05-2
にこにこしながら父を見ているフランカに対し、父は笑みの無い真面目な顔で口を開く。
「いきなり本題に入るが、……今日ここに来る約束をしたのはな、確かめたいことがあったからなんだ」
その言葉に、フランカはきょとんとしたけど、すぐに笑みを取り戻した。
「何でしょうか」
どんなことでも聞いて下さいとばかりに、フランカは目を輝かせる。
父はやや間を置いてから、口火を切った。
「……フランチェスカ・オルトリンデ」
その名を耳にした途端、フランカの顔から笑みが消えた。だけど、それはほんの一瞬のことで、まるで取り繕うようにすぐに笑みが戻る。
「この国の第二王女だ。俺は、12年くらい前に一度、そのフランチェスカ王女に会っている。……この間、お前と出会った時、どことなくフランチェスカ王女に似ていると思った。俺の思い違いかもしれんが、もしかしたらと思ってな」
「思い違いです」
隣の部屋に続く扉が開き、銀のプレートにティーカップを乗せて出てきたジゼルが、父を睨みながらそう言った。
「ジゼル」
立ち上がろうとするフランカを視線だけで制し、こちらに歩み寄ってきたジゼルは、テーブルにプレートを置いて、その鋭い眼光を父に浴びせる。
「彼女はフランカ・アルジェント。フランチェスカ王女とは何の関わりもございません」
しかし、父はその眼光を意に介さず、「そうかい」と余裕の表情でジゼルを見据える。
そして、その表情のままフランカに向き直る。
「……変なことを言ってすまなかったな。どうやら、俺の勘違いだったようだ」
こんなにあっさり間違いを認めていいのだろうか。
それにしても、父はなぜこんなに余裕なのか。不思議に思いつつ、フランカの様子を窺う。
「?」
そうして、彼女の顔からすっかり笑みが消えてしまっていることに気がついた。一体、どうしたんだろうか。
「……ジゼル。この方々は、いいの。私、この方々には隠し事をしたくない」
「! 姫様?」
そう発してから、ジゼルは「あ」と言って固まった。
……えっと、これは自爆と考えてよろしいか?
フランカは思わずといった感じで笑い出す。
「やっぱり、慣れないよね。16年もそう呼んでいたのだから」
微笑むフランカに、ジゼルはやや頬を赤らめて「申し訳ありません」と小声で言う。それに対し、フランカは「謝る必要はないよ」と返した。
そしてその瞳が、父に向けられる。
「訳あって素性を隠しておりますが、クレイグ様の仰る通り、私はこのオルトリンデ王国の第二王女、フランチェスカ・オルトリンデです」
きっぱりとそう言い切った彼女の顔に、そしてその言葉に、嘘偽りは無い。私はそう感じた。きっと、父もそうだろう。
……しっかし、まさか本当に王女様だったなんてね。
それにしても、素性を隠さなきゃいけない訳って、なんだろう。気になるなぁ。
「聞いてもいいか? その訳ってやつを」
「ちょっ、お父さん?」
「! あなたねぇ!」
無遠慮な父に対し、私とジゼルは同時に声をあげた。
すると、またフランカは笑う。
「いいですよ。全てお話しします。……ジゼル」
「えっ、あ、……はい」
ジゼルは、私たちの前にティーカップを配った後、「失礼しました」と隣の部屋へ姿を消した。
「どうぞ」
フランカに勧められ、私たちはティーカップを持ち上げ、琥珀色の紅茶を一口。
甘い香りが、鼻を抜けていく。
きっと、かなり上等なお茶なのだろうけど、私にはよくわからない。
だけど、とても美味しかった。
「……じゃあ、聞こうか。どうして、王女様が城ではなくこんな場所にいるのか。それから、なぜ傭兵を目指しているのか。話してくれるな?」
父に見つめられ、フランカは「はい」と頷いた。
そして、静かに語り始める。
フランカ、いや、フランチェスカ王女が、城を出る決意を固めるきっかけになったのは、彼女の父であるオルトリンデ国王が勝手に決めた、結婚話なんだそうだ。
他国の王族と婚姻関係を結ぶことで、両国の関係を深めようとする。いわゆる、政略結婚ってやつだ。
王女は一度、その結婚相手に会わされ、話をさせられたらしい。
その相手に対しては、特に嫌悪感などの悪感情は抱かなかったそうだけど、それより何より、とにかく父親の政治の道具として利用されるのが嫌でたまらなくて、その人の前では一度たりとも笑えなかったという。
何もしなければ、このまま結婚させられてしまう。焦った王女は、城を抜け出すことを決め、ある夜、行動に移した。
今から、およそ4ヶ月ほど前の話だ。
……修道院に移り住むことになったのはファミリアのせいとか言ってたけど、嘘だったんだね。まぁ、素性を隠すためだったんだから、仕方ない。
そうして、数人の使用人と共に城を抜け出た王女だったんだけど、行く宛てが無い。
そこで、幼い頃に世話になったことがあるゴルドベルグ修道院の院長を頼って、ここを訪れたらしい。
そして事情を話し、匿ってもらうことになり、今に至ると。
なるほど。要は、王女様の家出ってことだ。
フランカは、言葉を切って一つ溜め息をつくと、自分の前に置かれたままになっていた紅茶を飲んで、もう一つ息を吐いた。




