第12話 S級でも、装備がなければ死ぬ
ダンジョン協会の特別救護室は、消毒液の匂いと重い沈黙に満たされていた。
陽菜の仲間たちは、治療用ベッドに横たわっている。
骨折や魔力消耗はあるものの、致命傷を負った者はいない。その報告を受けて、陽菜はようやく小さく息を吐いた。
彼女自身も軽装鎧を外し、パイプ椅子に座っていた。
目立った外傷はない。
だが、右手にはまだ痺れが残っているらしく、時折、指を確かめるように開閉していた。
俺は部屋の隅で、協会の事故調査担当が来るのを待っていた。
陽菜へ渡した刀剣型試作品は、実戦で大きな負荷を受けた。
製造側として、回収と状態確認に立ち会う必要がある。
救護室の扉が開いた。
入ってきたのは、医療担当者と装備解析の技術者だった。
「桐生さん。戦闘時の装備ログと、救護記録の解析が終わりました」
技術者が、俺へ視線を向ける。
「個人の魔力反応を含む記録です。試作品の提供者にも共有してよろしいですか?」
陽菜は迷わず頷いた。
「見せてください。この人にも」
タブレットが、陽菜と俺の間へ置かれた。
画面には、戦闘中の魔力出力と、陽菜の身体へ戻った反応が重ねて表示されている。
「ここが、既存の特注剣に亀裂が入った時点です」
技術者が、急激に上昇する曲線を指した。
「剣へ流した魔力の一部が行き場を失い、使用者側へ戻り始めています」
「魔力の逆流ですか」
「それに近い現象です。ただし、通常の術式失敗とは規模が違う」
医療担当者が、画面に赤い警告帯を表示した。
「今回は短時間で剣を持ち替えたため、右手の痺れと軽い魔力回路の炎症で済みました」
上昇する曲線の先が、赤い帯へ差しかかっている。
「ですが、同じ出力をあと数秒続けていれば、この範囲へ入っていたと推定されます」
「この範囲は?」
陽菜が尋ねた。
医療担当者は、一度言葉を選んでから答えた。
「致死域です。回復できない損傷が起きていた可能性が極めて高い」
ベッドに横たわる仲間たちが息を呑んだ。
陽菜だけは、表情を変えなかった。
だが、膝の上に置いた右手が、わずかに強く握られた。
「魔物に負けたわけではないのに……」
仲間の一人が、掠れた声を漏らす。
「あの剣が壊れただけで、桐生が死ぬところだったのか」
「桐生さんの場合、武器は攻撃するための刃であると同時に、莫大な魔力を身体の外へ流す部材にもなっています」
技術者が説明を続ける。
「機械に例えるなら、排熱板に近い。装備が負荷を受け止められなくなると、行き場を失った力が使用者へ戻る」
陽菜が強すぎるから、装備が壊れる。
装備が壊れるから、その強さが陽菜自身を傷つける。
これまで見てきた破損記録が、一本の線につながった。
S級だから、装備がなくても戦えるのではない。
S級であっても、力を受け止める装備がなければ死ぬ。
「次に、試作品へ持ち替えた後の記録です」
画面上の曲線が切り替わる。
陽菜が対魔鋼へ魔力を流した直後、身体側へ戻る反応が下がっていた。
完全に消えたわけではない。
それでも、既存の剣が限界を迎えた時とは、明らかに挙動が違う。
「刀身が負荷を受け止めている間、逆流は危険域の手前に抑えられています。そして、この時点で赤い線が現れた」
技術者が、回収された試作品をテーブルへ置いた。
刀身には黒い変色とわずかな歪みが残り、柄に近い部分を赤い線が横切っている。
「赤い線そのものが、魔力を逃がしたわけではありません」
技術者は慎重に言葉を続けた。
「ただ、刀身内部へ危険な負荷が蓄積した時、それが目に見える変化として現れた可能性が高い。少なくとも今回は、重大な破断より先に警告が出ています」
「再現できますか?」
「まだ分かりません。一度の実戦結果だけでは判断できない」
技術者はそう答えてから、俺を見た。
「これを、桐生さんのために設計したんですか?」
「いいえ」
俺は即座に否定した。
「桐生さんの出力を知ったのは、今日が初めてです。突然破断する前に、使用者が限界を確認できる素材を目指しただけです」
「それだけ、って……」
技術者が絶句する。
工場内の試験で一度だけ現れた現象が、実戦でも起きた。
偶然ではない可能性が生まれたのは大きい。
だが、喜ぶには早すぎる。
同じ配合で同じ赤線が出る保証はなく、陽菜ほどの出力を受けた試作品はこれ一本だけだ。
「同じ剣を、すぐ用意できますか?」
協会の担当者が尋ねた。
「現時点では約束できません」
俺は正直に答えた。
「回収品を西原鋼業へ持ち帰り、変形と内部状態を確認します。警告が出る条件も、同じ品質で作れるかも未検証です」
人の命を救った。
結果だけを見れば、成功と言えるのかもしれない。
だが、必要とされた時に次の一本を渡せなければ、供給とは呼べない。
試作品が命綱になった瞬間から、作れないこともまた危険になる。
「九条さん」
陽菜が立ち上がった。
俺へ向き直り、深く頭を下げる。
「あなたの剣が、戦う時間をくれました。ありがとうございます」
「まだ、安全な製品ではありません」
「分かっています」
陽菜は顔を上げた。
「それでも、あの剣は折れる前に教えてくれました」
普段は感情の薄い瞳に、確かな意思が宿っている。
「検証が終わったら、教えてください」
「約束できる段階になれば、必ず」
俺はそれだけ答えた。
*
その日の夜。
協会は、救難事案について短い発表を行った。
公表されたのは、装備破損によって戦線維持が困難になったことと、救難班の到着後に全員が生還したことだけだった。
同時に、安全啓発用として、戦闘映像の一部が公開された。
《Cross》
白銀観測班 @silver_watch · 3分
最後に陽炎が使ってた剣、いつものメーカー品じゃなくない?
刀身に赤い線が出てる。
装備解析勢 @gear_check · 2分
赤線が出た後も折れてないように見える。
警告表示みたいだけど、映像だけじゃ仕組みまでは分からん。
懐疑派探索者 @doubt_dive · 1分
未公開の新型か?
たまたま変色しただけじゃないの。
施設目撃民 @gate_watch · 30秒
救難班と一緒に剣を持ってきた男、九条って呼ばれてた。
「九条補給店」とかいうところらしいけど、検索しても何も出ない。
誰かが便宜上つけたにすぎない、実体のない店名。
その夜初めて、「九条補給店」という言葉が、俺の知らない場所で歩き始めた。




