第1話 ラブレター詐欺
日出づる国、うららかな日差しの中で桜の花びらがゆっくりと舞い落ちていた。
横浜に春の訪れを告げる、待ちに待った春休みの始まりである。
まだ数人の生徒たちが校舎に向かって歩いている中、突然、耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。木に止まっていた鳥の群れが驚いて一斉に飛び立つ。
悲鳴の震源地は、下駄箱の並ぶ昇降口だった。
「ジャ、ジャックポット! ついにキターーーッ!!」
声の主は、高校一年生のエドワード・ニシムラ。
彼の手には、全男子生徒の夢……『ラブレター』が握られていた。彼はそれをまるで神聖な古文書でも扱うかのように、両手でしっかりと胸に抱きしめていた。
自分の叫び声にハッと我に返ったエドワードは、真っ赤な顔で左右の廊下を首がもげるほどの勢いで確認する。
誰にも見られていない。
邪魔な連中が誰もいないことを確認し、彼は安堵の息を吐いた。
そして目を閉じ、顔にだらしない笑みを貼り付ける。
キンセイ・アイミ。
学年一、いや、この学校で一番の美少女。キャンディピンクの長い髪に、夕暮れのように赤い瞳、そしてあの甘い香り……。
背中を冷たい下駄箱の金属に預け、エドワードはずるずると床にへたり込んだ。ラブレターはまだ胸に大事に抱きしめられたままだ。
エドワードの緩んだ口元から、ツーッと一筋のヨダレが垂れ落ちる。
これは夢が現実になった瞬間——いや!
これは『予言』だ! 身長157センチの自分に彼女ができるなんて一生無理だと思っていたが、神は俺を見捨てていなかったのだ!
「ジャックポット! ついに俺にもモテ期が来た!!」
——少なくとも、彼はそう信じきっていた……。
しかし、その至福の時間は一瞬にしてぶち壊される。
彼の下駄箱の列の裏側から、全く同じテンションの別の叫び声が聞こえてきたのだ!
エドワードは目を丸くして飛び上がり、抜き足差し足で音のした方へ向かった。そっと下駄箱の端から顔を出す。
同時に、廊下の奥からも同じくらい熱烈な声が上がった。
「んふぅぅ……たまらん!」
その変態的で、欲望むき出しの全く遠慮のない呻き声。間違いない。
エドワードにはその声の主が誰かすぐに分かった。
幼馴染でありクラスメイトの、サンズ・クジラとマイク・タロウだ。
案の定、三人は鉢合わせし、全く同じ疑問を口にした。
「「「お前らなんでこんなとこで叫んでんだよ?」」」
三人は眉をひそめながらお互いを指差し合った。そして、それぞれの視線が、お互いの手に握られている『封筒』へと引き寄せられる。
エドワード、サンズ、マイクには一つの共通点があった。
見事なまでに発育が遅いことだ。
グループ内で一番背が高いマイクでさえ166センチ。それに次ぐサンズが160センチ。
誰も自分たちが『大当たり』を引ける日など来るとは思っていなかった。
三人は背筋をピンと伸ばし、どこか哀愁を漂わせた嘘くさい笑顔を浮かべた。
「ついに俺たちの時代が来たな!」と、エドワードは言いながら素早く手紙を制服のポケットにねじ込んだ。
「全くだぜ、エドワード!」
サンズが滑稽なポーズを決めながら応じる。彼もまた、封筒をサッと背中に隠し、残りの二人が何も気づいていないかのように無邪気なふりをして口笛を吹いた。
「俺はついに童貞を卒業するぞぉぉぉ!」
マイクが絶叫した。
しかも彼の右手は、すでに腰のあたりで何やら卑猥な予行演習を始めており……最悪なことに、彼は二人の目を見据えたまま、自分の行動を微塵も恥じていなかった。
この壊滅的な宣言の後、廊下に重苦しい沈黙が落ちた。
三人は互いの顔を睨み合い、急速に警戒心を強めていく。
そして、彼らは不敵な笑みを浮かべながら解散した。三人の頭の中には、全く同じ極秘ミッションが刻まれていた。
『3月24日の夜20時ちょうど、学校の屋上へ行くこと』
———
心の準備と妄想を膨らませる数日間、彼らはそれぞれ手紙を何度も読み返した。
そして当日。
三人の悪友たちは、全く同じタイミングで家を出た。
校門の前。
三人の顎が同時に外れそうになる。
彼らはお互いを非難するように指を突きつけた。
『なんでこいつらがここにいるんだよ!?』
エドワード、マイク、サンズは目をパチパチさせながらお互いを観察した。
「おいおい冗談だろ! お前ら、アイミちゃんとの俺のロマンチックな時間を邪魔しに来たのかよ!?」
エドワードが顔をしかめて吐き捨てた。
「はぁ? 何言ってんだ? お前とマイクが組んで、俺とアイミちゃんの時間を邪魔しに来たんだろ!」
サンズが腕を組み、ぷいっとそっぽを向いて言い返す。
三人の間で、それぞれが思い描いていた『甘い極秘の約束』が、音を立てて粉々に砕け散った。
その時、重い足音がサンズとエドワードに近づいてきた。
「いいか、お前ら……二度と言わないぞ……」
マイクが制服のシャツの胸元を勢いよく引き裂き、野獣のようなドスを効かせた。
「アイミの初めてを奪うのは、この俺だ!」
「「そういう問題じゃねえだろ!!」」
三人は一秒も無駄にしなかった。まるで野生動物のように校門を駆け抜け、互いに小突いたり突き飛ばしたりしながら校舎に突入し、暗い廊下へと飛び込んだ。
重苦しい沈黙が、グループの間に突然降り下りた。
当然だが、夜の学校は完全に無人だ。死のように静まり返る中、薄暗い階段を駆け上がる彼らの足音だけが反響していた。
2階の踊り場に差し掛かった時、彼らは見覚えのある影を見つけてピタリと足を止めた。
サンズがスマホのライトで照らすと、そのシルエットの正体がはっきりと浮かび上がった。
栗色の髪、身長163センチ。片手に花束を握りしめ、もう片方の手には三人と全く同じ『手紙』を持っている男。
「や、やぁ……みんな、奇遇だね……」
彼は頬を真っ赤に染め、パニックになったように三人の視線から目を泳がせた。
グループの四人目の幼馴染、イツロウ・ブルトの登場である。
四人は無言のまま、お互いの顔と、それぞれの手にあるラブレターを交互に見比べた。
「よし、お前ら、一旦落ち着こう。これはどう考えても異常事態だ……。俺たちは全員、キンセイ・アイミからラブレターをもらった。ここまでは間違いないな?」
エドワードが腕を組み、深刻な顔で仲間たちを見回して言った。
「ああ、お前の言う通りだ。四人もの彼氏を独り占めしようだなんて……全く、彼女も欲張りな子だな」
サンズが顎に手を当ててウンウンと頷いた。
「「「そういう問題じゃねえだろ!!」」」
エドワードとイツロウの声が綺麗にハモり、額に青筋を浮かべた。
「つまり、俺たちは彼女に遊ばれてるって言いたいのか?」
イツロウが手元の花束を見つめながら言う。
「あんなに真面目な子が、なんで俺たちにこんな悪ふざけをしたのか理解できない……」
屋上へと続く薄暗い階段の重い沈黙を、新たな足音が打ち破った。
マイクだ……彼がゆっくりと暗闇の中から進み出た。
「そういうことなら、彼女に恥をかかせて、俺たちをコケにしたことを後悔させてやろうぜ」
マイクは、自分と仲間たちの名誉を挽回するかのように、厳粛なトーンで言い放った。
「彼女を縛り上げて、俺たちが舐め回すように見つめる中、『ご主人様』って呼ばせるんだ! きっと制服を着て来てるはずだぜ!」
「「「頭イカれてんのか!!」」」
三人の仲間が、マイクの後頭部に強烈なツッコミ(平手打ち)を見舞った。
秩序を取り戻した後、四人は屋上への階段をゆっくりと登り始めた。
最後の数段が、果てしなく遠く感じられる。
空気が重くなっていた。
タッ……タッ……タタタタッ!
イツロウが突然ペースを上げた。
ガシッ!
マイクの太い手が、イツロウの手首を力強く掴んで引き止める。
「おい……お前、急に羽でも生えた気分にでもなったか? お前がこのグループで一番勇気があった記憶なんてないんだがな……」
「な、何のことか全然分からないな」
マイクはイツロウを引っ張り続け、イツロウは必死にもがいて歩みを進めようとする。イツロウはマイクと目を合わせないよう、屋上のドアを食い入るように見つめていた。
「本当にそうか? だったら、俺たちの中で一番背が高い俺が先頭を歩いても文句ないよな? それとも、アイミちゃんの好感度を独り占めしたいのか? 俺たちを置いて、屋上のドアを内側から閉めるつもりだったんだろ?」
誰も答えなかった。
踊り場には、四人の荒い息遣いだけが響いていた。
「離せよ」
「嫌だね」
「離せって!」
「絶対嫌だね!」
突然、彼らは階段で激しく揉み合いを始めた。互いにどんぐりの背比べのようなくだらない小競り合いをしながら、野蛮人のように階段を駆け上がる。
エドワードも、サンズも負けじとそれに続いた。
そして、頂上での最後のもみ合いの末、屋上のドアが勢いよく開け放たれた!
「「「「うわぁぁぁぁっ!!」」」」
四人はもつれ合うように、顔から盛大にすっ転んだ。
彼らが落ちた先は……屋上?
いや、そこは高校の屋上などではなかった……。
雲ひとつない青空の下、心地よい太陽の光と柔らかな風が吹き抜ける、見渡す限りの緑の平原だった。
四人はゆっくりと顔を上げた。
イツロウが後ずさりしながら、元のドアの方へと向かう。
しかし、肝心の『ドア』がどこにも存在しなかった。彼は裏返った悲鳴を上げ、震える指で虚空を指差した。
「な、なあ、お前ら……ドアはどこに行ったんだよ……それに、なんで俺たち学校にいないんだ?」
イツロウがどもりながら言う。
彼の目は左右、地面、そして空を狂ったように見渡したが……何もなかった。
エドワード、サンズ、マイクは顎を落としたまま完全にフリーズしていた。
「俺たち、ファンタジー世界に転生しちゃったんだ! 魔王を倒すために壮大な冒険に出るんだよ!」
サンズが両頬に手を当てて歓喜の声を上げた。
「適当なこと言ってんじゃねえ——いや待て、今の状況だとそれが一番論理的だな……」とエドワードが考え込む。
「とにかく、今は固まってるのが一番の——」
エドワード、イツロウ、サンズの三人はゆっくりと首を回した。彼らの注意は、突然視界の端に映ったある『ディテール』に釘付けになった。
マイクはすでに、そこにもう一人、『五人目の人物』がいることに気づいていたのだ……。
それは他でもない、キンセイ・アイミだった。キャンディピンクの髪、夕暮れのように美しい赤い瞳、そしてその見事なプロポーション……制服姿の——
いや、違った。
彼女が着ていたのは、古代ギリシャのトーガを彷彿とさせるような、それでいて純ファンタジー風の軽やかな衣装だった。
マイクの目はすでに獲物を狙う鷹のように、彼女の頭からつま先までを嘗め回すように観察し、生地の隙間に視線をロックオンしてから、再びアイミの顔へと焦点を合わせた。




