13-3
「おーし、そこまでだ」
イライザの声に、私たちは攻撃の手を止め、距離を取った。
今までどこに隠れていたのかというくらいに、どっと疲労が噴き出す。私はその場にがっくりと両膝をつき、そのまま前に倒れて四つん這いの格好になった。
頭から幾筋もの汗が流れ、顔や耳の前後、首筋などを撫でていく。それがなぜか心地よくて、私は呼吸を整えながら、こみ上げてきた笑いを抑えきれずに噴き出してしまった。
視界に、マリサの足が入る。流れる汗もそのままに顔を上げるのと、マリサが私の前でしゃがむのはほぼ同時だった。
「マリサさん……」
彼女の氷の双眸には、今までに見たことの無い光が宿っているように感じた。
それがどんな感情によるものなのかはわからなかったけど、ただ冷たいだけだった今までの瞳とは、明らかに違っている。
「ティナさん。これ、使って下さい」
「ん? あ。ありがと」
なんだか嬉しそうな顔のフランカが、私の横に座ってハンカチを差し出してくれた。
座り直してハンカチを受け取った私は、それで汗を拭いながらマリサを見やる。
「……で、説明してくれるんだよね?」
マリサはコクリと頷き、私と向き合ったままその場に座る。
「ティナさんの実力を、知りたかったの」
「実力?」
その一言だけじゃあ、真意は伝わってこない。マリサは「そう」と頷き、続ける。
「あなたは、テッサに負けて自信を失っているようだけど、今あなたと戦ってみて、弱くはないと感じた」
褒めているようで、なんか引っかかる物言いだ。
「弱くはないけど、強くもない?」
思い切って聞いてみると、マリサは正直に頷いた。ちょっとは本音を隠そうとしてよ。
苦笑いを浮かべる私に、マリサは「でも」と話を続ける。
「あなたは私の攻撃を全て防いで見せた。戦いの中で、あなたの動きは少しずつ良くなっていった」
「いやいや。マリサさん、全然本気じゃなかったでしょ? 私の実力に合わせてくれてたんじゃないの?」
その問いに、マリサは頷く。
「最初は、どのくらい手を抜けばいいのかなって思ってたけど、実際に戦ってみたら、あんまり抜けなかった。あれが、ティナさんの本気?」
「え? うん、まぁ……」
それを聞いて、マリサは「そっか」と思案顔。
「だったらやっぱり、ティナさんは弱くないよ」
あくまで、強いとは言ってくれないのね。私は口の端に苦笑いを残しつつ、「ありがと」と返した。
「擬似剣を借りたいって言い出したのは、こいつなんだよ」
そこで、イライザが口を開く。
「擬似剣って、借りられるんですか?」
目を丸くするフランカに、イライザは「ああ」と答える。
「ダメ元で行ったんだけどな、あっさりOKもらえたんだ。受験番号と名前は聞かれたけど」
フランカは、「へぇ~」と、私が手放していた擬似剣を眺める。
「どうして、擬似剣を借りたいだなんて思ったの? 私と戦うため?」
私の疑問に、マリサは「そう」と答える。
「1回負けただけであんなに落ち込むなんて、おかしいと思ったの。それで、もしかしたら、あんまり人と戦った経験が無いんじゃないかと思って」
……まぁ、それはその通りだ。私は、父とフランカの2人としか、戦ったことがない。
「そういうの、やっぱり分かるものなの?」
「うん、なんとなく分かる。ティナさん、剣技も身のこなしもそれなりに優れているのに、それを生かしきれてない。それはきっと、次に何をしてくるのかが丸わかりだからだと思う」
「えっ……?」
なにそれ。私の動きが、全部読めるってこと? なんで?
マリサは、そっと私の目を指差す。
「目を見れば、あなたが次にどうしようとしているのかがわかる」
「め、……目ぇ?」
「うん。攻撃しようと思っている場所、動こうとしている方向、そういうのが全部、目に出ちゃってるの」
私は言葉を失った。
目で見て、攻撃したり移動したりするのが当たり前だと思っていたから。
「そんなの、どうすればいいの? 今更、戦い方は変えられないよ」
慌てる私に、マリサは「その必要は無い」ときっぱりと言った。
「あなたの言う通り、自分の戦い方はそう簡単には変えられない。まして、明日までになんて絶対無理。そんなことができる人なら、私より強いはず」
……そ、そだね。
「動きを読まれるのなら、その先を考えればいい」
「どういうこと?」
「……常に自分の動きは読まれていると考えながら、戦うの。相手が、自分の動きを読んだ上でどう動くのか、それを考えるの」
わかるような、わかんないような……。
「私に言えるのは、ここまで。あとは、ティナさんが考えることだと思う」
そう言って、マリサは私の擬似剣も回収して立ち上がった。
「これ返しに行く。ついてきて」
言われたイライザは、「おう」と返事してから、私をちらりと見る。
「近いうちに戦う相手だってのに、アドバイスとはな。マリサ。あんたってさ、意外と世話焼きなんだな」
イライザの言葉に、マリサは無言のままだ。
私は急いで立ち、こちらに背を向けているマリサに「ありがとう、マリサさん」と礼を言う。
「……でも、どうして? イライザさんの言う通り、私たち、いずれ戦うことになるのに」
それなのに、どうして私の弱点を指摘し、解決法まで助言してくれたのか。
マリサは、ゆっくりとこちらに半身だけ向けた。
「昨日から、あなたの落ち込んだ顔を見せられて、うんざりしていたから」
「あ、……そう」
私、そんなに鬱陶しい顔してたんだ……。
マリサは、イライザに「行こう」と声をかけ、歩き出す。
前に向き直る一瞬、彼女の口の端には、わずかに笑みが浮かんでいた。
……そんな気がした。




