だからその日に城の門を叩いたし、なれないといわれてもなれないとは思わなかった。

そして、「また来なさい」と言った騎士の言葉が途切れる寸前に響いた甲高いまさしく『警告音』と呼べるそれは予想が間違っていなかったことを彼に教えた。


緊急事態であることを明確に知らせる音は城に来ていたから気付けるような類のもので、恐らく魔法でそういう設定にしているのだろう。城下の人間がパニックになっている様子はない。

城に着くのが少し早くとも少し遅くともタイミングがあわなかっただろう事を考えると、やはり『今』なのだと彼は思った。



さて、魔物には魔術を使う上級と魔術を使わぬ下級がいる。

本来ならば上級の魔物は滅多に現れぬものではない。しかし魔物は気紛れなもので、現れるときは現れる。


そして今回は最悪なケースだった。


大量の下級魔物を連れた上級魔物という組合せ。

しかもその上級の魔物が使える魔法が姿をある程度変えられるもので、魔物たちが人に見えていたのだ。

幸いと言っていいのかはわからないが、ある程度肉眼で確認できるほど近くに来たと思ったときに彼等に近付く人間がいたことで獲物を目にした魔物がその人間を襲ってしまい、彼等を覆っていた魔術はかき消え、彼等は本来の姿を現してしまった。

当然だが魔物達はバレてしまったのならば仕方がないと逃げ帰ることなど無い。むしろ大挙して押し寄せてきた。


それに待ったをかけるのは城の騎士や魔術師達だ。

戦うために、彼等はいる。

魔術師は転送のための魔方陣を組み上げたり騎士に守りの術を掛けたりし、足に自信のある騎士は城から飛び出していく。そして走る間に自然と違う騎士団同士で固まり即席のチームを作る。


仕事中の騎士も休日だった騎士も関係なく走るそれにファイが紛れるのは、思っていたよりも簡単なことだった。


本来ならばしっかりと騎士団ごとに仕事に当たるのは当たり前だが今回は時間との勝負だった。それほどに魔物が近くに来すぎていたし、上級の魔物の力が未知数過ぎた。姿をある程度変えられる魔物の力はどれほどのものか。


万が一、城下を護る結界を破るほどのものだったら?


だから結界に辿り着くまでに倒し尽くさなければならなかった。

動けるものは一刻も早く。

「お前何処の騎士団だ?」とも、「お前騎士見習いじゃないのか?」等とも気にしている余裕はない。

倒し、生き残り、守る。

騎士団とはそのためにある。


いや、もしかするとわかっていてなお、いざとなれば切り捨てるつもりで受け入れたのかも知れないけれど。





結界の外は、当然ながら戦場だった。


人数が足りないとはいえ彼等は一歩も引くことなくひたすらに前を向いて戦い続けている。

しかし援軍が欲しい、というのがその場にいる皆の素直な気持ちだった。

城に残す分を考えると戦えるものなら騎士でなかろうが手伝って貰いたいくらいの、敵の量。


そんな中でファイが入ったチームは歴戦の猛者みたいな目の下に大きな傷のある四十代位の男を中心にしたもので、敵の数など気にした風もなく皆の期待に応えるようにその男は「大丈夫だ。……勝つぞ!」と豪快に笑った。

その場違いなほどに明るい笑顔はその場にいた人間を鼓舞するのに十分なもので、彼らの頭にあった一抹の不安も瞬く間に消えていった。この人となら勝てる、そう思わせる笑顔だった。


「にしてもガキ、お前こんな所によく来る気になったなあ!大丈夫か?!」


男は戻れと彼に言わなかった。

ただ、少しだけ心配そうに眉を下げながらその左腕に持った大剣をぶん回して敵をふっ飛ばした。

空中に浮かび上がった敵はそのまま燃え上がり、地面に落ちることなく灰となって消えていく。

圧倒的な火力は、別名『業火の騎士』と呼ばれる男に相応しいものだったのだけれど、ファイにとってはよく燃える、それだけの感想だ。

倒すか、倒さないか。殺すか、殺されるか。戦場にあるのも必要なのも、その二つだけだ。


「騎士になりに来た。だから、問題ない」


気負った様子も自棄になった様子もなく、ファイは言った。

年齢にそぐわないその落ち着きにしかし男は苦笑う。


「この国は少年兵を推奨してるわけじゃねえからなあ」


むしろ規制しているが故に彼は『今』を逃せば騎士にはなれない。少なくとも、普通であれば後数年は。

今の年で騎士になるならば、それだけの分かり易い実績が必要で、それは、それだけ死にやすいと言うこと。

だから一人で立っていた彼を男、リーヴス・ハーヴェンは自分のチームに引っ張り込んだ。

それは結果を焦るあまり死んでいった者を短くもないが長くもない人生で何人も見てきた故の彼の甘さと言えるだろう。

見た目は強面だがリーヴスという男は面倒見の良いお節介な奴だった。

さり気なく自分の周りの魔物だけでなくファイに向かう魔物ごと大剣で吹き飛ばす。とはいえ敵の数は多く、ファイに向かう魔物を減らすことは出来てもゼロには出来ない。


「大丈夫かぁ?!」


ファイに飛びかかった魔物は三匹。

ファイがやられそうならばそいつらを吹っ飛ばしてファイを結界内に戻そうと思ったリーヴスだったが飛びかかった筈の魔物は次の瞬間それぞれ二つに裂かれていた。

しかも魔物が早々復活できないように傷口が焼かれている。

何にも知らない無謀なだけの子供というわけではないらしい、とリーヴスは口元を緩めた。




さて、魔物は聖女の加護の無い限り復活すると言われている。

そして魔物が多く発生し始めた時に聖女が現れると言われていたが、聖女がいない時間だって確かに存在する。それ故に人々は魔物がいずれは復活するとしてもそれが早々ではないように、退治された場所でないようにと試行錯誤した。その結果が『魔法』である。

魔法と魔物の相性は聖女の力と魔物の相性には劣るがかなり悪かった。

下手をすればその場で復活する魔物が空間に溶けて消え、その場所とは違う魔物の生まれやすいどこかの地で時間をかけて復活する程度には。



リーヴスは魔法を『魔法単体』として使うのは大の苦手だったが、どうやら彼の扱う剣で行う攻撃には勝手に火の魔法が込められるらしく復活する魔物についてなにかを思ったことはない。

そんな彼が使うのは炎を纏わせる、ただそれだけの単純なものだ。むしろ他の応用は一切出来ないので不便とすら言えるだろう。まあ単純な方が分かり易くていいと本気でいえる彼なので問題は一切無い。

そんな風に魔法について適当な彼でもファイの戦いは変わった戦い方だと思わせるものだった。

人々が使える魔法は四大元素の『火』、『水』、『土』、『風』の四種類。しかしその中でも自然と得意なものは決まるし、全てを使いこなせるものはかなり少ない。

それに、魔法を切り替えるのは難しい。水と火のように正反対なものを交互に出すなんてことしていたら普通の人間ならばそれだけで疲弊してしまう。

なのにファイの魔法はバリエーションが非常に豊富で戦いに応じての魔法が自動的と思わせるくらいにするすると切り替わっていた。

使っているものは特別なわけではない。それでも、特別と思わせるには十分だった。彼は、魔法を戦いのサポートとして単体としても武器との合わせ技としても完全に使いこなしていた。


「やるじゃねえか!!」

「やる、と思うなら騎士にしてくれ。俺は、ここに『聖女の騎士』になりに来たんだ」

「……っはは!『聖女の騎士』になりにきたのか、お前!!そうだな…推薦しといてやるよ!つーか、せっかくだから俺の部下になれ!!」

「最終的に聖女の騎士になれるのならなんでもいい」


リーヴスは短い間どころか出会って半日も経っていないようなファイをその一言で気に入った。

魔術師達がこぞって欲しがりそうな少年だったが彼自身が求めているのは『聖女の魔術師』ではなく『聖女の騎士』だ。その気概が気に入った。

魔法がそれだけ使えるなら魔術師を目指す方が金を手に入れられる。実際騎士よりも魔術師の方が高給取りだ。それでいて騎士の方が前戦で戦うのだから魔術師になろうとするものの方が多いのも当然だろう。まあ、城にいるような魔術師になれるのはほんの一握りだが。

そんな彼らと遜色ない、否下手をすればそれ以上の力を持とうとも彼が求めるのはたった一つ、なのだ。こんなにおかしなことがあるだろうか!いや、ない!!とリーヴスは思う。


「…っどういうこと、だっ?!」


二人は会話をしながらも着実に魔物を倒していた。

そんな時だった。そんな、悲鳴のような、困惑したような声が聞こえてきたのは。



目を向ければ、そこには何故か人間同士で剣を交える姿があった。



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