18-2
ガチガチに固まってしまった私の意識に、そのAAAランク傭兵の声がわずかに届く。
「どうしたの? おーい。聞こえてますかぁ~?」
目の前で、ヒラヒラと彼の手が左右に動いている。私はハッとして、パチパチとまばたきしながら彼を凝視する。
「ほっ、ほほっ、ホントにAAA? えっ、でも、ライセンスにはAAAって……。えっ。ええ~っ? う、嘘ぉ……」
まだ、その現実を受け止めきれていない私に対し、彼は「落ち着いて落ち着いて」と困った顔になる。
「嘘じゃないし、そのライセンスは正真正銘本物だし、僕はAAAランクの傭兵。そんなにびっくりすることかなぁ」
ヘラヘラと緩~く笑う彼に対し、私は「いや、びっくりするでしょ普通!」とツッコんでいた。
……本気で、心の底から驚いた。ドキドキが治まらない。
そして、さっきまで謎の少年だった彼に対する見方が、ガラッと変わってしまった。
AAAランクなんて、全ての傭兵が一度は目指そうとする、傭兵界の頂点。
まだ傭兵でもなんでもない私でさえ、そこに辿り着いてやると思ったのは、一度や二度ではない。
そんな私が、彼に対して憧れ以外の感情を抱くことができようか。
いや、無理だ。
「あ、あのっ、あなたの名前は?」
「えっ?」
「この前は、聞けなかったから」
ぐいぐい迫る私に、少年の笑みが引きつる。
だけどすぐに、悪戯っぽい笑みに変わった。
「……言ったろ? 神様だ、って」
確かに、そんなこと言ってたな。だけど……
「ふざけないで。それ、自分で冗談だって言ってたじゃん」
すると少年は、楽しそうに「そういや、そうか」と笑った。
「ローレンツ」
「え?」
「僕の名前。聞きたかったんだろ?」
その名は、驚くほどすんなりと、私の記憶に刻みつけられた。
「ローレンツ……」
「うん」
少年――ローレンツは、にっこりと微笑んだ。
「ねぇ、ティナ。今、時間ある?」
「え? ……うん、今日は休みだから、大丈夫だけど。何?」
問うと、ローレンツはゆっくりと歩き始めた。
「ちょっとさ、話さない? もしほかに聞きたいことがあるなら、教えてあげるよ?」
……聞きたいこと、か。相手はAAAランクの傭兵だ。そりゃあ、聞きたいことは山ほどある。でも、なんだか素直に「うん」と言えないな。なんでだろ。
相手が、男の子だから……?
い、いや、そんなことない……はず!
「じゃあ、ちょっとだけ……」
そうして、彼の横に並んで歩く私。
そういえば、父以外の男の人と並んで歩くのは初めてだ。
……いや、初めてじゃないな。でも、あいつは数に入んないよね。
ローレンツは、私より4つ年上の18歳。イライザと同い年だ。
その歳でAAAランクというのだから、驚かされる。
彼が傭兵になったのは、13歳の時。当時いろいろあって、1人で生きていくことになり、傭兵になることを決めたんだとか。
そして、傭兵になってからは活躍に活躍を続け、わずか2年でAランクに到達。その後は1年おきに昇格し、昨年、AAAランクになったらしい。
……すごすぎるでしょ。ていうかさ、ありえないよ。
Aランクですら、多くの者は辿り着けない高み。辿り着けたとしても、傭兵になって10年20年と経験を積んでようやく、というのが普通だ。
私の父ですら、Aランクになるまでに7年、AAランクになるのにさらに6年かかったというのに。
“天才”の一言ではとても納得できないよ。どうなってんの、この人。
話を聞けば聞くほど、疑念は募る。
本当にこの人は、AAAランクの実力を持っているのだろうかと。
見た感じ、鍛え上げられた肉体を持っているってわけでもなさそうだし、正直言って、あまり強くなさそうだ。
う~ん。でも、あのライセンスが偽物ってことはないだろうし、だったらやっぱり、彼はAAAランクの傭兵ってことになる。
「どうしたの?」
突然、声をかけてくるローレンツ。彼が戦う姿を想像していた私は驚き、「え、なんでもないよ」と笑って誤魔化した。
とりあえず、ほかの質問をしてみよう。
「そういえばさ、あなたはここに何の用で来たの? 受験者でもないのに」
事務所から出てきたから、誰か協会員に用事があったんだろうか。
「ペイフェール本部長がここにいるっていうから、ある人から頼まれた書類を届けに来たんだよ」
……ああ、協会のお偉いさんか。本試験初日に、私たち受験者の前で演説した、ガタイのいい白髪のおじさんだよね、確か。
「ある人って?」
「ああ、ごめん。それは言えないんだ」
「なんで?」
「その人に、本部長以外に自分の名を出すなって言われてるからね」
私は「ふーん」と言いつつ、彼の目をじっと見つめる。
正直、彼がどうしてここに来たのかなんて、どうでもいい。そんなことより、この人がAAAランク傭兵ということに、まだ納得がいってない。
「僕の顔に、何かついてる?」
「へ?」
そうして私は、2人で見つめ合ってる感じになっちゃってることに気付く。
「う、うぅん、別に」
首を振って否定し、慌てて目を逸らす。
その瞬間、あの言葉を思い出した。
「……ねぇ、あれはどういう意味だったの?」
再びローレンツの方に向くと、彼の優しい瞳が私を迎える。
「あれって?」
「あなた、私のお父さんの若い頃がどうのって言ってたじゃない。18歳のあなたが、どうしてお父さんの若い頃を知ってるの?」
そうだ。確かにこの人は、父の若い頃を知っているふうなことを言っていた。
あれは一体、どういうことなの? また、冗談だとでも言うの?
私は、彼の答えをじっと待った。




