第61話 勇者部隊の作戦参謀
「マーク、カスタード入りの温泉饅頭は見つかったの?」
魔人の少年が、親しげにマクシムスに話しかける。
それに対してマクシムスは得意げな顔を見せ、小脇に抱えた紙袋から、手のひらサイズの饅頭を取り出した。
「流石は王国一の温泉街……アンコが苦手な人の需要も満たしてくれる。しかも、アスパーナの地鶏の赤い卵を使っているから、カスタードが真っ赤なのだ」
マクシムスは半分に割った温泉饅頭の中身を見せる。
とろ~りとしたカスタードは確かに真っ赤で、まるでマグマが流れ出ているようだった。
「へぇ、まるで溶岩みたいだ」
「その通り。溶岩饅頭という名前で売っていた。味はまあ普通のカスタードだ。激辛ではないし、意外とクセもなくて美味い。無意識に何個も食べてしまいそうだ」
「食べたらいいんじゃない? 僕はそこまで食べないし」
勇者の右腕と魔人の少年、どうやら二人は親しい関係のようだ……と誰もが思った。
少年を取り囲んでいた男たちからすれば、二人が交わす他愛のない会話は、自分たち無視されているようで気に入らなかった。
「おいっ! お前、この魔人の連れか!? お前は人間か!?」
「いかにも。私はこの子の旅仲間で人間だ」
怒鳴るような男たちの問いにも、マクシムスはまるで動じる様子はない。
「それで、この子が何か君たちに粗相をしたのか?」
「魔人であるというだけで十分だ! 俺たちは何人もの仲間を魔神に殺された!」
男たちの怒りの声の中に、悲しみの色が混じる。
野次馬たちも何人かがそっと顔を伏せた。
この言葉に共感できる人間は……それなりに多い。
「なるほど。君たちの気持ちもわかる」
「そんな簡単にわかった風の口を……!」
「わかるさ。私は最前線にいたからね」
マクシムスの穏やかな目が、鋭い視線で男たちを見据える。
あくまでも声を荒げないマクシムスの方が、男たちを圧倒していた。
「とはいえ、戦争は終わった。私は和平交渉をやったし、和平合意の調印式にも出たから間違いない。個人の気持ちはそう簡単に割り切れないとは思うが、今は魔人国とも友好的な関係にある。彼はその国からルールを守って観光に来てるんだ。どうか苛立つ気持ちを、抑えてはくれないか?」
男たちは相当熱くなっていたのだろう。
今この時になって、目の前の男がマクシムス・ワイズマンだと認識した。
英雄に戦争について説教するほど、彼らは愚かではない。
和平が成立し戦争が終わったのは事実。
だが、悲しいことに魔人への怒りもまた事実であり、現実だった。
それを察しているマクシムスは、微笑みながらも鋭い言葉を放つ。
「この子を殺して、ここから新しい戦争を始めたいわけじゃ……ないんだろ?」
男たちはうろたえる。
怒りはあれど、あの悲しみを繰り返す覚悟などない。
「君たちは温泉に入って酒を飲んで、いい気分でいたところで魔人を見かけて、ちょっとイラっときただけだ。宿に帰って風でも浴びていれば、きっと冷静になれる。まあ、ここは私に免じて矛を収めてくれないか? 別に後から罪に問おうとも思ってない。なあ、フゥタンよ?」
フゥタン――そう呼びかけられた銀髪の魔神の少年は、こくりとうなずく。
「別に胸倉掴まれて、少し揺さぶられただけだし」
そう言って、彼は通りに面した居酒屋のメニューを眺める。
男たちはこの居酒屋で飲んでいて、ちょうど店の前でフゥタンがマクシムスの帰りを待つことにしたのが、このいざこざの発端だった。
フゥタンはマクシムス以上に動じていない。
まるで他人事のように男たちから視線を逸らし、店の前で騒ぎを起こされたかわいそうな居酒屋のメニューを興味深そうに見ている。
「わかった……。俺たちが、悪かった。すまない」
男たちは小さな声だが、口々に謝罪の言葉を述べ、その場を去っていった。
割り切れない気持ちを抱えながらも、最後には冷静さを取り戻し、フゥタンに謝ることができた。
当のフゥタンは「あ、うん。いいよ」くらいの反応だったが、それでもケジメは大事である。
その後、派手なケンカになるとちょっと期待していた野次馬たちは去っていき、マクシムスの熱心なファンたちが数名彼の周りに残るくらいになった。
「私、あの子のこと思い出しましたよ!」
一部始終を眺めていたセフィラが、心底スッキリした顔で言う。
ついに思い出すことができたのだ。
「待ってくれ、セフィラ……! もう少しで我も思い出せそうなのだ……!」
ガルーは「くぅんくぅん……!」と鳴きながら、脳みそをフル稼働させている。
そんなガルーにセフィラはヒントを出す。
「ヒントは……和平合意の調印式です」
「調印式? 確かに我も出席した覚えが……。う~む、魔人側の……おおっ、いたぞ!」
約一年前の調印式の風景を思い出し、ガルーはついにあの少年の正体を思い出した。
「フゥタン・イン・ツィーリン……! 魔王軍大隊長の一人だ!」
「正解」
思い出せて清々しい気持ちのガルーと目線を合わせるようにして、いつの間にかフゥタンが目の前にしゃがみこんでいた。
そして、彼はその白くて細い指で……ガルーの鼻をちょんと押した。
「……へぇ、神獣の鼻も普通の犬と同じで湿ってるんだ。これは学びだね」
ガルーの体が固まる。
これは攻撃……ではなく、ガルーが驚きすぎて動きが止まってしまっただけである。
なお、フゥタンは別に驚かせるつもりはなかった模様。




