情けは人のため?
ダグラ率いるダーシュ傭兵団は、この一年余り、サウスラウス国内の街で興行を行っている。
滞在日数は、短くて七日間、長くて二ヶ月程、興行は一つの街で、最低一回は行う。
長く滞在する時は、二回ないし、三回行われる。
この一年で、サウスラウスの主要都市は全て回ってしまい、現在、二週目に入っている。
二週目ともなると、顔を覚えられていることもある。
私達がいる「ダッカ」の街は、前回は一月程滞在していた。
その為、門番や兵士、宿屋の人達など、私を覚えている人達がいた。
その人達のなかに、門番のローレックと言う人がいる。
私とレティが、朝の走り込みで街の外周を走る時、いつも声をかけてくれる。
「おう、おはよう」
「今日も早いな?」
「いつも二人っきりだな?熱いねぇ~」
冷やかしてくることもあるが、代々、暖かい声をかけてくれる。
そして、たまに果物をくれることもある。
「いつも頑張ってる二人に差し入れだ!食べてくれ!」
「あ、ありがと」
いつもは無口なレティも、これには素直にお礼を言う。
この頃、レティが人見知りだと思っていたのだが、そうではなく、人と距離をとっているようだ?
人と親しくなることが怖いのかも知れない?
そのくせ、寂しがりやなのか、私の側を離れない。
まぁ~、弟の代わり?にしか思ってないだろうけど。
私以外では、ドッチさんとセリーヌさんの二人だけだろうか、レティが話をしているのを見るのは?
そのレティが、ローレックさんと挨拶を交わせるくらい親しくなっていた。
ローレックさんは、三十代前半ぐらいで、奥さんと子供が二人いる。
以前鍛練を終えて、門から街に入る時、ローレックさんが子供達といる所に出くわしたことがある。
「よう。今、お戻りかい?」
「おとうさん?この人達、だ~れ~?」
「だ~れ~?」
ローレックさんと手をつないでいた二人の女の子が、質問している。
ローレックさんは、しゃがんで、二人の目線まで腰を落とし、二人の耳元に顔を近づける。
「きゃっ。くすぐったい~」
「くすぐったい~」
この親子の光景を見ていると、リリとナナを思い出した。
そう言えば、リリとナナもこんな風に、エルクとじゃれていたなぁ~。
何とも懐かしい、微笑ましい光景だ。
ふと、レティの方を見てみると、彼女は少し悲しそうな顔をしていた。
弟のことを思い出したのかも知れない?
私も少しだけ、胸に来るものがあった。
その後は度々、娘さん達と出会い、仲良くなった。
主に、レティが。
私? 私は…………
「あっ、お姉ちゃん」
「お姉ちゃん」
レティに引っ付く二人。
私は、ローレックさんと話をしながら、チラチラと三人を見ているのだが、近寄って来る気配はない!
私が近づくと、二人はサッと、逃げ出してしまう。
仲良くなりたいのに、なんでだ?
どうも、ローレックさんがよからぬことを、吹き込んだに違いない?
なんせ、二人を追いかけている私を見て、含み笑いをしているのだから。
けど、単純に子供達に遊ばれているだけか?
そんな感じで、ローレック親子とのふれ合いは、私達二人に暖かいものをくれた。
そんなある日、いつものように朝の走り込みで門の近くを通る。
いつもなら、ローレックさんが声をかけてくれるのだが、その日はローレックさんはいなかった。
その時は、非番の日だと思っていたが、次の日も、その次の日も、ローレックさんは現れなかった。
不振に思い、他の門番にローレックさんのことを聞いてみるが、休みを貰っているだけだと言われた。
一応は安心したが、門番の人達が暗い顔をしていたのが、気になった。
レティは、子供達に会えないのを残念そうにしていた。
日暮れちかくに、門を通る時、少しそわそわしている姿は、可愛らしかった。
しかし、ローレックさんが休みだと、子供達も当然いなくなる。
レティは、門を通るたびに、子供達がいなくて寂しそうだった。
いつもの日常に戻っただけなのに、何とも寂しい。
いつの間にか、ローレック親子との繋がりが当たり前に感じていた。
私達は、奴隷なのに?
そして、数日後にドッチさんから、興行が始まる事を伝えられる。
また、戦うのか?
いつも、いつも、この時は、憂鬱になって、しょうがない………。
ドッチさんはそんな私に、対戦者の名前を教える。
私は一瞬、対戦者の名前を聞いて、固まった!
聞いたことのある名前だからだ。
だから、私は、ドッチさんに問い直す?
「すみません、ドッチさん。もう一度教えて貰えますか?」
「なんだ、聞いてなかったのか?お前の次の対戦者は」
「対戦者は?」
「ローレックと言う、名前だ」
私は、再び、固まった!
「こいつは、つい最近、登録されたんだ。
オッズが高くつく対戦者を探していて…………」
「おい!聞いてるのか?」
「えっ、あっ、は、はい」
「それでだな、…………………」
後の言葉は、耳に入って来なかった。
次の相手が、ローレック、さん?
なんで、そうなるんだ?
私は、この世界の理不尽さを改めて、思い知らされることになるのか?
そんな気がした…………。
ローレックさんと戦う?
奴隷だった私達に、暖かく接してくれた人と戦う?
正直、こんなことが起こるなんて、予想もしなかった?
興行が始まるまで、あと何日もない。
私は、門番の兵士達に本当にローレックさんが興行に出るのか、聞いてみた。
そして、それは真実だった!
更に事情を聞いてみると、兵士達から帰ってきた答えが、これだった!
「借金だ!」
頭を思わずかかえてしまう。
そして、借金の内容も教えてもらった。
借金の内容は、ローレックさん自身の借金ではなかった!
借金を作ったのは、ローレックさんの親族だった。
その親族達の借金を、ローレックさんが肩代わりしているのだ!
更に悪いことに、借金の額が凄いことになっていた。
とても一兵士が、支払える額ではなかった!
なんて、オヒトヨシなんだ!
自分の親族とはいえ、返せない借金を肩代わりするなんて?
人が善すぎる。
だが、同時に納得もした。
奴隷である私達に、何かと親身になっていたのだ。
親族の借金を肩代わりするくらい、なんでもないのだろう。
それでも、試合に出てくることはないだろう!
まかり間違えば、命を落とすこともある。
いや、闘技場に出る人間の多くは、命を落としている。
私は自分が出ない試合も、なるべく見るようにしている。
そしてその見ていた試合の敗者達は、死んでいる者が圧倒的に多いのだ!
レティも、対戦者を死なせてしまうことのほうが多い。
私のように、相手を傷つけないように勝つ者は、非常に少ないのだ!
だが幸いなことに、ローレックさんの対戦者は私だ!
私なら、ローレックさんを殺すことはしない。
余り傷つけないようにして、勝つだろう………たぶん?
絶対に、相手を殺さないとは、言えないのだ?
私が闘士になって、今までに殺した対戦者は両手の指より多い!
余り考えないようにするため、数えないようにしていたからだ。
それになぜ、私が対戦者を殺していたのか、それは対戦者がいつも一人だけでは、なかったからだ!
対戦者は、二人の時もあるし、三人の時もある。
最大五人を相手したこともある。
複数を相手にする時は、手加減が出来る余裕はない!
勢い余って、殺してしまうのだ。
その時は罪悪感よりも、生き残ったという実感のほうが勝っているが。
それに、最近では罪悪感を抱くことのほうが少ない………。
だが、今回は私はもちろん、ローレックさんを傷つけないように勝たなければ!
しかし、私が勝てば、ローレックさんはどうなる?
この前のドッチさんが話してくれた内容を思い出す。
『配当の高い相手を探していて……』
ローレックさんは、勝った賞金だけではなく、賭け金で借金を返そうとしている。
ローレックさんが私に勝てば、借金を返せる。
その代わり、私は………、最悪死ぬだろう!
勝てば、ローレックさんが!
負ければ、私が!
どうする、どうすればいい?
そうだ!
戦う前にローレックさんと会って話をしよう。
八百長を持ちかける!これしかない!
門番の兵士に、ローレックさんの家の場所を聞き出す。
しかし、ローレックさんの家には誰も居なかった?
付近の人に聞いてみると、ローレックさん達は何処かに行っていて、帰ってきて居ないそうだ?
どうする!
興行が始まる数日前には、選手は隔離されてしまう。
これは、選手同士の接触を防ぎ、八百長等を起こさせないようにするためだ。
私も隔離されてしまう。
ローレックさんは、もしかしたらもう、隔離されたのかもしれない?
そうなれば、八百長が出来ない!
どうする?どうすれば?
そうだ!これなら!
私は、あることを思い付き、ドッチさんに提案する。
「ふん?本当にそれで、良いのか?」
「お願いします。ドッチさんしか、頼めないんです」
私はドッチさんに、深々と頭を下げる。
この案は、私には何の得にもならないが、それでも………。
「わかった。任されよう」
「ありがとうございます」
「配当金は、お前には支払われない。なんでこんなことをする?」
「なんで、ですかね?自分でも分かりません?」
本当に自分でも、なんでこんなことをするのか分からない?
奴隷である私には、賭け事が出来ない!
正解には、成人前の奴隷は賭け事が禁止されている。
私は、泣け無しの金を賭けることにした。
配当金は、ローレックさんに渡す!
ドッチさんには、一番高い配当が付く条件に賭けて貰えるように頼んだ。
もちろん、私がローレックさんに勝つ条件でだ!
なんでこんなことを、本当に私は……?
「一応、警告しておくぞ? ローレックは強い!
奴の槍はかなりのものだ。舐めてかかると、大怪我するぞ!」
ドッチさんが、親切心で教えてくれた。
「槍、ですか?」
「ローレックは、この辺では有名な槍使いだ!
知らなかったのか?」
「はい、知りませんでした……』
ドッチさんが、呆れた顔をしていた。
槍使い?
私の背中に、冷たい何かを感じた。
私はこの世界で、まだ、槍使いと戦ったことがなかった!




