25-2
追っ手がいないことを確認しつつ、グラウンドまで出てきた私は、周囲に人がいないことをもう一度確認してから、フランカの方を見ずに話しかけた。
「……びっくりしたのはわかるけどさ、さっきのはマズイよ」
広いグラウンドには、ぽつりぽつりと、わずかに人の姿がある。
さすがに、結果発表を明日に控えているせいか、お気楽にはしゃぎ回れるような精神の持ち主は、あまりいないようだ。
「ごめんなさい……」
そこでようやく彼女を見やると、やや俯き気味の横顔と出会う。
その様子を見るに、さっきのことを反省しているようだ。
「いいよ。……ところでさ、やっぱりあの、シルヴァーノ・オルトリンデって、フランカさんの、……お兄さん、だよね?」
さっき、そう言いかけてたし。
フランカは、「はい」と頷く。
「シルヴァーノは、私の兄で、オルトリンデ王国の第一王子です」
表情に落とす影をさらに濃くして、フランカは静かに言う。
私は、「うん……」としか反応できなかった。
「……まさか、こんなところでお兄様の名を見ることになるなんて、思ってもみませんでした」
だろうね。
試験場に来て、最初の頃はそれなりに警戒もしていたんだけど、実際は特に何も無かった。
だから、私も、たぶんフランカも、気を抜いていたんだと思う。
そこに来て、急にこれだもん。私だって驚いてるよ、ものすごく。
黙り込んでしまったフランカに対し、私は必死に言葉を探して話しかける。
「だ、大丈夫だよ、フランカさん。王子が直々にこんなところに来るわけないよ。傭兵候補生制度ってヤツの責任者ってだけでさ」
ドキドキしながら言ってみると、フランカは「そうだと良いのですが」と呟いた。
それに答えるように、私は「大丈夫だって」と強めに言う。
「……でも、そうですね。お兄様でしたら、大丈夫だと思います」
「へ? どういうこと?」
どうしたんだ、急に。フランカは私を見つめて、口を開く。
「お兄様であれば、私のことを捕まえようとはなさらないと思うのです。少なくとも、私の話くらいは聞いて下さると思います」
さっきまであった影がすぅっと消えていき、いつもの穏やかな表情を取り戻しつつあるフランカ。
「お兄様は、……私の、数少ない理解者であると信じています」
理解者、ね。
どうやら落ち着いてきたようなので、座って話すことにした。
私たちは、グラウンドの外周を覆う芝生の上に腰を下ろす。
「フランカさんのお兄さん、……シルヴァーノ王子って、どんな人なの?」
彼のことは、新聞の中でしか見たことがない。
確か、国民受けのいい、庶民派の王族として有名とかなんとか。詳しい人物像は、全く知らないと言っていい。
「……思いやりのある、とてもお優しい方です。私にとってお兄様は、父親でもあります。王族として生きるために必要なことはほぼ全て、お兄様に教えていただきましたから。厳しくも優しく、私が嫌がって反抗しても根気強く、お兄様は私に、様々なことを教えて下さいました。もし、お兄様がいらっしゃらなければ、私は心の荒んだ人間になっていたことでしょう」
王子のことを語るフランカは、とても幸せそうだった。
「じゃあさ、もしもだよ? もしも、フランカさんが傭兵候補生に選ばれたとして、その時に王子と会うことになっても、大丈夫ってこと?」
「はい。大丈夫です」
即答だった。……こうも信頼してるとなると、逆に不安になる。
……本当に王子は、会っても大丈夫な人なんだろうか。
「怒らないで聞いてね? ……もしも、もしもだよ? 王様が王子に、あなたを捕らえる命令を出していたとしたら、どうする?」
恐る恐る聞いてみると、フランカの顔から穏やかさが消えた。
あわわ、やっぱマズかったかな。
えーっと、えっとえっと、どうしよう……。
「……あ、ああっ、いや、大丈夫だよきっと。だってさ、万が一、そういう命令が王子に出されてて、王子がそれに従っていたとしたら、フランカさんはもっと前に発見されて捕まってたはずじゃない?」
フランカは、暗い声で「なぜですか?」と聞いてくる。
「えっと、……だってほら、王子は傭兵採用試験に少なからず関わってたことがわかったわけじゃん? だったら、受験申請の時に提出した書類に書いた住所から、フランカさんがいる場所を探し出すことができたわけだよ。写真、撮ったでしょ? あのせいで、フランカさんが王女だとバレたとしてだよ? でも、フランカさんのところには、王子はもちろん、城の人は誰一人として来なかったんでしょ? ってことは、そんな命令は出てなかったってことにならない?」
それで安心させられると思いきや、フランカは「こうは考えられませんか?」と別の可能性を提示してきた。
「受験申請の時、いえ、今もですが、私はお兄様には見せたことのない姿で写真を撮りました。あれだけの変装で、お兄様の目を誤魔化せていたとしたら? それを前提に、お父様からお兄様へ、今ティナさんが仰ったような命令が下されていたとすれば、……お会いするのが大丈夫ではなくなります」
……な、なるほど。
って、納得してどうする!
「それはそうかもしれないけどさ。でも、大丈夫だよ。私たちが想像するようなことは起きないって。さっきも言ったけど、王子が直々に来るわけないよ。だって、王子だよ? 公務とかで忙しいんじゃないの? 忙しくて、今、城にいないかもしれないし。……だから、最悪の事態ばっか考えるのは、やめよう?」
そう言ってから思い出し、「……まぁ、最初に言い出したのは私なんだけどね」と呟き、「ごめん」と謝る。
フランカは、一つ息を吐き、「謝らないで下さい」と微笑む。
「そうですよね。最悪なことばかり考えて悩んでいても、仕方ないですものね」
そう言って、フランカは急に立ち上がった。
「それに、まだ不合格になると決まったわけではありませんし、目指すのはあくまで合格です。明日の結果発表が、今から楽しみですよ。ね、ティナさん」
明るくそう言い切って、私の方を振り返り、手を差し伸べてくるフランカ。
私はその手を掴み、立ち上がった。
「そうだね。私たちの順位は、合格圏内だった。大丈夫。きっと、維持できてるよ」
「はい!」
不安であることには、変わりない。きっと、フランカもそうだろう。
それを隠すように、私たちは笑い合った。




