エピローグ ~新しい道が拓けた~
エピローグ
南関東で二月上旬といえば、最も寒い時分である。積雪があるのもこの頃が多い。何年か前には、毎週の様に十センチ以上積雪があったりもした。しかし今日は晴天である。身を切る様な風さえなければ、過ごし易い一日であろう。
「新しくアルバイトに入ってくれる鹿島猛君だ。LL_RPGー1に続いて、LL_RPGー2にも最初から参加して貰う事になる」
いつもの部屋(サーバ室、と呼ばれている)と通路を挟んだ部屋(開発室)で、才人の隣に立つ猛は、多数の見知らぬ人々の視線に少々緊張していた。
「えー、鹿島、猛、です。あちらの部屋で、ちょっとお手伝いさせて貰ってました。引き続き、お願いします」
頭を下げる。
「こちらこそ、宜しく」
そう言って、率先して手を叩きだしたのは羽倉であった。それに釣られる様に、拍手はたちまち大音響となった。ひとしきり鳴り止んだあと。
「それでは、LL_RPGー2のメンバは移動を開始して欲しい」
それだけ言い、才人は社長室へ戻っていった。身軽な猛は、そのまま足元のデイパックを取り上げ、部屋を出て行った。
いつもの部屋には、いつもの顔が揃っていた。
「やあ、久し振り。今日から正式なプロジェクトメンバだね」
能勢が立ち上がり、握手を求めてきた。上体を乗り出し、握手を交わす。
「引き続き、お願いします」
「私がプロジェクトリーダーだから、困った事があったらまず私に相談して」
「そうします」
「正式メンバになったんだから、もっとバリバリ働いて貰うよ!」
次は秀人の番であった。固い握手を交わす。
「まぁ、やれるだけの事はね」
「お帰りなさい、猛さん。みんな大歓迎です!」
「妹は特にね。でしょ?」
「もう、姉さんは!」
微笑ましい姉妹の遣り取り。知らず目元が弛む。そこへ、扉の開く音がした。
「やっ。今日からお世話になるよ」
入ってきたのは、羽倉のほか、数名の若者達。
名刺の貼られた机に段ボール箱の中身を移しつつ、羽倉は答えた。
「ああ、プログラマとしてね」
「顔見知りなのかい?」
能勢の問いに。
「はい。休出した時」
「それは好都合だね。では、ひとまず着席して。新しく参加する人の紹介をするから」
全員が着席すると、能勢は軽く羽倉以外の新メンバを紹介する。その度、軽く会釈を交した。それが済むと、いよいよ本題に入る。
「メールに書いてあったと思うけれど、受信していない人もいるから、LL_RPGー2の概要について、改めて説明しよう」
猛以外のメンバは皆、その言葉に従いノートパソコンのディスプレイに目を遣る。秀人が、猛にプリントアウトを渡した。能勢が説明を始めた。
LL_RPGー2プロジェクトは、簡潔に述べるならば『リミットレスRPG』の単体パッケージバージョン作成であった。これまでサンプルプログラムとして添付したもの、配信したものを元に、バランスの調節やボリュームの追加、システム、シナリオの一部変更、音楽や効果音等、オミットされてきた部分の導入など、単体作品としての体裁を整えるのが主な作業内容であった。ビジュアルやエフェクト、モンスター追加等も行いたいという。
「本プロジェクトと並行して、スマホアプリの開発会社からもこの世界観、設定などを使用したRPGを作成したい、という申し出が来ていてね。そちらとの調整も必要になってくるね」
「調整役はリーダーが?」
羽倉の問いに。
「そういう事になるね。定期的な連絡会も必要になるかな」
「こっちと並行、というのは、キツくないですか?」
「そうなったら、その時考えよう」
こんな風に会話が展開している時。紙を黙読していた猛が、手を挙げた。
「ん、何だい、猛君?」
「ええと、役割分担なんですけど…『シナリオ担当補助・ドキュメント管理・コンテンツ作成』、ってあって。前の二つは判るんですけど、最後のは何ですか?何を作るんですか?」
「ああ。そうだね、後で説明しようと思っていたけれど、丁度良い、今説明しよう。実は、このプロジェクトで、特典としてヴィジュアルノベルの様な物を作成しようと思っていてね。その文章をお願いしたいんだよ」
事も無げに言ってのける能勢に。
「それって、短編小説みたいな物を書け、っていう?」
「そうそう」
「でも…俺に、書けますかね?経験無いし…」
「そんなに堅苦しく考えなくて良いんだよ。君は『リミットレスRPG』を世界一早くクリアしたんだ。プレイ中に色々な事を考えなかったかな?ここはこうだったら、とか、こんな人物が出て来たなら、とか。君はある意味、作者の私達より、このゲーム世界について考えたんじゃないかな?それを、小説の体裁だけ調えて文章にしてくれれば良いんだ。サーバの方にも、幾つかアップしていきたいね」
「それって、ゲームのノベライズ、っていうか」
「舞台等には拘らないよ。もちろんリプレイをノベライズしても良い。まぁ、主人公の名前は付け直す必要があるだろうね。ゲーム以降の話でも良い。あるいは、コロンバイア大陸の別の地域が舞台でも構わない。ゲーム中には大陸内の国際情勢とか、言及が無かったけれど、梨名さんと相談して設定を起こして欲しい」
熱心な能勢の弁舌に、猛は完全に気圧されてしまった。
「…まぁ、頑張ってみます…」
「余り考え過ぎる必要は無いよ。この仕事もまた、ゲームの延長だと思って気長にいこう」
優しげな笑顔で猛を見詰める能勢であった。
END
これでこの物語は一応の完結です。お楽しみ頂けたでしょうか?この物語を思い付いたきっかけは、巨大な整数同士の四則演算をするプログラムを作ってみたからでした。これを使ってRPGを作った人々がいたら、と。
さて、物語の中で主人公がプレイしているリミットレスRPGは、ただのPCゲームではないと、私は考えています。それは人生のメタファーなのです。物語に出てくる主要人物達の殆どは、皆人生の、かなり最初の方で躓いているのです。RPG内でも、プレイヤーキャラはダンジョン内で力尽き、幾度となく逃走を繰り返します。攻略本でもない限り、どの様な敵がダンジョン内に現れるのか、予めプレイヤーには判りません。人生はもっと判りません。勝てない敵(敵ではないかも知れませんが)が目の前に現れた時、逃走も一つの手でしょう。そうして捲土重来を図るのです。迂回をするのも手でしょう。実人生に必須イベントなど、数える程しかないでしょうから。どの様な道を辿るにせよ、人は様々な経験をし、EPを稼いでゆきます。どれ程のEPを稼げるか、それをどの様に使うかは、人それぞれ、千差万別でしょう。その組み合わせは無制限と言っていいのです。それを信じて、皆さんも皆さんの人生を歩んで下さいますよう。




