24-2
え? なにこれ。
その行動は、私の意志ではない。決して。
――私の手が、がっしりと、アサルトウルフの拳を受け止めていた。
そして私の目は、眼前のアサルトウルフの双眸を睨めつけている。
一瞬動きを止めたアサルトウルフだけど、すぐに攻撃を再開しようと、身体を捻って拳を横溜めにする。
次の瞬間、私の身体は低くしゃがみ、取り落としていた剣を拾い上げると同時に前に踏み出し、そのまま一閃。
真横で血の華が咲き、その糸を引きながら私は壁際から抜け出した――
「――!」
そこで、我に返る。
途端に、一時的に感じなくなっていた腹部の激痛が蘇り、強烈な嘔吐感に襲われる。
「うっ、おえぇぇぇ……」
かろうじて立ったまま、しかし身体を折り曲げて、私は胃の中のものを盛大に吐き出した。
地面で跳ねる胃の内容物には、大量の血が混じっている。というか、ほぼ血だった。
酸っぱさと鉄の味が混ざり、臭いが鼻を抜ける。涙が滲み、流れる。
こんな苦痛を、どうして忘れていたのか。
「!」
咳き込みながら、あることを思い出す。
そうだ、アサルトウルフは?
「――!」
顔を上げた私は、目の前にあった光景に息を呑んだ。
そいつは、悲痛な呻き声を上げ散らかしながら、地面の上でのたうち回っていた。
どうしてそんなに苦しんでいるのか。その答えは、すぐに理解できた。
「……?」
アサルトウルフの左脇腹がばっさりと裂けて、大量の血を噴き出しているではないか。
軽げ回るたびに、それが宙を舞い、血煙と化す。どうやら、傷はかなり深いようだ。
しかし、わからない。あんな傷を負わせるほどの攻撃をした覚えがないんだ。
いや、でも、あれは確かに私だった。
私が、剣であいつを斬った。それは、事実だと思う。
あいつと戦っているのは私であって、ほかの誰でもないのだから、その認識で間違いはないはず。
だけど、腑に落ちない。
そこに私の意識はあったけど、私の身体を動かしている意識は、私のものではなかったような、そんな不思議な感覚だった。
……あれは、一体なんだったんだ?
考え込む私の前で、アサルトウルフがゆっくりと立ち上がる。その足は、痛みのせいか、まだガクガクと震えていた。
その顔には、私への怒りと憎しみがべったりと貼り付けられている。それらは殺意となり、喉の奥から漏れる唸りへと変わっていく。
呼吸を整える。
そうだ、まだ戦いは終わってない。腹部の鈍痛に耐えながら、剣を構える。
血を流しながら、アサルトウルフは地を蹴った。爆発的な勢いで、私に迫ってくる。
だけど、私は動かない。
……敵の動きを、よく見ろ。
繰り出される拳を、首を捻って躱し、次いで繰り出された蹴りを、くぐるようにして躱す。
一歩引いた私に対し、敵はとんでもない勢いで一歩詰めてくる。そして、拳の連撃。
……集中しろ。
紙一重、いや、やや掠りつつも、私はどうにかアサルトウルフの攻撃を避け続けた。
掠るたびに、服が破れ、皮膚が切れ、血が飛ぶ。
数十発の拳を全て避けたところで、大振りの一撃が来る。反撃の機会だと意気込み飛び込むものの、直後に蹴りの一撃に切り替えられ、慌てて剣で防ごうと前に出した。
「――うっ、くっ……」
大きな足裏で蹴られ、私は後方へ吹き飛ばされる。それでも、体勢を大きく崩すことなく地面を滑って止まった私は、すでに眼前にまで迫ってきていたアサルトウルフに対し、前進するという選択をした。
避けたり防いでばっかりじゃ勝てない。
多少無謀であっても、突っ込んでいくしかない!
「だああああぁぁぁぁっ!」
声を張り上げ、駆ける勢いを乗せて剣を振る。が、アサルトウルフは直前で素早く横に跳び、それを躱す。そんなことは、わかってた。
すぐにそれを目で追い、跳びかかる。
さすがに驚いたのか、アサルトウルフは着地と共に距離を取ろうと後ろへ跳ぶけど、逃がさない。
体勢低く駆けながら一閃。それを難なく躱されることは予測済み。
さらに速度を上げ、あと一歩で衝突するくらいの距離まで近付き、一気に剣を突き出す。
躱せる距離でもタイミングでもなかったはず。
しかしそいつは、まるでゴムのように上体を後ろへしならせた。その直上を、剣の切っ先が通り抜ける。
「――なっ!」
アサルトウルフは、後ろへ倒れ込んだ勢いを殺すことなく地面に両手をついてさらに回転し、鋭い爪がギラリと煌めく大きな足を振り上げてきた。
「くっ! うぐっ!」
咄嗟に、体勢が崩れることを承知で身体を横回転させるも、鋭い爪が私の右横腹を削るように撫でて抜けた。
鋭い痛みに、思わず苦鳴が漏れる。一瞬見えた青空に、舞い散る朱が混ざった。
「いててて……」
痛みに、頬が歪む。どうにか大幅に体勢を崩すことなく着地した私は、すぐさまアサルトウルフを視界に収める。
軽やかに回転を済ませて体勢を整えたそいつと、目が合う。
同時に草を蹴り散らかし、駆け出す。とにかく、退いちゃ駄目だ。
攻めなきゃ勝てない!
「――!」
肉薄の直前、アサルトウルフは四足歩行へと変わり、大きな口を限界まで開けて飛びかかってきた。
恐怖心は、一瞬。そのまま前進。
このまま何もしなければ、確実に頭に噛み付かれて終わりだ。だけど、私はまだ前へ。
暗い口腔は、すぐそこだ。視界がじょじょに埋め尽くされていく。
全身から汗が噴き出す感覚と共に、私は低い体勢のまま前へ思いっきり跳んだ。跳ぶと同時に、身体を仰向けになるよう回転。
私の身体は、アサルトウルフの顎の下からそのまま奴の身体の下へ。
そして、構えていた剣を上向かせ、胸部にめり込ませ、そのまま一直線に斬り裂いた。
狼の咆哮が爆発し、私は上向いたまま地面に背中を強打、目を見開く。
息ができぬまま地面を回転し、何かにぶつかって停止した。途端に鼻を突く、生臭さ。
私が衝突したそれは、転がっていたアサルトウルフの死体。飛び出した内臓が、顔のすぐ横にあった。
「うぅっ」
また吐きそうになり、慌てて身体を起こして離れる。
そして気付く。
胴を裂いてやったアサルトウルフが、こちらへ走ってきていることに。




