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麗しの月光は穏やかに微笑む  作者: 秋月咲耶
第一章 はじまりのはじまり
9/13

エイナード3


「それじゃ、くれぐれも無事に帰ってくるんだ。いいね?……リフェリア、分かっているな」


「…はい」


翌朝。


目的は告げずに出かけるイシュルに、行商人は何度も気をつけるようにと念を押した。


もちろんそれは善意による心配ではなく、大切な商品を傷つけたくないがゆえの行動である。


リフェリアという見張り兼護衛を付けておきながら、どこまでも用心深い様子に感心すらする。


行商人の家から遠く離れ、人通りの少ない道に出たところで、イシュルは3歩後ろを歩いているリフェリアへ話しかけた。


「リフェリアは何故、あの家の用心棒を?」


「………貴方に話す必要は無い」


元来心根が優しいのだろう、明らかな拒絶の言葉でありながらこちらへの配慮が垣間見える様子に、イシュルは思わずくすりと笑った。


「不思議なんだ。君ほどの実力者が、商人の家で単なる用心棒なんて」


「っ!?」


イシュルの言葉に、リフェリアが息を呑むのが分かった。


相手の力の程度を推し量れるということは、イシュルがリフェリアよりも強い力を持つということを示している。


もちろん、そうでない場合でも、ある程度の勘が働く者であれば相手の力量を察して危機回避をする能力位はあるだろうが。


だがイシュルがそういった意味で言っていないことくらいは、リフェリアにも分かっていた。


(剣の腕は相当…魔法適正も50程はあるだろう)


イシュルがリフェリアの力を何となく予測できるのと同じくらい、リフェリアもまた、イシュルが並大抵の力量では無いことを感じ取ってしまった。


「ここからは転移魔法を使おうか。

無魔法ーー空・空間転移」


「空間転移の空をいとも簡単に……相当な実力者ではないか……」


空間転移は、世界の理に反して強制的に物体の座標を移動させる魔法だ。


それだけでも相当な高難易度であるのに加え、地ではなく空を使用したことに、リフェリアは驚きを隠せないでいた。


「……先程の質問だが…他人の事情に、悪戯に口を挟むべきでは無い。要らぬ被害を被ることになるぞ」


森へと足を進めながらも力強く睨みつける炎のような瞳を見返し、イシュルは肩をすくめる。


「じっとしていたって、どうせ午後にはあの商人の商品になる予定だけどね」


「なっ……き、気付いていたのか!?」


リフェリアは目を開いて、酷く動揺したようにイシュルを見つめた。


「それならば何故逃げなかった!? 昨日逃げる機会はいくらでもあっただろう!!」


「まあそうなんだけど。私にも色々事情があって」


朗らかに空を見上げるイシュルに、リフェリアは理解出来ないというように眉をしかめた。


「では…私が貴方の護衛ではなく見張りだということも…」


「もちろん、存じていますとも」


力が抜けたように立ち止まってしまったリフェリアに、イシュルもつられて立ち止まる。


「……そんな……では…私は…どうすれば」


「リフェリア?」


リフェリアは美しく整った顔を蒼白にし、絶望したように地面を見つめていた。


「私は……あ、兄上は……」


「兄上……?」


どういうことだ、と口を開きかけたその時。


「また会えたな色男! 」


聞き覚えのある声とともに、鋭い剣先が目の前を掠った。


イシュルはもちろん、リフェリアも間一髪で気付き、後方に飛び退く。


「………しつこいなあ、君も」


苦笑いしながらイシュルが視線を向けた先には、昨日と同様、嬉々として剣を携えたエイナードが立っていた。


「っ何者だ!?」


すぐさま戦闘態勢に入ったリフェリアが腰の剣を抜くが、エイナードは見向きもせずにニヤリと笑う。


「昨日は舐めた真似してくれたじゃねえか。おかげで俺はテメェに会いたくて会いたくてたまらねえ夜を過ごしちまった」


「……愛の告白にしては、少々乱暴すぎる気がするね」


「冗談を言っている場合か!」


緊張した面持ちのリフェリアがそう叫ぶと、じりじりと剣を構える。


肌で感じる痛いほどの空気感は、エイナードとの圧倒的なまでの実力差を彼女にまざまざと感じさせていた。


(だが…っ…私は戦わねばならない……兄上のために!)


「うああああっ!! 火魔法ーー地・帯炎(たいえん)!!!」


響き渡る掛け声とともに、リフェリアは剣に炎を纏わせ全体重を乗せて鋭く切り込んだ。


剣圧は離れたイシュルの髪を揺らすほど重く、そして深く鋭利に、常人の目では追えないほどのスピードで差し迫る。


しかしそんなリフェリアの剣を、エイナードは事も無げに片手で受け止めた。


「…あ? んだテメェは…」


「ック……」


(重い……なんという力だ…っ)


リフェリアは一見すると、世の男がこぞって振り返るような華やかな美少女である。


燃えるような髪と瞳に白い肌がよく映え、無骨な鎧を纏ってはいても、凛とした面差しが少女の可憐さにアンバランスな色香を醸し出している。


しかしそんな外見に反して、リフェリアの実力は冒険者に例えるならBに近いほどと言って差し支えない。


そもそも慎重で用心深い行商人がたった1人の用心棒としてリフェリアを雇っていることからも、彼女の実力がそこらの男にも負けない程度であることは明白なのだ。


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