20-3
朝食後も、昼食後の今も、みんなでグラウンドに出て運動。部屋にいたってやること無いし、こうして身体を動かしている方が性に合ってる。
いつも、休日は部屋で読書をしているマリサも、今日はみんなと一緒にグラウンドに出ていた。この前まで読んでいた本は、もう読み終えたらしい。
ここに来てから、一体何冊の本を読破したんだろうか。彼女ほど図書室を利用している受験者は、ほかにいないだろう。
「ねぇ、マリサさん。ここで読んだ本でさ、面白い本ってあった?」
やや後方を歩いていたマリサの隣に並び、聞いてみる。
マリサは、「面白い?」と呟いてから、考えるように視線を上向けて、そして「うん」と頷いた。
「『仮面屋敷の殺人』はなかなか良かった。まさかの展開。最後、あの2人がくっつくなんて思いもしなかった」
いつもとは違って、ちょっと声のボリュームが上がってる。顔にはほぼ表情は無いんだけど、でもなんとなく、楽しそうに語っているように見える。
「……それって、推理モノ?」
「全体的に見ればそう。でも、メインは恋愛」
「ふぅ~ん……」
一体、どんな内容なんだろう。ちょっと気になるな。
「ほかには?」
「『発狂に至る病』もなかなか。キャラクターたちの変化の描き方が秀逸。いやらしいシーンとか気持ち悪いシーンも多いんだけど、決して無駄なシーンじゃなくて、物語にうまく溶け込ませてるって感じ」
なるほど。本のことになると、ちょっとおしゃべりになるんだな。
「タイトル的に、怖い感じの話なのかな?」
「確かに、怖い部分もあるけど、基本は恋愛だから、そこまでは」
「? 恋愛?」
一体、どういう物語なんだ……。
「そいつは、恋愛小説が好きなんだよ。だよな、マリサ」
前を歩いていたイライザが、声を挟んできた。その隣を歩くフランカが、「へぇ、そうなんですか」と目を丸くする。
「だけど、普通の恋愛モノじゃダメらしいんだよ。変わってるよなぁ」
確かに、変わってる。タイトルからは、とても恋愛モノだと想像できないものばかりだもんね。
それに対するマリサの見解も、なんだかよくわからなかった。
「ただ男女が出会っていくつかの障害を乗り越えてくっつく、みたいな話は面白いと感じない。恋愛モノなのかなんなのかよくわからないけど、よくよく考えて読んでいけば実はそうだった、みたいな方が断然面白い」
……う~ん。まぁ、多少手が込んでる方が面白いかも、とは思うけどね。
「そういう本を見つけるのも、面白い」
どこか満足気にそう言った後、マリサは口を閉ざした。いつもの無表情に戻っている。
それを見て、私もフランカもイライザも、目を合わせて、曖昧に微笑むしかなかった。
グラウンドからの帰り道、マリサの足が突然止まる。
「どしたの、マリサさん」
マリサは私の呼びかけに応じず、どこか一点を見つめていた。
そちらに目をやると、少し離れた場所を歩く数人の男性の姿が見えた。
「なんだぁ? 知った顔でもいたのか?」
イライザの質問にも、マリサは答えない。しかし、その顔にはある表情が浮かんでいた。
それは、疑問。そこにあるはずがない何かを見ているような、不思議そうな顔をしている。
そして、私はもう一度男性たちを見やる。
「……あっ」
「ティナさん? どうしました?」
フランカの視線が横顔に当たるけど、私はその男性たちの内の1人に視線を貼り付け、動かせなくなっていた。
そこにいたのは、あのAAAランク傭兵の少年。確か名前は、ローレンツ、だっけ。
「あれ? あの方って……」
フランカとイライザも気がついたようだ。2日前、私が彼と話しているのを見ていたみたいだからね。
声をかけに行こうか迷ったけど、彼はほかの男性たちと一緒に、事務所の中へ入っていってしまった。
……まだこの街にいたのか、それともまた別の仕事で来たのかはわからないけど、きっと忙しいんだろうな。なにせ、AAAランク傭兵だし。
……ん? ちょっと待てよ?
「ねぇ、マリサさん。今、誰を見てたの? もしかして、金髪で背の高い……」
「人違いだった」
そう呟き、マリサは1人で歩き出す。私たちも、すぐに後を追う。
「……あの人に、似てた」
声をかけようとしたところで、マリサが先に口を開いた。
「あの人ってもしかして、この前話してくれた……?」
マリサは、小さく頷く。
「でも、あの人はあんなに若くない。それに、そもそも、ヘルムヴィーゲ国の傭兵が、ここにいるわけがない」
淡々とそう言ってから、すーっとスピードを落として私の隣に並ぶマリサ。その顔にあった表情は、すでにどこかへ消え去ってしまっていた。
「だから、気にしないで」
「う、うん……」
一応頷いてみたものの、やっぱり気になるなぁ。
だけど、もうこれ以上そのことについて聞ける雰囲気じゃない。
「……あー、そうだそうだ。もうそろそろよぉ、昨日の結果が貼り出されるんじゃないか? なんか、急に気になってきたなぁ。な、ティナ、フランカ」
「え? あ、そうだね……」
「ですよねー。順位、上がっているといいですね」
イライザが、ちょっとわざとらしくも話題を変えてくれたおかげで、私たちは宿舎まで、無言にならずに済んだ。
「おーい。結果が貼られたみたいだぞ。見に行こーぜ」
部屋でゴロゴロしていた私たちに、トイレから戻ってきたイライザがそう告げて誘う。
時刻は、もうすぐ夕食の時間ってところ。外はもう、真っ暗だ。
「行きましょう。ティナさん」
「うん」
ベッドから下りた私は、部屋を出て行くマリサたちの後を追った。




