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絶望と希望と

 目を開けた時、「彼」は小さな空間で明滅する計器類に囲まれ、座席に腰掛けていた。

 身体に接続された様々な魔導具を介し、居ながらにして遠く離れた場所の出来事を知り、また「仲間」たちと通信する――集めた情報を元に、人間たちの生活を守るのが「彼」の役目であり存在意義だった。


「おはよう、クストス。何か変わったことはあったかね」


 聞き覚えのある、だが自分は初めて聞く男の声――ロデリックは、これが、先刻「捕食」したばかりであるネカトルの記憶と気づいた。

 「クストス」とは、ネカトルにとって本来の名前なのだろう。


「昨夜も事故や病気による救援要請が数件ありましたが、いずれも迅速な処置が行われ、死亡者は無しです。また外部の気温上昇に伴い、都市内の空気調整に若干の変更を行いました」

「うむ、君たちのお陰で事故などの救命率も格段に上昇しているな。ところで……」


 てきぱきと報告する「クストス」に、男が何かの情報を入力した。


「いま開発中の人工生命に関する資料だ。君の目から見て、どうかね」

「――分析完了。『生存』と『捕食』の『本能』しか持たない下等な粘液生物ですね。我々のような複雑な生命体ですら作成可能なのに、あえて、このような生物を作る目的が不明です」

「辛辣だねぇ。まぁ君らしいけど」


 「クストス」の回答に、男は苦笑いしたようだった。


「たしかに、こいつは初期状態では単純な行動原理しか持たないかもしれない。だが、『捕食』した他の生物の遺伝情報や記憶を取り込むことで、自らの能力を変えていく仕様だ。理論上は、無限に進化が可能という訳さ」

「無限の進化――情報が不足しており、予測が不可能です」

「ああ、それでいいんだ。そのほうが面白いだろう?」

「博士の言動は、時折、理解不能です」


 男の言葉を聞いた「クストス」の思考に、僅かな混乱が生じるのを、ロデリックは感じた。

 その時、通信用魔導具から非常時を表す警告音が発せられた。


「■■国より都市攻撃型魔導砲が発射されました。現在、我が国の上空全域に空間歪曲型防御壁ディストーション・フィールドを展開中」

「何てことだ、あそことは魔結晶絡みのイザコザが起きていたが、よもや実力行使とは」

「我が国の政府は、報復行動に入りました。■■国へ都市攻撃型爆弾が転送されました」

「馬鹿な! あの兵器は君たちが厳重に管理している筈では?」

「手動で『鍵』を外したそうです。私の『仲間』も警告した模様ですが、正しい手続きで『開錠』されては抵抗できません」

「これは……取り返しのつかないことになる……!」


 男の絶望的な声と共に、世界が暗転した。

 次に目を開けた時「クストス」が見たのは、守るべき人間の存在しない、廃墟と化した都市だった。


「どうすれば、人間たちを守れたのか。人間は時に『感情』の影響で判断を誤る――正しい判断の可能な私が『完璧な管理』を行うべきだったのでは」


 自問していた「クストス」だったが、果たすべき役割を失ったことから、彼は廃墟と化した都市で、休眠状態に入った――


――これが、ネカトルの見てきたものか。だが、奴の行動も「絶望」という感情から生まれたものではないのか。


 ロデリックは、ほんの僅かだが、ネカトルに憐憫の情を覚えた。


――そういえば、ネカトルの記憶や感情を感じることはできるが、「自分」とは別のものとして認識できている……これは、俺にも「自分」というものがあると言えるのだろうか……



「――お父さん!」


 アンネリーゼの声で、ロデリックは思考の世界から抜け出した。

 体感では、かなり長い時間にも感じられたが、実際はネカトルとの戦いが終わって数分程度のようだ。

 ネカトルの消滅により拘束が解け、人間たちは動けるようになったらしい。

 ロデリックは、粘液状の身体から人型に戻ろうとしたものの、全身が「竜」の姿でネカトルと戦った時のような「疲労感」に包まれ、思うように動けなかった。

 更に、五感のうち満足に機能しているのは体表面の触感と、空気の振動を音として捉える聴覚そして嗅覚のみだ。


「お父さん、大丈夫? お願いだから何か言って……」


 泣きそうな声で言ったアンネリーゼの手が、ロデリックの身体に触れた。

 娘の優しい温もりと慣れ親しんだ匂いを感じ、彼の精神が鎮まっていく。

 

――大丈夫だ。俺は生きている。ただ、消耗しすぎたらしく、人の姿をとれそうにない……


 ロデリックは、思念でアンネリーゼに語りかけた。


――「捕食」した相手の能力が役に立つとは、皮肉だな。


「うん、全部、見てたよ。私たちを守る為に、お父さんは何度も傷ついて……助けられなくて……ごめんね……」


 アンネリーゼの声と共に、熱い水滴が落ちてくるのを、ロデリックは感じた。


――あの時は俺しか動ける者がいなかったからな。お前が無事なら、それで十分だ。


 とめどなく落ちる娘の涙が、彼の身体を濡らしていく。


――すまん……意識を保っていられそうにない……これが、人間が言うところの「眠い」というやつなのかな……


「そうだね。お父さん、疲れたよね。私は大丈夫だから、ゆっくり休んで」


 アンネリーゼが、ロデリックの身体を優しく撫でながら言った。


「ロデリック先生……」


 シャルルがアンネリーゼに寄り添う気配がした。


――シャルル……アンネリーゼを頼む……しっかりしているように見えても、この子は甘えん坊で寂しがり屋だ……ずっと、傍にいてやってくれ……


「はい……! 僕が、アンネリーゼを守ります……!」


 しゃくりあげるのを(こら)えながら、シャルルが答えた。


――フィリップも、いるか……? これからも、アンネリーゼに知恵を貸してやってくれ……

 

「お任せください。これからも、我々はステラ姫……アンネリーゼくんを支えます」


 涙声で言うフィリップの声に、ロデリックは安堵した。


「ロデリック様……!」

「ロデリック殿……」

「何ということだ……!」


 泣き崩れている様子のソフィアやイーヴァリ、ホルストの気配、そして、いつの間にか周囲に集まった人々の気配――それは悲しくも温かなものだった。


――人間でもない俺の為に泣く人がいるのか……これは、もしかしたら幸せなことなのかもしれないな……


 やがて、ロデリックの意識は、心地よささえ感じさせる闇の中へと沈んだ。

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