16-2
マリサとヴェルレ姉妹は、その傭兵に剣を教わることになった。
その傭兵は、彼女らの父親と同じくらいの年齢だったそうだ。
「一緒に生活し、剣を教わるうち、私とリュシーはその傭兵のことを好きになった」
特に照れるでもなく、マリサは淡々と、衝撃発言をした。
「好きって、……マジかよ」
一番に反応したのは、イライザだった。彼女は、ものすごく意外そうな顔で、マリサを見つめている。
「お前も、女だったんだな」
「私は女だよ」
イライザの呟きの意味を、マリサは理解できなかったようだ。いや、理解した上で、そう言ったのかもしれない。わずかに表情に含ませた怪訝は、どっちとも取れる。
――あんた、男性に興味があったんだな――
イライザが言いたかったのはこれで、私も同じことを思っていた。
「で、で? そのあとはどうなったのですか?」
目をキラキラと輝かせて、フランカは前に乗り出すくらいの勢いでマリサに続きを促す。
「私とリュシーはすぐに、互いの気持ちに気付いた。同じ人を好きになったことを」
「そ、それで?」
フランカが、さらに続きを求める。鼻息、荒くなってるぞ。
「でも、私たちは、彼に思いを伝えることはしなかった。いや、できなかった」
「どうして?」
私が問うと、フランカも「なぜですか?」と言葉を重ね、イライザは笑った。
「多分だけど、その傭兵はマリサたちのことを、自分の娘のように思ってたんだろ。接し方も、そんな感じだったんじゃないのか? だから、あんたらは何も言えなかった。違うか?」
顔を覗き込んでくるイライザに対し、マリサは「うん」と頷いた。
「なるほどぉ! よくおわかりになりますね、イライザさん」
フランカが輝く瞳をイライザへ向けると、彼女は「ふふん」と腕を組んで得意げだ。
マリサは、そんな2人に構わず話を続行する。
「思いを抱えたまま、私たちは彼と暮らし続けた。決して豊かではなかったけど、とても穏やかな日々だった。ずっとこんな時間が続けばいいのにと、思っていた。……だけど、そうはならなかった」
さっき一瞬見せた翳りが、再びマリサの顔を覆った。
彼女の表情の変化に、私たちは何かを察し、無言で続きを待つ。
「私とリュシーの間には、次第に力の差ができていった」
やっぱり、その頃からマリサの方が優れていたのだろうか。
「私たちは、彼の仕事について行ったりして、実際にファミリアと戦うこともあった。そんな時、私には倒せないファミリアを、リュシーは軽々と倒して見せた。あの子には、私以上の剣の才能があったの」
「え? マリサさんの方が強かったんじゃないの?」
問うと、マリサは私の目を見て首を小さく横に振った。
「あの頃は、私の方がだいぶ弱かった。そんな私を、リュシーは次第に蔑むようになっていった。なぜそんな態度を取るようになったのか。それは、少し経ってからわかった」
そこで口を閉じ、視線を下げるマリサ。その時のことを思い出しているのだろうか。
そして、視線をそのままに、再び喋りだす。
「……あの子は、彼の目を自分にだけ向けさせたかったみたい。それには、私よりも優れていなければならないと、勝手に思い込んでいたんだと思う。そして実際に、その通りになった。彼は、優秀なリュシーに自分の背中を預けるようになっていった」
マリサの視線が上がる。
「だけど、それは仕事中だけだった。普段の彼は、私に付きっきりになって剣を教えてくれた。きっと彼は、伸び悩んでいる私に対して、なんとかしてやろうという親心に似たものを抱いていたんだと思う。……そのせいで、リュシーは、私に激しく嫉妬した」
……それが、2人が険悪な理由か。
なるほど。リュシーは、マリサに傭兵を取られたと思ったわけだ。
彼女がマリサに「許さない」って言ったのは、そういうことだったんだな。
「それで、どうなったんだ」
いつの間にか、フランカと同じように興味津々な顔になっていたイライザが、続きを促す。
「私は、彼とは何も無いと、何度も言った。だけど、リュシーは絶対に信じなかった。現に彼は、リュシーに対してよりも、私に対して優しく接することが多くなっていた。なんとか誤解を解いて元の仲に戻りたかったけど、……もう無理だと悟った」
「なんで?」
「どうしてですか?」
私とフランカの声が重なる。
「私自身、彼の優しさにもっと触れていたいと、思うようになっていたから」
……そう語るマリサの顔は、とても大人びて見えた。私の知らない世界の話をしてる。そう思った。
「……やがて、私とリュシーの間に会話は無くなった。それでもテッサは、私たちの仲を取り持とうとしていたけど、すぐに諦めたみたい」
そういえば、テッサはリュシーと一緒になってマリサを罵るようなことはしなかったな。
「その後、私が1人でファミリアの群れを殲滅できるほど力をつけたのを見たリュシーは、テッサと共に姿を消した。……その後、あの2人がどこでどうしていたのかは知らない」
そう話を区切り、マリサは口を閉じた。話はこれで終わりと言うかのように。
「……それって、どれくらい前の話なんだ?」
イライザの静かな問いに、マリサは「あの子たちと別れたのは、1年くらい前」と答えた。
「ってことは、ここで会ったのは、1年ぶりの再会だったわけか」
独り言のように呟くイライザに、マリサはわずかに頷いた。
そして、その静かな双眸が私を捉える。思わず、ドキッとしてしまった。
「話はこれだけ。……面白い話じゃなかったでしょ?」
そんなことはない。きっと、フランカもイライザも私と同じ事を思ったはずだ。だけど、誰も口には出さなかった。
リュシーと険悪な理由が、まさか、……えっと、こういうのなんて言うんだっけ?
……愛憎のもつれ、かな? そういう話だとは思ってもみなかった。
……人は見かけによらないんだなぁ。




