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それは自分だけのものだ

「間引き……だと?」


 腕の中のアンネリーゼを支えながら、ロデリックはネカトルの顔を見つめた。

 この状況において最善の行動は何なのか……ここで「竜」の力を使えば、アンネリーゼも巻き込んでしまう――ロデリックが躊躇(ためら)った一瞬、ネカトルが天を指差すように右手を高く上げた。

 

「あ……」


 ロデリックの腕の中で、アンネリーゼが小さく呻いた。


「どうした?!」


 彼は、支えていた娘の身体が石のように強張っているのを感じた。呼吸も心臓の鼓動も正常ではあるが、アンネリーゼの目に光はなく、何の感情も読み取れない。

 ひどい違和感を覚えたロデリックは、周囲を見回した。

 気づけば、逃げ出そうとしていた筈の民衆も動きを止めており、広場に満ちていた悲鳴や怒号も消えている。

 解放軍幹部たちも同じく、生気のない顔で、ただその場に立ち尽くしているばかりだ。

 オディウムの取り巻きたちは地面に這いつくばったまま、固まっている。


「貴様、何をした?!」


 ロデリックが再び目を向けると、ネカトルは、やや驚いた様子で目を丸くした。


「人間たちの脳と神経に特殊な刺激を送り、彼らの思考を停止させているだけですよ。生命には何ら問題はありません。本来は制限(リミッター)がかかっていた能力ですが、やっと自力で解除したのです。ちなみに、効果範囲は、今のところ、この大陸全土というところでしょうか」


「何だと……?」


 ネカトルの言葉を飲み込むのに、ロデリックは少しの時間を要した。にわかには信じられない話ではあったものの、周囲の状況を見ると、それは事実であるように思えた。


「ああ……君には、脳も神経も存在しないんでしたね。道理で、私の力が効果を及ぼさない訳です」


 思い出したように言って、ネカトルは肩を竦めた。


「貴様は……俺の何を知っている」


 そう言いながら、ロデリックは目の前のネカトルに、「懐かしさ」に似た感覚を覚えていた。

 

「もしかして、貴様も『古代魔法文明時代』の存在なのか?」

「ええ、分かってしまうものですね。君の言うとおり、私も『古代魔法文明時代』、人間の手によって生み出された人工生命です。遺跡の奥で休眠状態だったところを、調査に来たオディウムによって再起動させられたのですよ」


 ネカトルは、あくまで穏やかに言った。


「かつての私の役目は、高い演算能力と膨大な記憶容量、そして『魔素』を取り込み魔法と同じ効果を現わす力……それらを利用し、人間たちが安全かつ快適に生活できるよう、環境を管理することでした。しかし、ある時、人間たちは私と仲間たちの警告を無視して、大規模な戦争を始めました」


 これまで想像することもできなかった、自分を作り出した者たちの話――いつしか、ロデリックはネカトルの言葉に聞き入っていた。

 

「当時の魔法文明は、残り(かす)の如き現在のものとは比較になりませんでした。夜空に輝く星さえ掴めると言われた力を、人間たちは互いに向け合い……その結果、高度魔法文明の繁栄は終焉を迎えたのです。私は破壊を免れましたが、自分の管轄内に守るべき人間は残っていなかった為、休眠状態に入りました」


 笑みを絶やすことなく語るネカトルに、ロデリックは、ひどい不快感を覚えた。


「なぜ、オディウムのような男に肩入れしたんだ? 貴様が奴に手を貸さなければ、帝国も、周辺国も、ここまで荒れることはなかった筈だ」


「肩入れ? 情報収集の一環ですよ。私自身が取るべき選択肢を決定する為のね。ところで、君は、何をそんなに怒っているのです? 君のその感情は、本当に君自身のものと言えるのでしょうか?」


 突然の問いかけに、ロデリックの思考が停止した。


「私の中に残された情報によれば、君は元々、『捕食』するしか能のない粘液生物でしょう。その姿はおろか思考も感情も、『捕食』した人間を模倣しているだけに過ぎない。全てが『まがいもの』ということです」


 ネカトルの言葉は、ロデリックの心の隅から消えることのなかった「不安」を抉った。


「私は、君とは違います。人間に限りなく近い構造の肉体に高度な知性と能力を持ち、『自らの意思』で行動を選択することができるのです。そう、完璧な私こそが、愚かで不完全な人間を管理するべきなのですよ」


「管理だと?」


「そうです。思考を制御し、有害な個体は間引きし、優秀な個体を優先的に育成し完璧に管理することで、人間を『保護』するのです。私には『寿命』の概念がありませんから、永遠に安泰という訳ですよ」


「そこまで完璧な貴様が、なぜ『人間』に(こだわ)るんだ? 貴様こそ、『自らの意思』で行動を選択しているとは思えんな。人間の生活を管理するという『役割』を、ただ歪めているだけに見えるぞ」


 ロデリックが言うと、それまで機嫌よく話していたネカトルは、片方の眉を、ぴくりと上げた。


「『まがいもの』の下等生物の分際で……まぁ、その言葉も『捕食』した人間を真似ているのでしょうし、許して差し上げますよ」


 言いながら、ネカトルは美しい口元を歪めた。

 その時、ロデリックの腕の中にいるアンネリーゼが、唇を震わせ、小さく声を漏らした。


「……さんは……お父さんは……『まがいもの』……なんかじゃ……ない!」


「ほう、私の『力』を受けて口を利けるとは、大した抵抗力ですね。なかなか優秀な個体、というところでしょう」


 僅かに驚きの表情を浮かべ、ネカトルが言った。


「……自分の意思を奪われ……何も考えられなくなる……そんなの、死んでいるのと同じ……私は……あなたを許さ……ない」


 ネカトルの力に抵抗しつつ、苦しげに語るアンネリーゼの姿を目にして、ロデリックは心が揺らいだ。


――模倣でも何でも、俺が感じているものは俺だけのもの……全ての選択を他者に奪われてしまうなら、それはアンネリーゼの言うように「死」と同義だ……!


「『保護』とか……『管理』とか……余計なお世話……だ!」


 シャルルも、石像のごとく佇んだまま、苦しげに口を開いた。


「人間の『意思』とやらに任せておいた結果が、これですよ。数千年を経ても尚、あなた方は学習しないままではありませんか。適切な管理を受けて生き続けるほうが、死ぬよりも良いでしょう?」


 嘲笑混じりのため息をついて、ネカトルが言った。


――このままでは、人間たちがネカトルの「保護」とやらの(もと)に置かれてしまうというのか……思考を停止させられ、作物のように間引かれ管理される……アンネリーゼを、そんな目に遭わせてたまるか……!


 ロデリックは、変身を解いて粘液生物の形態に戻り、地面に伏せた。

 彼の姿が突然視界から消え、ネカトルは、ほんの刹那だが混乱したようだった。

 粘液形態になったロデリックが、その隙を突いてネカトルの足元に忍び寄る。

 次の瞬間、ロデリックは黒光りする粘液状の身体で素早く伸び上がり、ネカトルの顔面に張りついた。

 更に、もがくネカトルの全身を、ロデリックは粘液状の身体で包み込んだ。


「やめろ! こんなことをして、ただで済むと思っているのか!」


 口と鼻を塞がれ、喋れなくなったネカトルの思念が、ロデリックの身体に捻じ込まれる。


「人間に限りなく近いと言っていたが、やはり呼吸できないと辛いようだな」


 ロデリックが思念で答えると同時に、ネカトルの手から光が放たれる。

 凄まじい熱と光によって、ロデリックの身体の半分近くが弾けて散った。

 それにも怯まず、ロデリックは欠損した部分を高速で再生し、再びネカトルを粘液の身体で拘束する。


「私は無詠唱で魔法を使える……呼吸できなくとも、貴様を殺せるぞ!」

「そうか。だが、俺の『捕食』と、どちらが速いかな」


 ネカトルの魔法で幾度となく体内から破壊されようと、ロデリックは自身の身体を瞬時に再生しながら対抗した。

 やがて、ネカトルの肉体は大部分がロデリックの体内で消化吸収され、その抵抗が徐々に弱まっていう。


「馬鹿な……この私が……!」


 ついにネカトルの思念が途絶え、ロデリックは彼の肉体を完全に吸収した。

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