07-4
父のすぐ後に客間に入ると、すでにシートや切った髪の毛は片付けてあって、元の位置に戻っているソファに、ジゼルとフランカが座っていた。
ジゼルがこっちから見て手前で、フランカは、……なぜかジゼルの影に身を潜めるように隠れていて、よく見えない。
着ている服で、フランカだとは分かるけど。
「おう、終わったか」
父が軽い調子で問いかけると、ジゼルはちょっと困ったような笑みを浮かべて「ええ、まぁ」と答える。
「どうしたんだ? フランカ」
こそこそしているフランカに気付いた父が、歩み寄ろうとする。
「こっ、来ないで下さい!」
すると、フランカはさらに身を縮めて、すっかりジゼルの影に隠れてしまった。
「……?」
不思議に思い、そばに立っていたレオーネに視線で問いかけてみる。しかしレオーネは、口を歪めて肩を竦めただけだった。
……なんだ? え、まさか、失敗したとか? あそこから?
もしそうなら、確かに父には見られたくないはずだ……。
「どうしたの?」
私たちの後から客間に入ってきたキアラとロザリーも、父とソファにいるフランカとを交互に眺めて怪訝そうな顔になる。
「なに隠れてんだよ。髪、切り終わったんだろ? 見せてみろよ」
そう言うと、父はフランカが「ダメですっ」と繰り返すのも無視して、ずかずかと彼女が見える位置まで移動してしまう。
そうしてフランカを見たきり、父は止まってしまった。どうしたんだ?
「……なんだ、悪くねぇじゃん」
やがてぽつりと出た言葉は、はっきりしない褒め言葉。
「ほっ、ホントですか?」
しかし、フランカにはそれでも良かったようで、ジゼルの影から勢いよく立ち上がった。
「お」
ひと目見て、可愛いと思った。
背中まであったフランカの髪は、顎くらいの高さまでばっさり短くなっていて、なんかこう、若返ったっていうか、幼くなった感じ?
……なるほど。髪が短いと子供っぽく見えるのか。私も短いから、伸ばせば大人っぽくなるかなぁ。
「ああ、似合うよ。長くても似合ってたが、短い方がいいと思うぞ」
「え、えっと、これ、……可愛いですか?」
短くなった自分の髪をふわりといじり、上目遣いで問うフランカ。
「ああ、可愛いよ」
父のいい笑顔に、フランカは真っ赤になった頬を両手で覆って、声にならない歓喜を全身で表現した。おーおー、嬉しそうなこと。
「どした?」
隣にいるキアラが、小声で問いかけてくる。私が「え?」と振り向くと、「何ムスッとしてんの」と言われ、も一つ「え」と漏らしてしまった。
……私、そんな顔してた? なんで?
「あ、そうそう。ほれ。これを掛けてみろ」
父は、持っていた紙袋をフランカに差し出した。それを受け取ったフランカは、疑問と期待が入り混じった視線を父へ向ける。
「お前の為に買ってきたんだ。開けてみな」
「は、はい」
フランカは紙袋をテーブルに置き、緊張した面持ちで中身を取り出した。
小さい紙袋の中に入っていたのは、丸みのある長方形の箱。それを恐る恐るといった感じで開いたフランカは、再び父を見る。
今度は、やや疑問が混じった視線だ。
「……メガネ?」
「ああ。そいつも掛ければ、だいぶ印象が変わるんじゃねぇかなって思ってな」
そう。そこに入っていたのは、メガネだった。赤いフレームのなんて、滅多に見ないな。
「掛けてみな」
「でも私、目なんて悪くありません」
「心配すんな。そいつにゃ度は入ってない」
「伊達眼鏡……」
呟きながら、メガネを掛けるフランカ。そして、ジゼルや私たちを一通り見渡した後、父を見上げる。頬は、変わらず赤い。
「……どうでしょうか」
問われ、父はニッと白い歯を見せる。
「似合うよ」
その一言に、フランカはまた真っ赤になってゆらゆら~っとソファに戻った。
「……大切にします」
顔を上げずにつるの部分に手を触れて、フランカは言った。その横顔は、とても嬉しそうで、……でも私は、ちょっとすっきりしない気分だった。
「掛けるのは、写真を撮る時だけでいい。それにそれ、安物だしな。すぐ壊れちまうかもしれねぇぞ」
そこでようやく、フランカは顔を上げる。
「でも、……大切にします」
その輝く瞳に何を感じたか、父は微笑して「ああ」と頷いた。
「よぉし、んじゃ早速、受験申請しに行くか」
「はいっ」
にこにこしながら立ち上がったフランカは、先に歩き出した父の後を追う。
「何ぼ~っとしてんだ、ティナ。行くぞ」
私の横を通り過ぎながら声をかけてくる父に、私は「うん」と小さく頷く。
「行きましょ、ティナさん」
声を弾ませるフランカにも「うん」と応じ、客間を出る。
「フランカさん。髪型も、メガネも、似合ってるよ」
隣を足取り軽く歩くフランカは、私の言葉に「ありがとう」と笑う。私も笑い返すけど、私の言葉は本心だけど、妙な蟠りがある。
……私、お父さんに「可愛い」って言ってもらったことなんて、無い。




