上がる士気と暗い予感と
「ステラ姫」の呼びかけにより、ラウハ、ヴァッレ、ルーエの三国からも、彼女を支持する帝国兵と、それぞれの国からの義勇兵が続々とオーロールへ集結していた。
自治都市コティは表向き中立を謳いながらも、そこを拠点とする多くの商人たちが個々に金銭や物資の援助も行っている。
また、リベルタ自治都市同盟を始めとする各国からの援軍や物資の援助もあり、「ステラ姫」を旗印とする「解放軍」の勢力は日を追うごとに増大しつつあった。
そのような中で、ロデリックは、素人同然である義勇兵たちの訓練に追われる日々を過ごしている。
集めた兵たちに戦い方を教えているロデリックのもとへ、アンネリーゼがヴァッレの女王ソフィアと共に訪れた。
「兵たちの士気も高いようですね」
ロデリックに出された課題を必死にこなしている義勇兵たちを見回し、ソフィアが言った。
「ええ、逆に、本国にいる帝国兵たちの士気は低く、脱走も相次いでいるという話ですからね。数では劣勢に見えても、実際にはどうなるか分かりません」
ソフィアの言葉に、ロデリックは頷いた。
「でも、これまでみたいに、実際に戦わなくて済めばいいね」
アンネリーゼがロデリックを見上げた。
「帝国から来た、反体制組織の者も言っていたが、オディウムが『ステラ姫』は偽物だと宣伝しても、効果がないらしい。上手くいけば、オーロールの時のように無血開城できるかもしれないな」
そう言って、ロデリックはアンネリーゼの背中に手を当てた。
「現在、我がヴァッレからの魔結晶、ラウハからの農産物、ルーエの魔導具そしてオーロールの工芸品の帝国への輸送も停止していますから、それも帝国内の混乱を呼んでいるようですね。我々四か国は、ステラ様が即位すれば交易を再開すると条件を出しています」
「魔結晶は、魔導具には欠かせない素材だし、帝国のような魔法技術の利用率が高いところでは、喉から手が出るくらい欲しい資源でしょうからね」
ロデリックが言うと、ソフィアは頷いた。
魔結晶とは魔導具に欠かせない素材の一つだが、採取できる場所は限られており、産出国は豊かになることが約束されると言われるものの一つだ。
「大昔のヴァッレは、山岳地帯に囲まれた辺境の国に過ぎませんでしたが、魔結晶の鉱山が発見されてからは、大国とも対等にやり取りできるようになったのです」
「これまで、帝国は四か国から物資を奪っていたも同然なんですよね。交易が適正に行われれば、これまで併合されていた国の人たちも、安定した生活を送れるようになりますね」
「ええ、ルーエは資源が少ない分、魔導具に欠かせない部品の生産に力を入れていますし、ラウハの農業も周辺国の支えになります。オーロールの工芸品も帝国に独占されることがなくなれば、国は、もっと豊かになるでしょう」
淀みなく語るソフィアに、アンネリーゼは感心しきりな様子を見せている。
「ソフィア様は女王様だけあって、色々なことを御存知なのですね」
「ステラ様も、大変よく勉強されてらっしゃるではありませんか。あなたくらいの年齢の頃は、私など女王とは名ばかりで、実際は側近たちに頼り切りでしたもの」
姉妹のように仲良く話し合うアンネリーゼとソフィアを見ていたロデリックは、無意識に微笑んでいた。
――周りは男ばかりだが、ソフィア殿は女性だからアンネリーゼも話しやすいのだろう。
「どうなさいました?」
不意にソフィアから声をかけられ、ロデリックは、はっとした。
「いや、ソフィア殿と娘が仲良く話しているのを見ていたら、姉妹のようだと思ったもので」
「まぁ、そんなふうに仰っていただけるなんて。ステラ様は、もちろん生来の気質もあると思いますが、とても素直で賢くて、ロデリック様の教育が良かったのだと感じさせられます。お話していて、とても楽しいですよ」
思わぬ相手に思わぬ方向から褒められたロデリックは、頭を掻きつつ曖昧に笑った。
「お、恐れ入ります……いや、ただ必死に育ててきただけで、特別なことは何もしていませんが」
「父は、私が何をしても褒めてくれるし、何があっても私の味方でいてくれます。だから、父が傍にいてくれれば、私は何も怖くないんです」
「そうなのですね。ロデリック様が当たり前と思われていることでも、きっと当たり前ではないのですよ」
アンネリーゼの言葉に優しく微笑むと、ソフィアは用があると言って侍従と共に去っていった。
「ソフィア様、お父さんのこと気に入ってるみたい」
「ふぅん?」
ロデリックは、アンネリーゼに囁きかけられ、首を傾げた。
「だって、お父さんは何が好きとか、色々聞かれたよ。お父さんは格好いいし優しいから、女の人は、みんな好きになるよね」
「いや、まさか。他の者の前で、あまり、そういう話をしないほうがいいぞ」
ロデリックが窘めると、アンネリーゼは小さく舌を出してみせた。
――ソフィア殿は人間の基準で言えば美しい女性だし、賢く優しい人だ。俺が「人間」の男であれば嬉しいと感じるのかもしれないが……こればかりは、どうにもならんな。
幼い頃を思い出させるアンネリーゼの表情に微笑みながら、ロデリックは思った。
ややもして、もはや定例となっている会議の時間が来たということで、ロデリックはアンネリーゼと共に会議室へ向かった。
いまや会議の出席者も、四か国連合の王族のみならず、支援国から派遣された援軍や傭兵団の代表、更には帝国内の反体制組織の使者など多岐に亘っている。
「こちらは戦力が整いつつあり、兵の練度も上がってきています」
「対して、帝国内では現皇帝オディウムに対する国民の不満が抑えきれなくなり、小規模ですが暴動も頻発しています」
「この機に乗じて、ステラ姫様に帝都へおいでいただくのは……」
やや楽観的な空気が漂い始めたところへ、オーロールの王子エティエンヌことフィリップが口を挟んだ。
「オディウムの側近であるネカトルの存在を忘れてはならないと思います。我が国は、彼奴の為に力を削がれ奪われたのです」
当時を思い出したのか、フィリップは唇を噛んだ。
「それなのですが……」
フィリップの言葉に、帝国の反体制組織からの使者だという男が答えた。
「ここ最近になって、オディウムの周囲にネカトルの姿が見当たらないのです。オディウム自身もネカトルの行方は知らないらしく、部下たちに探させているそうですが、未だ見つかっていないとのことで」
「それで、君たち反体制組織も大っぴらに活動できているという訳か」
ルーエの王子ホルストが言うと、反体制組織の男は頷いた。
「オディウムは、子飼いの弟子と言われていた男にも見限られたと考えられるんじゃないかな」
ラウハの王子イーヴァリの言葉に、場の空気が再び明るくなる。
「なるほど、最大の脅威と思われたネカトルがいない今は、好機ということですね」
フィリップも、普段と同じ穏やかな表情を取り戻した。
――いよいよ、解放軍も帝国へ向かう時が来るのか。
人間たちの会議を眺めていたロデリックは、ふと隣に座っているアンネリーゼに目をやった。
少し不安げな顔を見せていたアンネリーゼだが、ロデリックの視線に気づくと、心配ないとでも言うように、微笑んでみせた。
――そうだ、俺は他の何を犠牲にしてでも、この子を守るのだ。
ロデリックが思った、その時。
「失礼します!」
一人の兵士が、会議室に飛び込んできた。
「何だね、会議中だぞ」
「緊急事態ゆえ、ご容赦を。ミラージュ外周城壁からの報告です! 帝国方面の街道から、魔術師と見られる黒衣の男が徒歩にて接近中、魔導兵たちによれば、男の周囲には尋常でない量の魔素が渦巻いているそうです!」
兵士の報告に、会議室が騒めきで満たされた。




