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まぁ当然のことながら、部屋に戻った私とフランカに、イライザの質問とマリサの視線が飛んでくる。
グラウンドから宿舎に戻るまでに、2人で決めておいた言い訳はこれだ。
「いや~、昨日の今日でもう体力が元通りになっちゃってさぁ。なんか持て余してるからグラウンドへ運動しに行こうね~って約束してたんだけどぉ、フランカさんがね、忘れてたみたいなんだよねぇ。だからぁ、ちょ~っと乱暴な感じで連れ出しちゃったってわけ」
「そう。そうなんですよ。うっかりしてました。うふふふ」
……どうだ? これで、ごまかせるかな?
イライザは、訝しげに口を尖らせて私たちを窺っている。
マリサは、納得したのかどうなのか、広げている本へ視線を戻した。
「……な~んか怪しいけど、ま、そういうことにしといてやるよ」
溜め息混じりにそう言って、椅子に腰を下ろすイライザ。
「そんなとこに突っ立ってないで、座りなよ」
どうやら、これ以上の追求は無いようだ。私とフランカはホッとした顔を見合わせ、テーブルについた。
「まぁ、なんにせよ、だ。明日の朝には結果発表。昼には解散。この試験場を出ることになる。つまり、あたしらが一緒にいられる時間は、あと少しってわけだ」
淡々と語っているけど、イライザは少し寂しそうな雰囲気だった。
「……たった2週間一緒にいただけなのに、あたしらって、結構仲良くなったよな」
「そだね」
「そうですよね」
完全に同意だ。
もっと言うなら、以前から友達だったんじゃないかと思うくらいに、仲は深まっていると思うよ。
「ていうかさ、最初から結構仲良かったよね」
私が言うと、「あー、そういやそうだな」と、イライザが思い返すように視線を上向けた。
「それはきっと、イライザさんが明るく話しかけて下さったからですよ」
「ああ、そだね。イライザさんが仕切ってくれたから、話しやすくなったよね」
フランカと私の言葉に、イライザは「へへ、そっかな」と照れだした。
そこで、ぱたっと本が閉じる。
マリサは、閉じた本をそっとテーブルに置いて、満足げに一息ついた。それから、私たちをちらっと見て、口を小さく動かす。
「楽しかった」
その呟きに、私は心の中で首を傾げる。同じ事を思ったのか、イライザがその疑問を口にした。
「本が? それとも、ここでの生活が?」
すると、マリサは私たちを1人ずつ見つめ、そして本に視線を落とし、口を開く。
「両方」
イライザは笑いながら、「なんだよ、そりゃあ」と言い放つ。私とフランカも、顔を見合わせて笑った。
「……というのは冗談。本当は、みんなと過ごした日々の方が、断然楽しかった」
その言葉を聞き、イライザはガコガコと椅子を動かしてマリサに近づくと、ガシッとその肩に腕を回して抱き寄せた。目を丸くするマリサ。
「冗談言うなら、もうちょっとそれらしい雰囲気で言いなよ。……でも、あんたらしくていいか」
嬉しそうに笑うイライザにつられて、私とフランカも笑う。
みんなの笑い声につられたのか、マリサの口にも笑みが浮かんでいた。
「離して。痛い」
「え? あ、おお、すまん」
ぱっとマリサの身体を解放するイライザ。するとマリサは、笑みを浮かべたままイライザを見て、
「冗談だよ」
と言い、笑い声をこぼした。
とても可愛らしい響きを帯びた笑い声。たぶん、彼女のこんな笑い声を耳にしたのは初めて……だよね?
「……な、んだよ~、もぉ~」
力が抜けたように、ガクッと肩を動かすイライザ。そして、ニヤッと笑って、マリサの身体に手を伸ばし、「このこのぉ~」と、その脇の下から脇腹までをくすぐり回した。
「ほれほれ~、どうだぁ」
「……う、むふっ、……んふふっ、やっ、やめ、やめてっ、……あははっ」
抵抗するマリサの声と、椅子がガタガタ動く音が重なる。
楽しくなってきちゃったのか、さらに激しく攻めるイライザに対し、マリサは「やめやめっ、あっはははっ」と大笑いしている。
その後、あまりに激しく抵抗したことで椅子ごと倒れそうになったマリサを、私が素早く後ろに回って支え、反撃開始とばかりにイライザに飛びかかったマリサが、イライザを「もう、やめてくれ、えひゃひゃひゃひゃ、やめっ、やめてぇぇぇ」と涙目で訴えるまで、くすぐり尽くした。
そこに、いつの間にかフランカが加勢していて、楽しそうにイライザをくすぐっていたけど、私は見て見ぬフリをしておいた。ていうか、私も混ざればよかった。
時間が経つのなんて、あっという間。もう、今日はあと数時間しか残ってない。
日が暮れて、夕食を食べ、入浴を済ませ、寝支度を整えたら、あとは電灯を消してベッドに入るだけだ。
眠る前に、少しフランカと話をしておこうと思って、宿舎の玄関前に連れ出した。
エントランスホールには、誰もいない。外にも、人影は無い。
夜になると、やっぱり少し風が冷たく感じる。早めに済ませて部屋に戻ろう。
「フランカさん。一つだけ、聞かせて」
「なんでしょうか」
穏やかな瞳で私を見つめているフランカに対し、気になっていたことをぶつける。
「……お兄さんに、会いたい?」
たとえ、昼間したような予想が当たってしまったとしても、彼女があれだけ信頼を置いている人物だ。もしかしたら、今までずっと会いたいと思っていたのかもしれない。
「もしかして、昼間のことを気にされているのですか?」
「……うん」
正直に頷くと、フランカは少しの間沈黙した後、返答の口を開いた。
「お会いしたいですよ、とても。お会いできたら、きっと私、泣いてしまうでしょうね」
……やっぱり、そうなんだ。……会いたいんだ。
「ですが、今の私には、それよりも大切なことがあります」
強い意思に輝く瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
「それは、傭兵になること。傭兵になって、傭兵として生きることです」
兄への思いを、無理矢理に抑え込んで言っているようには見えない。これが、彼女の本心なんだろう。
余計なこと、聞いちゃったかな。私は「そっか」と呟き、星空を見上げた。
隣でフランカも、同じように、輝く星々を見つめていた。




