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13-1

 二次試験初日の全試合を終え、受験者たちはそれぞれの宿舎に戻って行く。

 私たちも、その集団の一部だ。


「そんなに気を落とすなって。まだ始まったばかりだろ。1敗くらい、どうってこたねぇよ」

「そうですよ、ティナさん。まだまだ、ここからですよ」

 がっくりと肩を落とす私を、イライザとフランカがどうにか元気づけようとしてくれている。さっきまで一緒にいたマリサは、いつの間にか姿を消していた。


「……ありがと。大丈夫だから」

 とは言ってみたものの、自分の精神状態はよくわかってる。これは、大丈夫なんかじゃないよなぁ……。




「よぉよぉ、随分ヘコんでんじゃねぇの」

 宿舎の玄関まであと少しというところで、背中にあいつの憎たらしい声が飛んできた。


 振り返らずに無視しようとした私の心を読んだように、そいつは私たちの前に回り込んできた。

 声色通りの、憎たらしく歪んだ笑みがそこにある。


「聞いたぜ? まったく歯が立たなかったらしいじゃん。テッサにすら勝てねぇくせに、よくもまぁあんなでかい口が叩けたもんだぜ」

 私の顔を挑発的に覗き込んでくるリュシーに腹が立ったものの、言い返す言葉が見つからない。


 そんな私の様子に、リュシーは勝ち誇ったような笑みをさらに深める。


「あんたの実力は充分にわかった。警戒すべきは、やっぱマリサだけだな。ほかは全く話にならねぇ奴らばっかだ。ティナ、あんたも含めてな」

 そう言って気持ち良さそうに哄笑した後、「じゃあな」と最後まで憎たらしさを披露して、自分の宿舎へ戻って行った。


 ……同じ宿舎じゃなくて、ホントに良かった。

 深い穴の奥底へ落っこちた私の心は、そんなことすら救いに感じている。


 情けない限りだよ。はぁ……。




 その後、夕食、入浴と、心ここにあらずといった感じで過ごし、その間、フランカとイライザは一緒にいてくれたけど、彼女たちの話は、そのほとんどが耳から入って同じ耳から抜けていった。




 夜。私はなかなか寝付けずに、部屋の天井をじっと見つめていた。

 消灯すれば、室内の大部分は闇に閉ざされてしまう。ベッド横の窓から射し込むわずかな月明かりが、隣の二段ベッドを薄っすらと照らしていた。


 少し上体を起こして、イライザを確認する。彼女は、掛け布団をぎゅっと抱き締めて眠っていた。暑くもないのに、下着姿だ。いつもあんな格好で寝ているのだろうか。

 あれはちょっと真似できないな。


 身体を少し乗り出し、イライザの下のベッドで寝ているマリサに視線を移す。彼女は、首まで布団を掛けて、静かに眠っていた。寝息すら聞こえない。

 寝ている時すら大人しいんだなぁ。


 そして最後に、私の下のベッドで寝ているフランカを覗く。壁の方を向いて寝ているから、どんな寝顔なのかはわからない。

 その枕元には、父からもらった伊達眼鏡が入ったケースが置かれていた。


 身体を元の位置に戻し、再び天井を眺める。

 暗い天井を見ているうちに、眠気が忍び寄ってきてくれるものだと思っていたけれど、まったく来ない。まるで音信不通だ。驚くほど、目が冴えている。思考を巡らせれば巡らすほどに、眠りから遠ざかっていく。


 溜め息。今日の試合を終えてから、一体何度、溜め息をついただろうか。


「……」

 昼間の、テッサとの戦いを思い出す。あれほど歯が立たなかった相手は、父に続き2人目だ。


 動きを読まれ、無駄に体力を消耗させられ、隙を作らされ、そこを突かれる。

 いや、そもそも、剣技や体術などの戦闘技術も全て負けていた。彼女が最初から本気を出していたら、きっと私は、1ポイントも奪えなかっただろう。

 そう思わざるを得ないほどの、完敗だった。


 ……全体から見れば、たったの1敗。フランカやイライザも、何度もそう言っていた。


 私も、そう思う。

 今日1敗しても、次から全て勝てば問題なんか無い。そう思っているのに。

 どうして、私の心はこんなに落ち込んでいるんだろう。


 気弱そうなテッサを、見くびっていた?

 自分より下だと思い込んでいた相手に負けたから?


 ……いや、そんなことは無い。本試験まで進んできた相手だ、油断していい相手じゃないのは、わかってたはず。

 だからこそ、最初から全力で行ったんじゃないか。


「! ……」

 そっか。私の全力が、全くと言っていいほど通じなかったんだ。


 だからか……。


 そうだ。私は、父との訓練で身に着けた自分の力に、自信を持っていた。けれど、それが通用しない相手が、早々に現れた。


 ……この先も、そんな相手が何人も現れるかもしれない。少なくとも、テッサの妹のリュシーと、そして、そのリュシーと同じくらいの強さだというマリサ。最低でも、2人いるってことだよね。


 “3敗”という文字が、脳裏に浮かぶ。私はそれを、振り払えずにいた。


 いや、3敗どころじゃ済まないかもしれない。

 今日勝てた8戦、それらは当たった相手が良かっただけで、残りは全て強敵かもしれないじゃないか。


「くっ……」

 苦渋の思いが、声にならない声で、噛み締めた歯の隙間から漏れる。


 考えれば考えるほど、悪い方向へ向かっている気がしてならない。だけど、自分の意思で思考を止めることができなくなっていた。制御不能だ。眠れない。


 身体は疲労を訴えているというのに、肝心の睡魔が姿を見せてくれない。

 いくら寝返りを打っても、どれだけ目を閉じてじっとしていても、駄目。

 焦りは苛立ちへと姿を変え、余計に神経を刺激する。


 ……あんまりゴロゴロ動いていると、みんなを起こしてしまうのではないか。

 絶え間なく流れて溜まっていく泥水のような思考の中、なぜかそのことだけは冷静に考えていた。


 だから私はもう動かずに、目を閉じて、静かな夜を過ごすことに決めた。




 やっとのことで睡魔が姿を現してくれたのは、それからしばらくしてからのことだった。

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