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そいつの胴は、胸部から下腹部までぱっくりと裂け、どばどばと赤紫の鮮血を噴き出させていた。
それでも奴は、怒り狂った形相で、尚も攻めの姿勢を崩さない。
殺意に満ちた唸りが、私の耳朶を震わせる。
――戦慄した。
あんなになってもまだ、人間を殺そうと立ち向かってくるファミリアに対し、心の底から恐怖する。
そして同時に、改めて理解した。
こいつらは、絶対に倒さなくちゃいけない人類の敵だということを。
ファミリアは生き物。そのせいで、斬るのを恐れていた自分が過去にいた。
だけど、今はもう違う。
生き物? だからどうした!
大きく深呼吸。その空気の汚さに頬を歪めながら、私も走り出す。
あっという間に詰まる間合い。
アサルトウルフは、今度は飛び上がらずに、そのまま口を開けて突っ込んできた。そこへ剣を突き出すけど、アサルトウルフは瞬時に横に跳んだ。
躱しきれずに、切っ先が頬を裂く。
片足で着地したアサルトウルフは、そこから私に飛びかかる。
「くっ!」
私は焦りつつも、突き出したままの剣の柄をもう一方の手で握り、その場で回転してアサルトウルフを迎え撃つ。
牙と剣。その両者が、ほぼ同じタイミングでかち合った。
バキバキッと、生え並んだ牙を破壊しながら進む刀身が、とうとうアサルトウルフの口の端まで到達。肉を裂く感触を私の手に伝えながら、一気に潜り込んでいく。
眼前に広がる生臭い口腔から、断末魔の悲鳴が噴き上がった。
「――!」
しかし、それでもアサルトウルフは攻撃をやめなかった。
顔を半ばまで断ち斬られながらも、二足歩行になり、残された力を全て乗せた拳を、爪を全て立てた状態で繰り出してきた。
「おおおおらあああぁぁぁぁっ!」
全体重を乗せ、剣を振り抜く。
ズバッと骨ごと肉を裂いて抜けた剣の勢いに引っ張られ、私は前のめりに倒れる。
その上を、アサルトウルフの最期の一撃が鋭い風切り音を纏って通り抜けていった。
あれを食らっていたら、身体に穴が空いていただろう。
地面を転がる私の視界に、ぐるりと回転しながら崩れ落ちていくアサルトウルフの姿が映った。
その後を追うように、噴き出た大量の鮮血がびちゃびちゃと降り注いでいく。
「うぶっ」
ぐちゃりとしたものに、顔面から突っ込んで停止する私。
「ぶはっ! ……うげぇっ!」
口の中にまで入り込んできた悪臭の元を吐き出しながら顔を上げ、そのまま横に仰向けに倒れる。
「……」
自分の荒い呼吸音を聞きながら、全身を襲う強烈な疲労感を感じながら、私はわずかに雲の流れる空を見つめ、そして大きく息を吐いた。
……終わった。
「そこまでっ!」
その声を聞き、そういえば、この場には試験官がいたんだということを思い出す。
そして、自分が試験を受けていたこと、そして、これがその最後の試験だということも思い出した。
……何もかもを、忘れてた。
疲労でガタガタの身体をどうにか起こし、自分が殺したファミリアの姿を見やる。
……そいつは、まだ動いていた。
でもそれは、死の痙攣。やがてぴくりともしなくなる。
仰向けに倒れているそいつの胴からは、まだ血が流れ出ていた。よく見れば、内臓もはみ出している。
そして一番脳裏に焼き付いたのが、切断された頭部からこぼれて、ぐちゃぐちゃに広がった脳みそだった。意外なほどに鮮やかな桃色のそれは、広がる赤紫に染め上げられていく。
上顎を失った口腔からは、だらりと長い舌が垂れている。
斬り飛ばした頭部の上半分は、そこらに転がっている屍の海に混ざって沈んだのか、見つけることはできなかった。
「……」
私はそれらを、静かな心で見つめていた。
もちろん、不快感は大きい。けれど、それを抑え込むほどに大きく強く、心を満たす感情が存在していた。
それは、達成感。口の端が上向くのを、私は止められなかった。
けれど、駆け寄ってくる足音に表情を引き締める。
「よく頑張ったな。一時はもう駄目かと思ったが、よく持ち直した。機転の利いた、見事な戦いぶりだったよ」
試験官の声を聞きながら立ち上がり、「ありがとうございます」と呟く。
ほかの試験官を見れば、腰に手を当てて安堵の表情を浮かべている者や、抜き放った剣を鞘に収めている者がいた。
どうやら私は、助けに入られる直前まで追い詰められていたらしい。
……いや、確かにそうだ。私は追い詰められていた。あの時の不思議な感覚が襲ってこなければ、私はきっと負けていた。負けて、今頃医務室のベッドに寝かされていたはずだ。
……本当に、あの感覚は一体なんだったんだろうか。考えても、答えは出ない。
扉が開かれていく。私は、その疑問をとりあえずしまい込み、施設の外へ向かって一歩を踏み出す。
「終わった……」
達成感に安堵が混ざり、大きな吐息と共に呟きが漏れ出した。
施設を出た後のことは、正直あんまり覚えてない。
イライザとマリサが駆け寄ってきてくれたことだけはなんとなく覚えてるんだけど、それ以外はわからない。
気がついたら医務室らしき部屋のベッドの上にいて、椅子に座って私を見ているフランカが、横にいた。
「……フランカさん」
自分の声のあまりの弱々しさに戸惑う。身体は、岩のように重たい。
「ティナさん。お身体の調子はいかがです? 何か違和感はありませんか?」
すでに治療を終えたらしいフランカが、穏やかな声で問いかけてくる。
私は全身に意識を這わせ、「大丈夫」とだけ答えた。声を出すのが億劫だ。
まだ、散々殴られた腹部が痛い。ほかにもいろいろと怪我をしているようだけど、腹部の鈍痛が、どの痛みよりも強かった。
そういえば、随分血を吐いたっけ。だからたぶん、内臓も傷んでると思う。
……ふと気になることができて、だるさを我慢してフランカに問う。
「ねぇ、フランカさん。試験はどうなったの?」
するとフランカは、「まだ続いていますよ」と答える。
「ティナさんがイライザさんに連れてこられてから、4人の方が治療を受けに来られたので、今はおそらく、テッサさんが試験を受けられていると思います」
テッサは、えっと、……11位だっけ。ってことは、まだイライザもマリサもあそこにいるってことか。
フランカから視線を外し、白い天井をじっと見つめる。
……なんだか、不安になってきた。
私の戦いは、どう評価されるのだろうか。




