20-4
エントランスホールにある掲示板に、最終試験1日目の結果たる順位を記した紙が貼られていて、多くの受験者らがそこに殺到していた。
「んーっとぉ、あたしの順位は、っと……」
そう呟きながら、宙に指を這わせるイライザ。その横で、私とフランカも同じように自分の名前を探す。
「……お。なーんだ、変わってないじゃん」
どうやら、イライザは10位のままだったらしい。
そして、そのすぐ後に、私とフランカは同時に「あっ!」と声を上げる。
「なんだよ、2人して驚いて」
不思議そうに片眉を上げるイライザに教えるように、私たちはゆっくりとそこを指で差した。それにつられて、イライザはもう一度順位表に目をやる。
「……お。おおっ!」
イライザの瞳が輝く。私とフランカは、顔を見合わせる。
「すげぇ! 2人ともすげぇ上がってんじゃん!」
声を張り上げ、がしっと私とフランカの肩を抱くイライザ。その顔にはピカピカ光るような笑顔がある。
私は19位、フランカは18位。
順位が上がったことを、喜び合う。特に私は、35人中34位っていう低順位で始まったから、その喜びもひとしおだ。
「おい。マリサも来いよ。喜びを分かち合おうぜ!」
私たちのそばで立ち尽くしていたマリサに、イライザが手招きする。
マリサは静かにこちらを向き、ゆっくりと歩み寄ってきた。その肩に、私とフランカが手を回す。
そうして私たちがにぃっと笑って見せると、マリサも口の端を少しだけ上げた。
「よぉーし! 明日もこの調子で頑張ろうぜー!」
威勢よく言い放つイライザに続き、私とフランカは「おー!」と声を合わせて拳を振り上げる。
ちらっとマリサを見ると、彼女も「おー」といつもよりちょっとだけ大きい声を出し、小さく拳を上げていた。
順位表の一番上、1位の欄には、やっぱりマリサの名前が記されていた。
……あれだけ頑張って、ようやく19位。
順位は飛躍的に上がったものの、それでもまだ、合格圏内には入ってない。
もう、チャンスは明日と明々後日の2日しかない。この2日であと2つ順位を上げなければ、不合格が決まってしまう。
さっきまで高揚していた気持ちは、夕食の頃には落ち着いて、色々と考えを巡らせているうちに、喜びは不安に塗り替えられていった。
私は、合格できるんだろうか……。
「なぁにシケたツラしてんだよ」
「!」
その馬鹿にするような声に、私は我に返る。声がした方を見ると、分厚いステーキを乱暴に切って食べているリュシーの瞳と出会う。
「……」
そして、ほかのみんなも私を見ていることに気付き、私は「え~っと……」と口ごもる。
「順位、上がったんだろ? だったら笑えよ。隣でヘラヘラしてる、そいつみてぇによ」
そう言ってフォークで指し示すのは、フランカだ。
「わ、私は、ヘラヘラなんてしていませんよ!」
嬉しそうに笑っていた顔をちょっとだけ引き締めて、フランカは反論する。リュシーは切った肉を頬張って、「してたろ、バーカ」と吐き捨てた。
「大体よぉ、なーんか気に食わねぇんだよなぁ、あんた。やたら上品ぶってるっつーかさぁ、喋り方とかも気取ってやがるしよぉ」
その言われように、フランカは言葉を出せずに口を噤む。いや、彼女が何も言い返せないのは、悪口を言われたからじゃない、か。
そもそも、フランカは上品ぶってるわけでも気取ってるわけでもない。
これが、彼女の素の姿なんだ。
「もしかしてさぁ、あんたって、どっかいいとこのお嬢様かなんかなんじゃねぇの? まぁ、そんなお方が、なんで傭兵の試験なんか受けてんだって話だけどさ!」
言って、ケラケラ笑うリュシー。彼女が、本気でフランカのことをそんなふうに思っていないってことは、あの様子でわかる。
……だけど、実は結構当たっちゃってるわけで。
さすがに心配になって、フランカの顔を見やる。
しかし彼女は、怒鳴るわけでも笑うわけでもなく、ただ静かに、リュシーを見つめていた。
「あんだよ。なんか文句あんの――」
「うるさいよ、あんた」
イライザが口を開きかけてるけど、彼女の言葉ではない。
イライザも、私も、なんとマリサも、そのあまりに意外すぎる事態に、目を丸くした。
「食事くらい、静かにできないの? それにその食べ方! 汚すぎ! 性格が滲み出ちゃってるね。下品な女!」
「なっ、ななっ……」
肉が刺さったままのフォークを、カラリと落とすリュシー。
その向かいで、テッサも固まっている。
今の言葉は、ほかでもない。フランカの口から放たれたものだ。
え? えええっ? 一体どうした?
……この子、フランカだよね?
「てめっ、……へ、へへへ。ふーん、あーそう。そういう態度取っちまうんだぁ」
怒りに顔をヒクヒクさせて立ち上がったリュシーは、のそのそとフランカに近寄っていき、「正直、驚いたぜぇ」と、顔がくっつきそうな距離で睨みつけ、その胸ぐらを掴んだ。
「やめなさい、リュシー!」
我に返ったテッサが、勢いよく立ち上がる。ただならぬ雰囲気に、周囲の受験者たちも2人に注目し始めた。
睨み合う両者。まさに、一触即発。
……かと思いきや。
「震えてんじゃねぇか」
パッと、胸ぐらから手を放すリュシー。その顔は、完全に白けてしまっている。
……確かに、フランカの手も足も、小刻みに震えていた。
「お嬢様だったかは知らねぇが、どーやら、箱入りだったのはマジのよーだな」
そう言ってから、リュシーは、シワの寄ったフランカの胸ぐらを軽くはたいて直してやる。
「喧嘩なんか、したことねぇんだろ。慣れねぇことはするもんじゃねぇぞ? ……ま、その度胸だけは認めてやるけどな」
そうしてテーブルに戻ったリュシーは、もう一切こちらに喧嘩を売ることなく、黙々と食事を再開する。
フランカも、すーっと深呼吸してから座ると、黙って食事の残りを片付け始めた。
私も、イライザも、そしてマリサも、しばらくフランカから目が離せずにいた。
……まさか、まさか、フランカがあんなこと言うなんて。
びっくりした……。




