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私たちが見つめる先で、施設の扉がゆっくりと開かれる。
そしてとぼとぼと出てきたフランカは、疲れきった顔をしていた。そこに、笑顔の欠片も穏やかさも無い。
門をくぐったところでガクッと膝を折って座り込むフランカに、私たちは慌てて駆け寄った。
「大丈夫? フランカさん!」
「フランカ! しっかりしろ!」
私とイライザが声をかけると、フランカは、まるで頭の上に重しでも乗せられているかのような鈍い動きで顔を上げ、口元をわずかに綻ばせた。
だけどそれは、笑みと呼ぶにはあまりにも疲労に満ちた表情だった。
「大丈夫、です……」
弱々しい声を漏らし、フランカは立ち上がろうとするけれど、膝がガクガクで、前に倒れそうになったところを私が受け止めた。
「……ごめん、なさい。ティナさん……。服に、汗が……」
受け止めた彼女の身体は、確かに汗でぐっしょり濡れていた。それに、ところどころに血も滲んでいる。一体、どれだけ激しい戦いをしていたのだろうか。
「そんなこと気にしないで! 怪我してるでしょ? 大丈夫なの?」
フランカの血を見て、私の鼓動はさらに激しくなっていた。
「……大丈夫、ですよ。そこまで、酷い怪我は、……してないです。ただ、うぅ、……疲れすぎて、身体が動きません」
確かに、腕や脚に細かな傷はいくつかあるものの、これまでの受験者のように、大きな怪我は負っていない様子。
顔や胸に付着しているのは、ファミリアの返り血だろう。
「次! 16位の者、中へ!」
――ついに、私の番が来た。
「ティナ。フランカのことはあたしらに任して、行ってきな」
そう言って手を伸ばすイライザに、フランカの身体を預ける。
「うん。行ってくる。フランカさんを、お願いね」
「ああ。頑張れよ」
頷き、歩き出す私の背に、苦しげな声が当たる。立ち止まり、その声に耳を傾ける。
「ティナさん……。どうか、お気をつけて……」
もう喋るのも辛いはずなのに……。
私はその言葉をしっかりと受け止め、振り返らずに、「うん。わかってる」とだけ返した。
そうして歩みを再開する私を、マリサはただじっと、見つめているだけだった。だけどその瞳だけで、彼女の気持ちが伝わってきたんだ。
だから私も、何も喋らずに彼女の目を見てただ一つ頷き、そのまま門に向けて歩き続けた。
忘れていた試験への不安と恐怖は、心臓の鼓動が激しくなるにつれて戻ってきていたけど、私は目を閉じ、深呼吸一つして、それらを振り払う。
再び目を開く私の背後で、扉が固く閉ざされた。
施設の中に入ってまず異常を訴えたのは、視覚と、嗅覚だった。
「……」
そこに広がっているのは、その半分ほどが赤紫に染まった草原。ところどころに、ファミリアたちの死体が放置されたままになっている。
あまりじっくりと見ようとは思えない光景だけど、その死体を見るに、頭部は狼、身体は人間のものに似ているという感じのファミリアだ。
筋骨隆々の肉体を濃い青の体毛が覆っていて、5本指の手足はしかし、人間のものとは異なり大きく、爪は長く鋭い。
そんなアサルトウルフの死体が、視界を埋め尽くしている。
それらから立ち上る臭いも強烈で、一昨日の試験と同じかそれ以上の居心地の悪さを感じた。
「受験番号2079番、ティナ・ロンベルクだね」
飛び散った臓物を踏んで頬を歪めていた私の耳朶に、試験官の声が届く。私はそちらをちらっと見やり、「はい、そうです」と答えた。
「ファミリアを解放する前にもう一度言っておく。戦闘は、アサルトウルフを倒すか、君が負けを認めるまで続く。負けを認めるとはつまり、我々に助けを求めるか、助けが必要と判断した我々が介入するかの、どちらかを示す。前者であれば、その戦い方などに応じてポイントが加算されるが、後者の場合、大幅な減点となる。よく頭に叩き込んでおくように」
慣れた感じで、スラスラと事務的に説明する試験官。見れば、彼のほかに3人、距離を取って立っている試験官らの姿を確認できる。
全員、腰に剣を差していて、心なしか、外にいる試験官らよりも体格がいいように見えた。
試験官の中でも、腕の立つ者が施設内の担当になっているのかもしれないな。
私に一通りの確認を取った試験官は、転がる死体を気にする様子もなく踏みつけながら、離れていく。
「それでは、剣を構えて」
指示通りに、剣を抜き放ち、構える。
そのすぐ後に、奥の壁にある格子戸の内の1つが勢いよく開かれた。
「……!」
待つこと数秒。開け放たれた闇の中から、何かが出てきた。
それは、外に出られたことを至上の喜びとするかのごとく、飛び跳ねるように駆けてくる。
四足歩行だ。みるみる、そいつの姿が鮮明になっていく。
「はじめっ!」
大きな口を開きながら突撃してくるアサルトウルフの姿が、そいつの歩幅であと数歩程度の距離まで近づいたところで、試験官の声が上がった。
ずらりと生え揃った鋭い牙が、開かれた口の中に見える。それがあっという間に眼前に達し、私はゾッとしつつも横へ跳んで躱した。直後、すぐ横を通り過ぎる青い塊。
「――!」
完全に、よけたはずだった。だけど、服の左肩が裂け、肩の肉まで裂けた。
幸い、傷は浅いようだけど、回避に成功したと思い込んでいた頭が一瞬、混乱する。
そして、そのわずかな停滞が次なる危機を招いた。
「――うぐっ!」
風切り音と共に眼前に出現したのは、アサルトウルフの巨大な手だ。咄嗟に剣を横にして構え、顔への直撃を避ける。
だけど、そのあまりの強烈さに、私の身体は耐え切れずに吹き飛び、あろうことか、剣を手放してしまった。
慌てて立ち上がって体勢を整える私の前で、アサルトウルフはゆらりと、二足歩行へと移行する。
背丈は、そこまで巨大ってわけでもない。だけど、父と同じくらいには大きい。
そいつは、目をギラつかせ、グルルと喉を鳴らし、牙をガジガジと噛み鳴らして、私を威嚇する。
その頭部を支える身体は、まるで人間のごとく大きな握り拳を構え、肉弾戦へ持ち込もうとしているのが見て取れた。
剣は、……私の位置から走って数秒の位置の地面に突き刺さっている。
殴り合いで敵う相手じゃない。とにかく、剣を拾わないと……。
まさか、いきなり危機的状況に陥るなんて、思いもしなかった。




