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黒桜  作者: Riv Sansty


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8/12

剣と抱擁

傷というものは、必ずしも血を流すわけではない。

それは疲れ切った瞳の奥や、長すぎる沈黙の中、そして「大丈夫だ」と世界に言い聞かせるような笑顔の裏側に隠れている。


危険な人間と向き合い、恐怖を乗り越え、そしてようやく自分の仮面の奥を見てくれる存在に出会った竜太郎。しかし彼は気づいてしまう。本当の戦いは、まだ終わっていないのだと。


外の敵は力で倒せる。

けれど、自分自身の心の中にいる怪物は、もっと恐ろしい。


月明かりだけが差し込む静かな夜。孤独の重さに押し潰されそうになる中、一振りの刃が再び古い傷を開こうとする。

だが時には――たった一つの抱擁が、どんな武器よりも人を救うことがある。


『刃と抱擁』は、恐怖と弱さ、そして愛の物語。

もう一度堕ちかけた少年と、彼を暗闇に置き去りにしなかった少女の物語である。

涼太郎にとって、その夜は波乱に満ちたものだった。見捨てられる夢や屈辱の夢にうなされた。はっと目を覚まし、胸が締め付けられるような感覚に襲われた時、少年は長い間感じたことのない、胸の奥底に強い何かを感じた。それは、虚無感と孤独感だった。


彼は大きな力を振り絞って起き上がり、洗面所へ向かった。鏡に映る自分の姿を見た。深いクマのできた疲れた目で、ため息をついた。それから、廊下を見下ろし、愛子のことを考えた。再び鏡を見て、ため息をついた。


「愛子がただ僕を哀れんでいるだけだったらどうしよう?」彼は指先で自分の顔に触れながら、そう呟いた。「もし母さんが間違っていたら?もし…彼女が…去ってしまったら…?」


唇が震え、再び目に涙が溢れた。恐怖が募り、それとともに罪悪感も募った。愛子への罪悪感。すべてに対する罪悪感。


彼は洗面所を出て、客室を覗き込んだ。少女は寝返りを打っていた。おそらく寝苦しいのだろう。そこで彼は階下の台所へ降りていった。そこで包丁立てを目にした途端、呼吸が速くなり、手が震え始めた。彼は包丁立てに近づき、震える手で一本の包丁を手に取った。刃に映る自分の姿を見つめ、涙がこぼれ落ちた。


「これは…」彼は声を詰まらせながら呟いた。「これが正しいことなんだ。」


二階では、愛子が寝苦しい眠りから目を覚ました。何かがおかしい、良太郎の様子がおかしいと感じた。そこで彼女は起き上がり、自分の部屋へ向かった。寝室のドアに着くと、良太郎の姿はなかった。階段を見ると、明かりがついていた。台所の明かりだ。彼女はそこへ行き、良太郎が包丁立てに包丁を戻しているのを目にした。


「良太郎…?」愛子は恐怖に震えながら呟いた。「何を…何をしたの?」


涼太郎は彼女の声に少し身震いし、振り返った。涙で目はまだ赤かったが、自傷行為はしていないようだった。彼はただ小声で言った。「昔の癖が再発しそうになったんだ。」


そして、小さな切り傷のある親指を見せた。愛子は目を見開き、彼が何を言っているのかすぐに理解した。彼女は近づき、彼の手を取った。親指以外には切り傷はなかったが、手首を見ると、傷跡があった。何年も前の古い傷跡だった。


「涼くん…どうして?」彼女は小声で言った。「どうして手首にこんなにたくさんの傷があるの?」


涼太郎は答えなかった。ただ視線をそらし、少し強く息を吐いた。愛子は両手を彼の頬に当て、無理やり自分の方を見させ、もう一度理由を尋ねた。彼はほとんど聞き取れないほどの声で、ただ小声で言った。「痛みがひどくて…みんなそれぞれ痛みを和らげる方法がある。これが僕の方法なんだ。」


愛子の目に涙が溢れた。悲しみの涙だったが、同時に怒りの涙でもあった。彼女はまるでガラスでできているかのように、彼の手をそっと握り、再び亮太郎の手首を見つめた。少年は続けた。「弥彦がいなくなってから…何もかも意味を失ってしまった。僕はしがみつこうとした。でも、できなかった。」


亮太郎の目にも再び涙が溢れ、ぎゅっと目を閉じて続けた。「ある日、僕は自分をひどく切った。傷は深かった。両親が僕を見つけてくれなかったら、きっとあの日死んでいたと思う。それ以来、僕はもうやめた。」


「でも、今はどうなの?」愛子は彼の親指の小さな傷を見ながら尋ねた。「どうして…?」


亮太郎は目を開けた。彼はもう何も隠そうとしなかった。


「君だ」彼は苦しげな告白のように囁いた。「君だったんだ、高嶺。」


彼女は混乱し、胸が締め付けられた。


「私?私が…あなたを…自分を傷つけさせたの?」 「違う!」――その答えは、まるでくぐもった叫び声のように、すぐに返ってきた。彼は少女の手を強く握りしめた。「逆だよ。だって…君は大切なんだ。すごく。それが怖いんだ。」


「どうして怖いの?」


「だって…僕のせいで君の瞳の輝きが消えてしまうのが怖いんだ。君が彼らの話を聞きながら去っていくのを見た…」――そして深く息を吸い込み、彼は囁いた。


「そして、信じること。そしてナイフ…いつも物事をはっきりさせてくれた。」


愛子は心が打ち砕かれたような気持ちだった。そして涼太郎を抱きしめ、ぎゅっと抱きしめ、彼の胸に顔を埋めた。涼太郎は一瞬体を硬直させた後、彼女の上に崩れ落ち、泣きじゃくった。


「私…」彼女は弱々しい声で囁いた。「どうすればいいのか分からない。でも、私は離れない。涼くん、あなたは愛されているのよ。」


「愛されている」という言葉が彼の耳に不思議な響きでこだました。しかし、なぜか、それは完全に正しいと感じられた。それは彼がずっと望んでいたこと、ずっと切望していたことだった。そして今、彼は誰かに愛されていることを知った。純金のように輝く瞳を持つ誰かに。


「ありがとう…」彼は彼女の髪に顔を埋めて呟いた。「愛してくれてありがとう、愛子。本当にありがとう。」


抱擁は永遠に続くように感じられた。涼太郎は肩にのしかかっていた世界の重みが、愛子の温もりと力強い腕に溶けていくのを感じた。彼女は離そうとせず、彼も離したくなかった。何年もぶりに、義務感や同情からではなく、自らの意思で抱きしめてくれる人がいた。それはまるで…愛のような感情だった。


彼の泣き声がようやく止み、深い疲労感と不思議な安堵感が残ると、愛子は一歩下がって彼の目を見つめた。まだかすかに震える指が彼の顔に触れ、涙の跡をそっと拭った。


「涼くん、あなたは一人じゃないわ」と、早朝の静寂の中、彼女は力強い囁き声で言った。「もう二度とあなたを傷つけさせない。あなたの世界に色を取り戻す方法を、一緒に見つけましょう」


涼太郎は喉が痛むほど強く唾を飲み込んだ。言葉は出ず、ただ頷いた。しかし、今は澄み渡り、傷つきやすい灰色の瞳は、感謝、恐れ、そして希望を雄弁に物語っていた。


「またこんなことがあったら」愛子は優しい声で言った。「ちゃんと私に話してね、いい?」


「わかった」彼はようやく囁いた。その約束は荒々しかったが、心からのものだった。


「じゃあ、二階に行きましょう」愛子は彼を階段の方へ引っ張りながら提案した。「あなたは休まなくちゃ。それに…私、あの部屋に一人で戻りたくないの」


涼太郎は何も言わなかった。二人は階段を上り、寝室へと向かった。家の厚い絨毯に足音がくぐもって聞こえた。客室のドアの前で、愛子はためらった。


「涼くん」彼女は視線をそらしながら切り出した。「あの…あなたの部屋で寝てもいい?今日だけ。私たち…二人とも休む必要があると思うの」


彼の心臓がドキッと跳ねた。親密になること、そして弱みを見せることへの昔の恐怖が一瞬蘇ったが、彼女の存在がもたらす安心感にすぐに打ち消された。


「わかった」彼は弱々しい声で同意した。


二人は彼の部屋に入った。愛子は穏やかな好奇心で部屋を見回し、きちんと整理された漫画、アクションフィギュア、そして彼のパソコンに目を向けた。隅に置き忘れられたギター以外は、埃一つなかった。彼が予備の毛布を取り、床にスペースを作るのを見て、彼女は言った。

「床で寝なくてもいいのよ」


「ただ…」彼が言いかけたが、彼女は優しく遮った。


「ベッドは大きいし。それに、あなたを信じているわ」


そのシンプルな言葉で、彼の最後の抵抗感は消え去った。そこで涼太郎は毛布をクローゼットにしまい、二人はベッドに横になった。互いに敬意を払いながらも、二人の間の空間は新たな理解で震えているようだった。


月明かりが窓から差し込み、愛子の横顔を照らした。涼太郎は彼女を見つめた。長いまつげが頬に落とす影、胸の穏やかな上下動。


「タカネ」彼は囁くように呼びかけた。


「ん?」


「ありがとう。私を怖がらないでくれて。」


彼女は枕の上で頭を動かし、薄暗い光の中で琥珀色の瞳が彼の瞳と交わった。


「涼くん、私はあなたを怖がったことなんて一度もないわ。ただ、あなたがどこかへ行ってしまうのが怖かっただけなの。」


彼はためらいがちに手を伸ばし、彼女の金髪に染められた髪の毛に触れた。絹のように柔らかかった。


「もう行かないよ」彼は今度こそ、その言葉の一言一句を信じて約束した。「二度と。」


彼女は小さく、眠たげな笑みを浮かべ、目を閉じた。しばらくすると、彼女の呼吸はゆっくりと規則正しくなった。涼太郎は優しく微笑み、彼女の額にキスをした。それから彼は、部屋の片隅にある、両親が買ってくれた、攻撃的なデザインの黒いギターに目をやった。少年は、学校で3ヶ月に一度開催される音楽イベントのことを思い出した。初めて、彼は目を離したくなかった。楽器を見つめていると、低い音から始まり、徐々に音量を上げていくリズムが流れ始めた。重厚で、正確で、中毒性のあるリフが、彼の心の中で強く響いてきた。彼はそのリフを完璧に暗記していた。


学校の講堂のステージでその曲のソロを演奏し、愛子がスタンディングオベーションで迎えてくれる姿を想像しているうちに、彼はついに眠りに落ちた。

『刃と抱擁』は、おそらくこれまでの竜太郎と愛子の物語の中でも、最も繊細な章の一つです。

竜太郎はついに、自分の傷の深さを明かします。

それは手首の傷跡だけではなく、長い年月をかけて心の奥底に刻まれてきた痛みそのものです。

そして初めて――誰かがその痛みを真正面から見つめ、それでも彼のそばに残ることを選びました。

恐れずに。拒絶せずに。逃げずに。

一方の愛子も、この章で大きく変わります。

ただ明るくて優しい少女ではなく、「帰る場所」のような存在になっていくのです。竜太郎が闇へ落ちそうになった時、その手を掴み続ける存在に。

タイトルにある「刃」は、苦しみや過去、消えてしまいたいという衝動の象徴。

そして「抱擁」は、“それでも生きていてほしい”という想いの象徴です。

最後に竜太郎がギターを見つめ、愛子に拍手される未来を想像した瞬間――彼の中には新しい感情が生まれていました。

それは単なる恋ではなく、

「明日を生きたい」という願いだったのかもしれません。

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