13-2
洗面所の鏡に映るその顔は、とてつもなくブサイクだった。
虚ろな目の下にはじわりと隈が浮かび、顔全体に覇気が無い。それは寝不足のせいだけではないんだけど、私の酷い顔を見たフランカとイライザは、心配そうに声をかけてくれた。
そんな2人に対して私は、「大丈夫」と呟くことしかできなかった。
オルトリンデの試験場に来て3日目。今日は休日だ。
試合が一日おきなのは、受験者らの身体を気遣ってのことなんだろう。
……まぁ、体力的には、もう問題ないよ。昨日は全然眠れなかったけどさ、それでも体力はほぼ回復している……と思う。
とりあえず、死ぬほどだるいってことはないから、大丈夫でしょ。
でも、もし今日も試合だったら、ヤバかったかもね。
イライザとマリサは、朝食を摂った後、2人してどこかへ姿を消した。
そして私はというと、フランカと一緒にグラウンドを散歩している。ホントは1人でいたかったんだけど、フランカは自分も一緒に行くと言って聞かなかった。
たぶん、私のことを心配してくれているんだろう。
グラウンドには、私たちのほかにも、暇や体力を持て余した受験者たちがそこかしこにいる。200人くらいはいるんだろうけど、グラウンドは広いから、ぽつりぽつりと点在しているようにしか見えない。
そのため、ここはどちらかと言えば静かだった。
「ティナさん」
立ち止まって、ぼ~っと空を眺めていた私に、フランカが呼びかけてきた。
「なぁに?」
自分でも驚くくらい、気力の欠片も無い声が出た。
そんな私に対し、フランカは眉を寄せて口を尖らせた後、グラウンドの周囲を囲うように並んでいる木々を指差す。
「座りましょうか」
彼女が指し示している場所を見やり、私は「うん」と頷く。
別に疲れてないけど、断るのが億劫だった。フランカの後にふらふらと続き、彼女の横に腰を下ろす。
ちょうどいい大きさの木陰、地面はきれいな芝生地帯で、座り心地は悪くない。
私は膝を抱え、小さく丸くなって、グラウンドの様子を眺める。そこで楽しげにはしゃぐ受験者らの姿に、私は羨望に近い感情を抱いた。
ちょっと前の私だったら、彼らと同じようにグラウンドを走り回っていたことだろう。だけど今は、とてもそんな気分にはなれない。
横に座るフランカが、私の様子をちらちらと見ている気配を感じる。
かける言葉を探しているのだろうか。
……ごめんね、気を遣わせちゃって。
でも、今はそのまま何も言わずにそばにいてほしいな。
「おー、いたいた」
しばらくして声が聞こえ、足音が近付いてきた。その足音は2人分で、おもむろに顔を上げると、そこにいたのはやっぱりイライザとマリサだった。
「お二人とも、今までどちらに?」
「ちょっと頼み事があって、事務所に行ってた」
フランカの問いに答えるのは、もちろんイライザ。小首を傾げるフランカをよそに、イライザは「ほれ」と、持っていた物を私に差し出した。
「? これって……」
「ああ、擬似剣だ」
私はそれを受け取り、見つめる。どこからどう見ても、二次試験で使っているあの擬似剣だった。
説明を求めるように再び顔を向けると、イライザはニッと白い歯を見せて笑い、やや後方にいるマリサの方を向く。
「ティナさん。立って」
そう言うマリサもまた、擬似剣を握っている。なんだなんだ?
言われた通りに立ち上がった私の前に、マリサが握る擬似剣の切っ先が突きつけられたものだから、びっくりして思わずよろけた。
それを、いつの間にか立ち上がっていたフランカが、そっと支えてくれる。
「なっ、なんのつもり?」
「行くよ」
「えっ? ちょっ、わわっ!」
突如として始まった戦いに、私は慌てふためく。だけど、問答無用とばかりに突き出されたマリサの一撃を、私は刀身で弾いて後方へ跳んでいた。
そうして剣を構えた時には、マリサの姿は眼前だ。私は目を見開き、斜め下から襲い来る剣に合わせて、自分の剣を振り下ろした。鈍い音を立てて、刀身が揺れる。
マリサは、剣を弾かれた状態から身体を回転させ、私の側頭部を的確に狙ってくる。
その一閃を、咄嗟に上体を低くして躱した私は、マリサの向かって左側へ駆け抜け、身体の捻りを乗せた一撃を彼女の背中目がけて繰り出す。
しかしその攻撃は、瞬時に振り返ったマリサの剣によって受け止められた。
後ろに目でも付いているのか?
そこで互いに一旦距離を取り、向かい合う。
「……どういうことなの? 急にこんな……。ちゃんと説明して!」
グラウンドにいるほかの受験者らも、私たちの様子にただならぬものを感じたか、何人かがこちらを見てざわつき始めている。
「説明はする。だけど、まだ10分経ってない」
「えぇっ?」
マリサの目には、私だけしか映っていないようだ。
再び信じられない速さで肉薄してきた彼女は、これまた信じられない速さで次々に攻撃を繰り出してきた。
その全てに無駄がなく、流れるような動きに、私は翻弄され続ける。
「……!」
そうして打ち合っている内に、マリサが本気で戦っていないことが分かってきた。
これは、そう。私の力を試すような、まるで師匠が弟子に戦い方を教えているような、そんな動きだ。
父に剣を教わっていた時の、あの感覚にとても似ている。私がギリギリ反応できる力と速さで、マリサは攻撃を続けていた。現に、私はさっきから一度もダメージを受けていない。
何なんだよ、これは!
無気力の闇に包み込まれていたさっきまでの自分はどこへやら。ふつふつと沸き上がってくる困惑と苛立ちによって、私の心は次第に生まれ変わりつつあった。
全身に、力が戻ってくるようだ。
私は剣を握る手にさらに力を加え、攻撃の速度を上げる。マリサは、すぐそれに気付いたようで、一瞬、片眉を上げて見せた。
けれど結局、私の攻撃は一度たりとも彼女を捉えることはなかった。




