原因
フィオラはカルロから手を離して座りなおしてティーカップを手に取った。カップの縁に口を付けハーブティーを飲みながらカルロの顔を見ると、彼は目を見開いたまま言葉を発せずにいる。
そんな彼が何だか可笑しくて彼女はつい冷笑を浮かべそうになってしまう。
彼は自分の身を案じて真剣に警告してくれているのだろう。もしかしたらカルロは自分が話を理解しきれず適当に返事をしていると思ったかもしれない。
けれど、違うのだ。理論ではなく、身をもって知っているのだ。この先に待つ地獄を。その果てにある末路を。
だから命を削る行為だと言われても、今さら驚いたりはしない。ただ、少し虚しいだけ。心の中で乾いた笑いが出そうになるだけだ。
ふとダリアスの方へ視線を向けると、いつもと変わらない感情のない顔。けれど、どこか言葉を失ったような複雑そうな表情をしている。いや、そんな顔をしていて欲しいと願う自分が見せる錯覚なのかもしれない。
この話を前の人生の貴方が聞いていたら、治癒魔法を酷使した自分を止めなかったことを少しは後悔してくれただろうか。最期の日、あんなに冷たく昏い目で自分を見なかっただろうか。
そんな思いが胸を過ぎる。
(きっと、私に関心なかっただろうから変わらないか)
フィオラは小さく自嘲する。出会って間もない十四歳のダリアスを見ながらそんなことを思う自分が情けなかった。ティーカップを置いて息を吐くと、彼女はカルロへと向き直った。
「それで?そんなに危険な状態なら魔力制御教えてくれるんでしょう?」
「はい。早急にお嬢様が覚えるべきことかと思います」
ただ、とカルロは前置きをして言葉を続ける。
「お嬢様はそもそもまだ魔力制御というレベルですらありません。もっと前の段階です」
「……どういうこと?私がそんなに下手くそって言いたいわけ?」
むっとして眉間に皺を寄せてフィオラが問うと、カルロは慌てて両手を振る。
「いや下手くそとかそういうことじゃなくて……。あーえっと、すみません言葉足らずで」
何と説明しようかと必死に考えながらカルロは言葉を紡ぐ。
「そもそも魔法とは自然界の魔力を体内に取り入れて使うのですが、お嬢様はその前提から違うのです。お嬢様はご自身の生命力そのものを魔力に変換しています」
「生命力……」
「例えば砂漠で水が欲しい時、通常はオアシスを探したり調査して水脈のありそうなところを掘りますよね?それをお嬢様の場合はご自身の腕を切って血液を水だと無理に言い張って人に飲ませているようなものです」
「……暴論ですね」
必要最低限しか喋らないダリアスが珍しく横から口を出す。
「そう、暴論なんです。ですがお嬢様がされていたことはそれくらい常識外れなんですよ」
「使い方が間違ってるから魔力制御という段階じゃないってこと?」
「あー……。まぁ、一番の大きな原因はそれですね。後は追々お話させていただくので、まずは実践していきましょう。魔力制御ではなく、魔力の使い方そのものから」
そう言ってカルロは立ち上がり窓際へ歩いていく。外から見える庭園のラベンダーの花穂が風にさらりと揺れている。それをしばらく眺めた後で彼は振り返った。
「窓を開けてもよろしいですか?」
「え?あ、いいけど」
窓を開けると風がカーテンを揺らし、ラベンダーのほのかな香りが部屋の中まで流れ込んでくる。
「この世界は魔力で満ちています。もちろん、この風の中にも。……先ほども申しましたが魔法とは本来、自然界にあるその力を借りて使います。体内に一度取り入れて必要な分だけ魔力へ変え、放出する。それが魔法です」
彼は風を感じるかのように大きく息を吸う。そしてゆっくり息を吐いた。そうして自身の右手をそっと差し出すと、手のひらの上で小さな光の粒子がぽつぽつと灯り始める。
「ですがお嬢様は違います。外からの力は借りず、ご自身の中だけで完結させようとします」
そこまで言うと、カルロの表情が憂いを帯びた。
「……赤ん坊が誰にも教えられずともハイハイをするようになるのと同じで、魔法の使い方は誰に教わらずとも正しく使えるようになるものなんです」
「……っでも私はできないじゃない!出来損ないって言いたいわけ!?」
赤ん坊にもできることが自分にはできない。そこまで自分は無能だったというのか。まざまざと指摘されて、フィオラは悔しさで涙を滲ませた。
「違います。そうじゃありません。お嬢様の魔力の使い方は環境による後天的なものだと、そう申し上げたいだけです」
「環境……?」
***
部屋に影が伸びる。フィオラはカルロが帰ってからも力無く椅子に座ったまま、ぼんやりと彼の話を思い返していた。
『治癒魔法を使い始めた当初は、間違いなくお嬢様もできていたはずなんです』
『ただ、それだけでは魔力が足りなくなるほど治癒魔法を酷使し始め、無意識にご自身の生命力を魔力に変換されるようになったのだと思います』
『今のお嬢様はそれが習慣化され、癖になっている状態なんです』
最初は正しく魔力を使えていたのに、酷使し過ぎて自分の魔法はおかしくなってしまった。
――治癒魔法を強要した家族のせいで。使用人たちのせいで。
そのせいで命を削ることになった。
――休ませることすらさせてくれなかった家族のせいで。使用人たちのせいで。
違う。それだけじゃない。
それを望んだのは自分だ。
騙されていたとしても。期待されることが嬉しくて。必要とされることが嬉しくて。
自分からしっぽを振って、その身を差し出し続けたのだから。
本当は期待なんてされてなかったのに。ただの使い捨ての駒だったのに。
「やっぱり私、馬鹿だなぁ……」
薄暗い部屋に掠れた声だけがぽつりと落ちた。




