03-1
国境地帯を抜けた後のファミリアたちは、疲弊に次ぐ疲弊で、モンテスに着いた頃には数も減り、かなり弱っていたらしい。
つまり、私があの狼型のファミリアを倒せたのは、相手が死にかけだったからってことだ。……私には、そうは見えなかったけど。
まぁでも、それを聞かされても別に何とも思わない。だって、あの時の私は、ほとんど無意識だったから。
ファミリアを刺し殺した時のことは、よく覚えていない。その感触も、その時の気持ちも、何もかも。
……正直、ホッとした。殺されなかったことにじゃない。あんなふうに刺し貫いた時のことを覚えていたら、手と、脳裏に焼き付いちゃってなかなか消えないに違いない。
だから、覚えてなくて良かった。
そんなこと言ってたら、傭兵なんて務まらないとは思うんだけどね……。
モンテスに侵入したファミリアは3体。その全てが、私が倒したあの狼型の奴で、ほか2体は、モンテスにいた傭兵らによって片付けられたらしい。
各街には、常に数人の傭兵がいて、それぞれの街を拠点にして仕事をしている。傭兵が戦っているところを見たかったけど、まぁ仕方ないか。
それより、スヴェンとミリィが無事で本当に良かった。2人は、逃げる時に転んで無くした財布を探していて、逃げ遅れたみたい。そんなのほっといて逃げればよかったのにって言ったら、大切なお金だから無くすわけにはいかないでしょ、ってミリィに怒られた。
今回の事件での被害は、数軒の建物のガラスが割れたり、商品が破壊されたりというものがほとんどで、死人はゼロ。
無茶してファミリアの前に飛び出して、結構酷い怪我を負った警官は数人いたみたいだけど。
被害に対する補償は国が負担することになり、今回の事件は終息した。
すぐにいつもの日常が戻り、私は相変わらずキツい訓練の日々を送っていた。
そうして、ファミリアの襲撃から1週間後。
夕食後にどこかへ出掛けた父が、何かを持って帰ってきた。
「ティナ」
父は、身体を動かしている私のもとへ歩み寄ってきて、持っていた物を差し出してくる。
「ようやく完成した、お前の剣だ。受け取れ」
「え? ……剣?」
そう。それは、シンプルな鞘に入った剣だった。
手渡されたそれは、軽かった。
「抜いてみろ」
促されるままに、剣を鞘から抜き放つ。思わず、「わぁ」という声が漏れた。
「ジーノって知ってるだろ? ほら、この街の刀鍛冶の。あいつが、お前の剣を作ってくれたんだ。だが、なかなか材料が手に入らなかったみたいでな。完成がひと月くらい遅れちまった」
刀鍛冶のジーノは、父が傭兵だった頃からの知り合いで、父の親友だ。腕の良さは折り紙付きと言われている通り、その剣は私の手に馴染み、重さもちょうどよかった。
両刃の細い刀身が、ギラリと美しく、そして鋭く輝く。
「どうだ、その剣は」
微笑む父に、私は「すごいよ……」と呟いた。
「ありがとう、お父さん! ……でも、こんなのいつの間に頼んだの?」
特訓を始めてから、父は酒場に行かなくなったし、酒自体、あまり飲まなくなった。ほとんど私に付きっきりだったのに、一体、いつ……?
すると父は、ちょっと言いづらそうに、私から視線を外して小声で答える。
「……ああ、その、あれだ。お前が傭兵になりたいって言った次の日にな、なんか自然とジーノのとこに足が向いてたんだ。ティナのことをあいつに相談したら、剣を作ってやるって言うからよ、じゃあ頼むって言っておいたんだ」
そうだったんだ……。あの時、……そっか。父は、私のために……。
「あ、でも、お金は?」
そう聞くと、父は笑った。
「俺も言ったんだけどよ、仕事じゃねぇから金は取らねぇって聞かなくてな」
私は、その後冗談めかして父が言った、「気になるなら、出世払いってことでいいんじゃねぇか?」という言葉を胸にしまった。
……そうだ。傭兵になってお金を稼いだら、剣の代金を払いに行こう。
「お父さん」
私は剣を鞘に戻し、父にそっと抱きついた。
「……ありがとう」
父は、私の頭にぽんと手を乗せて、「おう」と優しく撫でてくれた。
私は、父の手が好き。その大きくて分厚くて、そして温かい手の平で頭を撫でられるのが好き。
「そろそろお前も、実戦を経験しねぇとな」
「え? 実戦?」
父から身体を離し、顔を見上げる。
「ああ。この前、ファミリアを倒したのは無意識だったんだろ? それじゃあ何の経験にもなってない。傭兵になるんだったら、実際にファミリアと戦って倒すという経験を積む必要がある」
戦って、倒す。その言葉に、私の鼓動が荒くなる。
「……でも、どうやって? ファミリアなんて、そんなどこにでもいるものじゃないし」
「いるんだな、それが。あるんだよ、実戦経験を積むのに最適な場所が」
「?」
父の言葉の意味がわからず、小首を傾げる。
「南東に、バラルトって街があるのを知ってるだろ? そこに、ファミリアと好きなだけ戦える訓練施設があるんだ。今度、学校が休みの日に連れてってやるから、楽しみにしとけ」
そして、もう一度ぽんと私の頭を触れた父は、どこか楽しげに家の中に入っていった。
……ファミリアと、好きなだけ戦える?
いや、楽しみにしとけって言われてもなぁ……。




