14-3
足場を失い、私はそのまま舞台から落下した。
「うっ!」
床に、背中から激突。どうにか受け身はとれたものの、下から突き上げられたような衝撃を完全には殺せずに、私は倒れたまま激しく咳き込んだ。
「大丈夫か」
審判らが駆け寄ってくる。薄っすらと目を開くと、舞台の上から疲れた顔で私を見下ろすリュシーの姿が見えた。
「……大丈夫、です」
痛みに耐えながら身体を起こし、よろよろと立ち上がる。
審判に支えられて舞台の上に戻ったところで、全ての舞台で「そこまで!」という声が上がった。
……まさか、舞台から落っこちて終了とはね。
自分のカッコ悪さに呆れながら、リュシーへ顔を向ける。
「?」
そして気付く。あれだけ醜い笑みに彩られていた彼女の顔から、まるで毒気が抜けたかのように、負の感情が消え失せていることに。
その目は、静かに、私を見ていた。
審判らは集まり、いつものように得点を計算している。
……そうだ、結果は? 勝ったの? 負けたの?
すぐに計算を終えた審判が、結果を告げる。
「69対68で、受験番号2004番の勝ち!」
「! ……」
負けた……。そっか、負けか……。
「嘘だろ……」
その呟きは、リュシーのものだ。彼女は、動揺に震える双眸で、私を睨む。
「最後、こいつが舞台から落ちてなかったら、負けてたのはあたしだったってことかよ」
「!」
……言われてみれば、そっか。舞台の外に出てしまうと、2ポイント減点。今さっきの落下が無かったら、私が……勝ってたんだ。
「くそ、くそっ! んなことあってたまるかよ。あたしが、こんな奴と、互角の戦いをしてた? しかも、勝てたのは運だと? ふざけんな!」
喚き散らし、怒りと不満がごちゃ混ぜになったような顔のまま、リュシーが歩み寄ってきた。
「……あんた、テッサの時は手ぇ抜いてたろ」
何を言われるのかと身構えていたけど、予想外の質問をされ、私は「は?」と変な声を出してしまった。その声に、リュシーの目が細められる。
「そんなわけないじゃん。私は、テッサさんともあなたとも、全力で戦ったよ」
リュシーは忌々しげに舌打ちし、「嘘つけ」と吐き捨てる。
「嘘じゃないよ」
「いいや、そんなわけねぇ。じゃなきゃ、あたしとあれだけ戦えるわけねぇじゃねぇか」
「だから……」
さらに反論しようとして、やめた。
「……それって、私の力を認めてくれたってこと?」
「はぁ? ふざけたことぬかすなよ。誰が……」
言って、リュシーは口ごもる。自分の言葉を反芻するかのように。
そしてその顔に浮かぶのは、憤慨の表情だ。
「なぁに勘違いしてんだ。んな意味で言ったんじゃねぇよ。テッサの時は手ぇ抜いて、あたしを油断させた卑怯者だって言ったんだ。わぁーったか、あぁ?」
顔を近付け、ギロリと威嚇してくるリュシーに対し、私はにっこり笑ってやった。
「なっ……」
面食らったような顔で私から離れるリュシー。その眼前に、私は右手を差し出した。
「……なんのつもりだ、こりゃ」
「何って、握手だよ。試合後は、みんなやってるでしょ?」
リュシーは頬を歪め、私の手を払いのけた。
「誰があんたなんかと……」
そして彼女は、私の横を通って階段へ向かう。その背中に、私は言葉を放つ。
「私、ザコじゃなかったでしょ」
階段を下りようとしていたリュシーの足が、ぴたりと止まる。しかし、その顔は振り向かない。
「……調子に乗んな」
そう言い残して、リュシーは舞台を下りていった。
2日目が終わり、12勝5敗。リュシーとはいい試合ができたけど、敗数はまた1つ増えてしまった。それに、今日だけで4敗もしちゃったんだ……。
マリサは未だに無失点の全勝を続け、イライザは1敗、フランカは2敗。
この3人は、間違いなく成績上位陣に含まれているだろう。……私は、どうなんだ?
成績的に、今どのくらいの位置にいるんだろうか。
まだ、二次試験通過の可能性は、消えて……ないよね? だ、大丈夫だよね?
協会員は、その日誰と当たるかは教えてくれるのに、成績のことは一切教えてくれない。
そういう規則らしいから仕方ないんだけど、全く分からないとなるとすっごい気になるよ!
あ~っ、怖い。5敗は大丈夫なのかなぁ。うぁ~、知りたいよ~。
「お~い。ぼーっとしてるとのぼせるぞ~」
「! へっ?」
ハッと思考の世界から戻ると、目の前でひらひらと手の平が動いていた。イライザは手を引っ込め、目を細めてじっと私を見つめてくる。
「まさか、まぁた悩んでんじゃねぇだろな」
訝しむイライザに、私は「だ、大丈夫だよ」と慌てる。
……そうだ。私、お風呂に入ってたんだ。
ここは、食堂などが入っている建物の隣にある、大浴場。
100人くらいが入っても問題ないくらいに広く、私たち以外にも多くの受験者の姿がある。
私たちと同じように湯船に浸かる人もいれば、壁際に並ぶシャワーで済ませる人もいる。
浴場全体が、石鹸の香りに包まれていた。
立ち上る白い湯気の中から、マリサとフランカが現れる。いつの間にか、この2人は仲良くなっていた。どうやら、私の父の話で距離が縮まったらしい。
まぁ、フランカが一方的に話して、マリサが一言二言返事をしたり、頷いたりしてるだけだけど。
ふと、私と向かい合っているイライザの視線が気になった。
彼女は、私の身体をまじまじと眺めている。
「……イライザさん。何見てんの」
するとイライザは、「ん~?」と唸ってから、私と目を合わせる。
「あたしらも結構あるけどさ、あんたほどアザだらけじゃないなと思ってよ」
「え?」
言われて気付く、自身の惨状。
確かに、肩や腕、胸元など、至るところの皮膚が変色している。多分、湯船から出てないところも、同じような感じだろう。
まぁ、散々やられたからね。
……にしても確かに、これは酷いなぁ。はぁ……。




