第25話 俺の読みが、外れた
展示会を終えた翌日。
俺たちは西原鋼業の事務所で、初回ロットの生産会議を開いていた。
三葉物産からの面会申し入れについては、まだ目的も日程も決まっていない。
今は、こちらの事業を止める理由にはできなかった。
ホワイトボードへ、中堅探索者の人数、装備破損の報告件数、推定所得、百件の無償仮予約、展示会で受けた問い合わせ数を書き出す。
「中堅層向けの標準片手剣を、数十本規模で製造します」
俺が初回計画を示すと、芽衣が手を挙げた。
「仮予約では、まだ一円も受け取ってないよね」
「ああ」
「興味があるって登録した人と、本当にお金を払う人は違うよ。最初から数十本は多くない?」
以前にも、芽衣から同じ意味の指摘を受けていた。
買えることと、実際に買うことは違う。
それでも、俺は集めた数字を見直した。
「仮予約の全員が買うとは考えていない。購入率を低く見積もっても、展示会から増えた問い合わせを含めれば、初回分は消化できる」
装備破損への不満は切実だ。
中堅層には、高額な装備へ支払えるだけの収入もある。
第三者による公開試験の結果も出た。
無謀な賭けではない。
俺の計算では、十分に余裕を持たせた需要予測だった。
「支払いはどうするんじゃ」
西原が聞いた。
「素材費、加工費、検査費は、納品後の短期払いで各工場へ発注します。販売開始後の入金で支払える計画です」
「売れんかった時は?」
「そのリスクは、九条補給店が負います」
西原はしばらく俺を見た後、参加工場へ提示する工程表を手に取った。
「検査を落として本数だけ揃えるのは認めんぞ」
「もちろんです」
*
規格協議に参加した工場のうち、数社が限定的な初回製造に合意した。
正式な製造連合でも、安定量産の完成でもない。
素材の一次処理、鍛造、削り出し、熱処理、検査を、各社が個別の契約で引き受ける試験的な分業だ。
各工程で受入検査を行い、完成品にはロット番号を刻む。
硬度や寸法など、製品を傷めず確認できる検査は全数に実施する。
赤線の発生と限界時の挙動は、同じロットから抜き取った試験体へ破壊試験を行って確認した。
品質項目を満たさないものは、一本として販売分へ回さなかった。
三週間後。
検査を通過した数十本の片手剣が、九条補給店の在庫として納品された。
俺は価格、納期、使用中止条件、赤線発生品の返却手順を公開し、百件の仮予約者へ購入案内を送った。
『本品は、協会審査中の試験販売モデルです』
『赤線は安全を保証するものではありません。確認後は直ちに使用を中止してください』
説明を目立つ位置に置き、決済ページを開く。
閲覧数はすぐに伸びた。
重量、対応階層、支払い方法についての問い合わせも入った。
だが、購入確定の通知は鳴らなかった。
一日目は、数件。
二日目も、ほとんど増えない。
百件の仮予約の大半が、購入画面を見たところで止まっていた。
「……なぜだ」
価格が高すぎるのか。
重量か、形状か、納期か。
アクセス解析と問い合わせ内容を分類しても、決定的な離脱理由が見えない。
値下げをする前に、原因を特定する必要がある。
俺は連絡への同意を得ていた仮予約者へ、聞き取りを始めた。
『安全機能には興味があります。でも、仲間の命を無名の新製品へ預けるのは怖いんです』
『公開試験も、白銀の陽炎の実戦も一回でしょう。俺たちの階層と戦い方で、同じように使えるか分からない』
『自分一人なら試せます。でも、パーティーリーダーとして全員を巻き込む決断はできません。他の中堅パーティーの継続使用例を待ちたいです』
『既存品が突然折れるのは怖いですよ。だから早めに交換して、予備を何本も持ち込む運用に慣れてるんです。未知の壊れ方をする新品へ、いきなり全部替える方が怖い』
価格への不満もあった。
だが、何人へ聞いても、最後に出てくる言葉は同じだった。
怖い。
「九条さん」
電話を置いた俺へ、芽衣が静かに言った。
「数字の上では買えるし、必要としてる。でも、命がかかってるからこそ、最初の一人になるのが怖いんだよ」
責める口調ではなかった。
探索者から聞いた言葉を、俺に分かる形へ訳しているだけだった。
「九条さんは、困っている人数は数えた。でも、その人たちが何を怖がってるかは、先に聞かなかった」
第九話で、芽衣に問われていた。
買えることと、実際に買うことは違うのではないか。
俺は、機能と安全性を示せば買うと答え、その疑問を切り捨てた。
SNSの『欲しい』。
無償の仮予約。
支払い能力。
それらを、購入意思と同じ需要へ換算していた。
人間の恐怖という変数を、俺は計算から落としていた。
俺の読みが、外れた。
「作ったものが悪いわけじゃない」
西原が、積まれた製品箱を見ながら言った。
「少なくとも、決めた検査項目は通っとる。じゃが、実戦での信頼は検査表だけじゃ作れん」
西原は俺へ向き直った。
「売れんでも、材料代と職人の賃金は要る。工場は、期待じゃ回らんぞ」
俺は支払い予定表を開いた。
素材の調達費。
各工場の加工費と検査費。
確定した入金額では、到底足りない。
在庫には価値がある。
だが、支払日に必要なのは、売れるはずという予測ではなく現金だ。
このまま販売数が動かなければ、支払い不足が確定する。
原因は分かった。
それでも、七日以内に探索者の恐怖を信頼へ変える方法は、まだ見つかっていない。
各工場への支払い期限まで、あと七日だった。




