第22話 聖なる光
もしかして、ムニャーはガルーを敵視している……と最初は思った。
でも、しばらくムニャーの表情を観察していると、そのまなざしに敵意がまったくないことがわかった。
ガルーに向けられた視線の意味――それは尊敬とか憧れだ!
人攫いから子どもたちを助けようとしてたムニャーにとって、本当に子どもたちを助けたガルーは尊敬すべき存在なんだ。
あの大きな体に強い力、そして子どもたちを安心させる言葉と態度をムニャーは見た。
種族が違うとしても、ガルーのように強くなりたいと思うのは当然かもしれない。
「ムニャァァァ……」
「ふふふっ、ムニャーもたくさん食べてたくさん動いていたら、きっと強いネコちゃんになれますよ。だから、まずは傷を治して元気になりましょうね!」
「ムニャ~!」
ムニャーは私と目を合わせて、嬉しそうに鳴いた。
どうやら私はムニャーの気持ちをちゃんと理解出来ていたみたい。
もっと強くなりたい――それが今ムニャーの夢なんだね。
そして強くなるには、まずは食べることだ!
栄養を摂取しなければ、体を維持することも強くすることも出来ない。
屈強な兵士も食べ物がなければ、やせ細って棒切れのようになっていくのだから……!
そんなこんなでムニャーの傷に軟膏を塗り終えたら、シチューを煮込むためのかまど作りを開始する。
ここは山の中で、しかも岩壁をくり抜いて作られたアジトの近くだ。
そこらへんに手ごろな石がゴロゴロと転がっていた。
私の作業に興味を持った子どもたちに石集めを手伝ってもらい、15分ほどで立派な石のかまどが完成した!
そこへナイスタイミングでシャロさんから声がかかる。
「セフィラ様~! シチューの具材を切り終えました~!」
「は~い! こっちもかまどの準備は万端です!」
シャロさんと協力して具材の入った大鍋をかまどまで運び、その上にドンと乗せる。
そして、アジトの中から持ってきた比較的綺麗なバケツを使って、大鍋の中に湧き水を投入する。
これで煮込む準備は整った!
「セフィラ様は普段何を使って薪に火をつけていますか? 私は火魔石の指輪を使っています」
火魔石の指輪――いわゆる魔法道具だ。
人間の魔力を火属性に変換してくれる小さな魔石が取り付けられている。
その魔石に魔力を流し込めば、戦闘に使えるレベルではないけど生活の役に立つくらいの炎を生み出せる。
旅人にとって炎はとっても大事。
焚き火をするのはもちろんのこと、夜間の視界の確保にも使える。
しかも、指輪だから松明みたいに手を塞ぐこともない!
ただ、私の場合は体に流れる魔力が特殊すぎるせいか、魔石を使った魔法道具との相性が悪い……。
だから、炎が欲しい時はガルーにお願いする!
「私はいつもガルーに火をつけてもらってます。こんな感じで!」
かまどに入れられた薪に向かって、ガルーがふーっと黒い炎を吐きかける。
普通の炎よりとっても火力が高いから、薪は一瞬でボッと赤く燃え上がる。
「えっ……! ガルー様って炎を吐けたんですか!?」
驚くシャロさんに「当然だ」といった表情をガルーは見せる。
「我は神獣であると同時に冥府の番犬ガルムなのだ。悪しき魂を焼き尽くす黒い炎くらい扱える。まあ、魂を焼くという部分は迷信なのだが」
「し、知りませんでした……! 勉強不足ですいませんっ!」
「いや、知らぬのも無理はない。戦争では聖なる力ばかり使っていたからな。ガルムとしての力は……強力ゆえに命を奪いすぎてしまう。見た目もどこか邪悪そうだから、あまり人前では見せんかったのだ」
ガルーはただの黒くて大きなワンちゃんじゃない。
見た目通りのすごい力を持っていて、あえて抑えているんだ。
「フッ……どんな力も使い方次第だ。これだけ火力があれば、大鍋も煮立たせることが出来るだろう。後は任せたぞ、シャロ。我は炎を吐けても料理は出来んからな」
「あ……はいっ! 任せてください!」
シャロさんは木のイスを足場にし、上から大鍋を覗き込む。
そして、中身を大きなお玉でかき混ぜ始めた。
いくら火力が十分でも完成までにはまだ時間がかかりそうだ。
その間に私たちもやるべきことをやっておこう。
「ガルー、救助を呼ぶための目印を作っておきましょうか」
「うむ、我もそのことを考えていたところだ」
朝が来て明るくなっても、これだけの子どもたちを私たちだけで安全に下山させるのは大変だ。
子どもたちを探している人たちに、この場所を伝えて助けに来てもらうのが一番いい!
「はぁぁぁぁぁぁ……神獣紋開放!」
いつものように輝く神獣紋をおでこに浮かべたところで、一度あたりを見回す。
ここで目印を作ると、子どもたちをびっくりさせてしまうかも……!
「シャロさん、ほんの少しだけこの場を離れます。周囲に悪い人やモンスターはいませんから、安心してシチューを作っててください!」
「セフィラ様がそうおっしゃるのなら……! でも、本当に早めに帰ってきてくださいね……!」
もう空も山も真っ暗だ。
松明とかまどの火の近く以外は、完全な闇に包まれている。
シャロさんがびくびくするのも無理はない。
「ムニャーよ、少しの間ここを任せてよいな?」
「……! ムニャ~!」
ガルーにお願いされたムニャーは、しっぽをピンと立てて誇らしげに鳴いた。
それを見てガルーは「うむ」とうなずき、私と一緒に子どもたちから離れた場所……遮蔽物があって子どもたちから見えなくなる場所に移動した。
「ムニャーの憧れるような視線に気づいていたんですね、ガルー」
「無論だ。我はそこまで鈍感ではない」
ガルーは周囲の闇のすべてを把握し、脅威となる存在が近くにいないことを把握している。
それでも、あえてムニャーに役目を与えたんだ。
尊敬しているガルーからお願いされたら、ムニャーも喜ぶと思って!
「相変わらずガルーは優しいですね~。私だけじゃなく誰にでも! そういうところがカッコいいんです」
「う、うむ……! フフッ……そんなことより早く聖なる光を天に放つぞ……!」
「は~い!」
照れ隠しは苦手なガルーと力を合わせ、空に向かって伸びる巨大な光の柱を作り出す!
「「聖なる光!」」
はるか遠くからでも見える光の柱は、ここに人がいるという目印になる。
子どもたちがいることまでは伝えられないけど、子どもを攫われた親はわずかな手掛かりや可能性も確かめずにはいられない……。
だからきっと、この奇妙すぎる光の柱の出どころにも人を送り込んでくるはずだ。
「よし、これで日の出までは光り続けるだろう。動きが早ければ、明日の昼頃にでも誰かがここへ来るはずだ」
「そうなることを信じて、シャロさんたちのところへ戻りましょう!」
今のうちに出来ることはやった。
後はシャロさんのシチューをいただいて明日を待つだけ!




