第57話 あれはゴンドロ火山
バナンバタウンを出発して三日目――朝に宿泊した街を出発して数時間。
セフィラたちはルート上の小高い丘の上から、ついに目的地の姿を確認した。
「あの白い煙が立ち上る山がゴンドロ火山!」
戦時中から愛用している双眼鏡を覗きながら、セフィラが言う。
赤褐色の山肌のいたるところから白煙は噴き出している。
正直、セフィラたちが想像していた以上の規模だ。
「なんだか……思ってたよりも生きた火山と言いますか、本当に噴火する可能性はほとんどないんでしょうか……?」
シャロが顔を引きつらせる。
古くから噴火した記録がない休火山と言われても、素人目線では何かの拍子に大噴火を起こすのではないか……と思わずにはいられなかった。
「そして、そのふもとにあるのがアスパーナですね!」
セフィラは双眼鏡越しに、落ち着いた色合いの木造建築が立ち並ぶ街――アスパーナを眺める。
アスパーナから視線を動かすと、これから自分たちも進む街道を何台もの馬車が走っているのも見えた。
王国の中央あたりにあって、目的のついでに立ち寄りやすいバナンバタウンとは違い、王国北西の果てであってもこれだけ人が集まってくるのは、やはり温泉のおかげだろう。
「我ほどの走力と体力があるならまだしも、普通の人間たちがわざわざ体を癒すためにこんな果ての地を目指すとは……。癒されるどころか、さらに疲れて帰ることになりそうだがな」
「ムッ、ムニャ……!」
馬車よりもずっと速く走れる上に、長い時間走り続けることもできるガルー。
そして、その走りになんとかついてくるムニャー。
流石にムニャーの方には疲れが見えるが、それでもガルーの想像を遥かに超えるタフさを見せている。
バナンバタウン、そしてプラタノ原生林での戦いを経て、一回り大きく成長したようだ。
もはや少し前まで人攫いに捕まり、傷つき弱っていたとは思えないほどに立派な姿をしていた。
「目的地を確認したところで、急がず焦らず一休みといこう。ちょうど小腹も空いてきたし」
オデットが休憩を提案する。
ムニャーを休ませたい、という目的もある。
「いいですね。ここは景色もいいですし、シートを敷いてバナナとお茶を楽しみましょう!」
セフィラはトランクの中から折り畳まれたピクニックシートを取り出して地面に敷く。
その上にオデット、シャロも腰を落ち着ける。
ガルーは黒柴犬状態になり、セフィラの隣に寄り添う。
ムニャーは寝転がってゴロゴロ転がり、普通にシートから飛び出て地面を転げまわる。
心配されて休めと言われたら強がっていたであろうムニャーも、みんなで休憩と言えばのびのびと体を休めてくれる。
「三日も経つと、バナンバのお土産に貰ったバナナもだいぶ熟れてくるね。アスパーナは湿気……というか湯気が多くて結構暖かい街だから、腐らないうちに全部食べてしまおう」
もぐもぐもぐとオデットは勢いよくバナナを頬張る。
「そんなに急いで食べたら、喉に詰まっちゃいますよ」
シャロにたしなめられ、オデットはえへへ……と笑う。
「いやぁ、野外で食事をとる時は、隙を減らすために急いじゃうクセがね……沁みついちゃってるんだ。でも、今はそんなことする必要ないよね。私たちは別に行軍中なわけじゃないんだからさ」
一度食べる手を止め、水筒のお茶を飲むオデット。
そして、ゴンドロ火山の方角を見つめる。
「……改めて、何台もの馬車がこんなところまで来てるのは、すごいことだよね。距離的な意味もあるけど、旅の安全性の観点からも」
オデットの言葉に、ガルーが同意するようにうなずいた。
「まったくだ。温泉旅行を楽しめるような者たちは、ある程度裕福な者が多いだろう。それを盗賊のような奴らが狙わないわけわない。だが、ルート上の襲われやすそうな場所には、複数の冒険者が配置されていた。これもアスパーナの財力がなせる業……というわけか」
セフィラたちは、ここに来るまでに何人もの冒険者に出会った。
巡回警備の仕事なので常に臨戦態勢というわけでもないし、暇な時間も多いため多少緩んだ空気は感じた。
それでも、人気のない場所に戦闘能力を持った人間が複数配置されているのは大きい。
確実に地域の治安向上に貢献している。
「しかも、ちゃんと評判のいい人を選んで雇ってるからねぇ。相当お金かかってるだろうなぁ~」
警備に雇われていた冒険者の中には、オデットと何度か一緒に仕事をしたことがある人も数名混じっていた。
冒険者になること自体は簡単ゆえに、同じ職でも能力は個人によって大きな差がある。
優秀な人材を集めること自体も、大変な労力が必要だ。
「アスパーナで立派なのは、温泉だけではないということですね! お客さんを守りながら、これだけ周辺の地域にも貢献しているわけですから」
シャロが目を輝かせて言うと、オデットは少し意地悪な笑みを浮かべる。
「まっ、お客さんが来なくなって一番困るのは、他でもないアスパーナだからねぇ。かけた資金と労力に見合うくらいのリターンはあるってことさ」
「お、大人な意見です……!」
「もちろん、それを含めても人々にとって良いことをしてるのは間違いないし、称賛されるべきことだと私も思ってるよ」
「……あっ、評判のいい人と言えば、オデットさんにアスパーナからの仕事は来なかったんですか? 間違いなく大評判の冒険者だと思いますけど」
シャロの純粋な疑問。
おだてる意図はないが、オデットは少し照れくさそうに、そして結構まんざらでもなさそうに答えた。
「まっ、アスパーナからしたら私を雇いたいだろうね~。でも、私は問題の予防や抑止というよりは、すでに大問題になっているところに首を突っ込む専門家だったから、話は来てたかもしれないけど、ギルドの方で丁重にお断りしてくれてたのかもしれないな」
「例えるなら、盗賊が出てくるかもしれない場所を警戒するのではなく、数百人規模の大盗賊団からの犯行予告が届いた場所へ向かっていくのがオデットさん……ということですね!」
「うん……まあ、そんな感じ……かな? 流石に数百人規模の大盗賊団は聞いたことないけど、仮にそんな組織があったら、私はそっちの対処を優先するだろうね。ギルドもそれをわかってるから、私に届ける仕事の内容は選んでくれてるんだ。まっ、それに加えて自己判断で仕事を請け負って、さらに忙しくしちゃうのが私なんだけど……」
強き者には、強き者なりの悩みが尽きないのだな……と改めてシャロは感じた。
今回の旅はそんな強き者オデットを癒すための旅なのだ。
(昨日泊まった宿にあったアスパーナの案内冊子を、頑張って読み込んできました……! 今みんなの中で一番アスパーナに詳しいのは、おそらく私っ! 私がみんなをご案内してみせます!)
戦闘では活躍できない分、他の分野で頑張るシャロ。
そんなこんなで休憩を終えたセフィラたちは、いよいよ熱気と硫黄の匂いが満ちるアスパーナへ到着する。




