15-3
どれだけ攻撃を放ってみても、掠りもしない。
その全てが、まるでどこからどうやって来るのかがわかっているかのように、マリサは顔色一つ変えずに、ひらりひらりと躱していく。
虚空を斬るよう誘導されているかのような不思議な感覚に、私はすっかり囚われていた。
それでもまだ、躱されているだけなら絶望も浅かったろう。
しかしそれだけでなく、マリサは一撃躱すごとに、私に一撃当てていく。しかも、そのほとんどが頭部に集中していた。
早々にポイントを稼いで、あとは時間まで避け続ける。
そんなマリサの言葉が脳裏をよぎった。
「くっ」
間合いを取ろうにも、マリサはまるで糸を吐いた蜘蛛のように、私の動きにぴったりと合わせてついてくる。
しかも、どう見てもそれは全力ではない。私の力量に合わせて力を抑え、攻撃、回避、移動を行なっている。
そうとしか思えない!
左に移動しつつ、瞬時に方向を変えて剣を振ってみても、当たらない。
彼女の攻撃が、視界の右側から来るとわかっていても、避けるどころか防ぐことすらできない。
どうなってんの、これ!
こんなことって、あるの? こんな動きが、人間にできるの?
一体どれだけ訓練すれば、こんな戦い方ができるようになるんだろうか。
私の心の中にあったわずかな自信はすでに霧散し、無力感と敗北感が代わりに鎮座している。それが、私の動きを少しずつ鈍らせていく。
……勝てる気がしない。
それどころか、あとどれだけ戦い続けなくてはならないのかという虚脱感に、意識が支配されつつあった。
あと何分? 早く。早く! ……もう、終わって!
「――!」
私は驚いて、足を止めた。見開いた目は、眼前のマリサを捉えている。
先に足を止めたのは、マリサの方だった。突然動くのをやめて、止まってしまった。
その目は、冷たい光を湛えて、私を睨むように見つめている。
「ティナさん。あなた、諦めたでしょ」
「!」
試合中だというのに、マリサは言葉を紡ぎ始めた。
「それも、あなたの弱点だよ。心が弱すぎる。ちょっと何かあっただけで、動揺する。あなたは傭兵には向いていない。私に負けて、落ち込んだまま負けを重ねて、二次試験で落ちて家に帰ればいいと思う。それがお似合い」
嘲るような言葉だけど、声色にそれは無い。だけど、無感情でもなかった。
「あなたには、がっかり」
「マリサさん……」
彼女はただ、落胆していた。彼女が私に、何を期待していたのかはわからない。
だけど、もし私との試合を、わずかでも楽しみにしてくれていたのだとしたら……。
「……ごめん、マリサさん。マリサさんの言う通りだよ。私、諦めてた。これはもう負ける試合だって、早く終わってほしいって、思ってた」
マリサは、黙って私の言葉を聞いている。
「でも、……そうだよね。最後まで、諦めちゃ駄目だよね。私は、まだ負けてない。だから、戦わなくちゃいけないんだ」
下ろしていた剣を、しっかりと構える。
「だからマリサさん。お願い。もう一度、私と戦って。……もう、絶対に諦めないから」
私の眼前で、マリサも剣を構え直す。
「……わかった。やろう」
その答えに、私は心底安堵した。大きく、深呼吸をする。
そしてマリサを見据え、地を蹴って駆け出した。
とにかく、私はマリサの動きを見ることにした。移動しながら、攻撃しながら、攻撃されながら。
彼女の動きを、その一挙手一投足を、つぶさに観察する。
それらに対し、私はどう動けばいいのか、考える。
考えて考えて、私は試す。試し続ける。
相変わらず、私の動きにぴったり合わせて動くマリサ。その身体が、わずかに捻られたと思ったら、右下から振り上げられた刀身が瞬時に現れる。
――見えた! そう、今まで全く掴めなかった彼女の動きに、目が、身体が、慣れつつある。
「うっ」
迫る刃にゾッとしながらも、私は剣を前に出し、マリサの攻撃を受け止めた。
やった! ついに防げたぞ。
さすがのマリサも驚いたのか、わずかに目が大きくなる。
私は力を込めて剣を弾き、そのまま前に出る。マリサは大きく後ろへ跳ぶけど、今度は私が追いかける番だ。
さらに強く地を蹴って彼女に肉薄すると、剣を斜めに、マリサの胸目がけて振り下ろす。
「――!」
しかし、そのままおとなしく食らってはくれない。
私の剣が振り下ろされる一瞬で身を屈め、そのまま私の左手へ跳ぶ。跳びつつ、横薙ぎにされた剣は、私の胸に吸い込まれた。
「このっ」
だけど、私だってこのままじゃ終わらない。すぐに身体を回転させてマリサの方へ向くと同時に、その勢いのままに剣を振り下ろす。
しかしそれも、一瞬にして振り返ったマリサの剣に阻まれる。
「!」
受け止めた? 今まで、一撃たりとも剣で防いだことはなかったのに。
かち合った刃の向こうに、マリサの双眸がある。そこに浮かんでいるのは、明らかな動揺だった。
いける!
「やああぁぁぁぁっ!」
声を張り上げ、私は怒涛のごとく絶え間なく攻撃を繰り返す。
自分でも驚く、異常なほどの集中力。
反撃してくれば全て防ぎ、移動すれば逃がさない。
それは私だけでなく、マリサも同じだった。
今この時だけ、私はマリサと互角に渡り合っている。決して勝てない相手ではない。そんな確信が、心の底にわずかに滲み出てきた、次の瞬間だった。
マリサの目が、変わった。
その目に、思わず怯む。だけど、それは一瞬。
私は、渾身の力を込めて、剣を突き出した。
「そこまで!」
審判の声が響く中、私とマリサは、同じような格好で対峙していた。
マリサの突き出した剣の切っ先は私の胸にしっかりと触れ、私が突き出した剣の切っ先は、……マリサの左腕に当たっていた。
……やった。
マリサは静かに剣を引き、構えを解いた。私も、それに倣う。
やった! 私、マリサに一発当てたんだ!
「47対1で、受験番号2001番の勝ち!」
言い放たれるその結果に、私はぐっと拳を握り、笑みをこぼした。




