残る人々
去っていった人ばかりを見つめていると、
残ってくれた人の存在を見失ってしまうことがある。
別れは目立つ。
痛みを残す。
忘れられない傷になる。
だから私たちは、
ついそちらばかりを見てしまう。
けれど――
何も言わずに隣へ座ってくれる人がいる。
手を差し伸べてくれる人がいる。
離れないと決めてくれる人がいる。
彼らは英雄ではないかもしれない。
大げさな言葉も持っていないかもしれない。
それでも、
最後まで残ってくれる人こそ、
私たちを救う存在なのかもしれない。
白髪交じりの髪と鋭い眼差しを持つ元警察官の佐々木聡という名のユウタの父は、息子をじっと見つめていた。長年の自制心を経て、目の前で息子が崩れ落ちる姿を見るのは、まるで銃で撃たれたような衝撃だった。
彼はゆっくりと近づき、何も言わずに息子の隣に腰を下ろした。そして、分厚い手のひらをユウタの肩にそっと置いた。
「どれくらい経ったんだ?」聡は低くも優しい声で尋ねた。
「4ヶ月」ユウタは手の甲で涙を拭いながら囁いた。「亮太郎が大阪に行ってから」
「それで、何があったんだ?」
「みんなパートナーを見つけたんだ!亮太郎と愛子は沖縄で楽園暮らし。ジュンとナタリアはどんどん仲良くなっている。ヒロのルーキーでさえミカを射止めた!僕…僕だけが残っているんだ」
「本当に?」
「うん」
「もう一人の女の子は?」半分黒、半分白の髪のあいつ?
ユウタは戸惑いながら瞬きをした。
「綾瀬?」と彼は尋ねた。「お父さん、正気か?!俺に彼女と付き合えるわけないだろ!」
「どうして?」
「だって…だって彼女は…彼女は…」
「ほら、お前だって理由が分からないだろ!」
ユウタはうなだれた。父親の言う通りだった。
「それともう一つ」とサトシは続けた。「お前のグループの中で、一番お前のことを気にかけているのは彼女だと思うよ。」
「どうしてそう思うの?」とユウタは尋ねた。
「三つの言葉で分かる。5月5日だ。」
ユウタは戸惑いながら瞬きをしたが、すぐに思い出した。グループ全員で渋谷のゲームセンターに行く予定だったが、ユウタは結局一人残された。他の友達はすぐに地下鉄に乗ったが、一人だけ残っていた。綾瀬だ。彼女はユウタを一人にしたくない一心で、わざと電車に乗り遅れたのだ。
そして、そのことが彼の心に他の記憶を呼び起こした。
彼女が計画を立てていた時、誰が彼のことを覚えていてくれたのか?
綾瀬。
グループが結成された後も、誰が彼に電話をかけてきたのか?
綾瀬。
彼がいつもよりよそよそしく、静かだったことに誰が気づいたのか?
またもや、綾瀬。
「彼女はただの友達だよ、お父さん」と悠太は囁いた。
「お前たちのグループが俺の家に遊びに来た時のことを覚えているか?」
「うん」
「彼女がずっとお前のそばにいたって気づかなかったのか?」
「僕は…」
「悠太、私は15年間警察官だったんだ。人の気持ちはわかる。兆候はちゃんとある。それに気づけばいいんだ。」
悠太は再び視線を逸らした。どうしてこんなに鈍感で、もっと早く気づいてもらえなかったのだろう?彼は再び父親を見て、弱々しく囁いた。
「じゃあ、どうすればいいんだ?もし…彼女に振られたら?グループは解散してしまう!」 「もし彼女が承諾したらどうするんだ?」サトシは言い返した。「そのことも考えたのか?」
男は立ち上がり、手を差し出した。ユウタはそれを受け取り、立ち上がった。
「今日は何もする必要はない」と父親は言った。「だが、よく考えてみろ。もしかしたら、これが君にとって最後のチャンスかもしれない。」
ユウタは頷き、サトシが会計を済ませると、二人は車に戻った。家路につく途中、少年は独り言を呟いた。
「山口綾瀬…君は今、何をしているんだろう?」
答えが見つからず、彼の心は5月5日へと遡った。彼女の美しい笑顔を思い出した。そして、その記憶が彼の笑顔をさらに大きくした。
東京都世田谷区。ミカの家、夜。
悠太が自分の考えにふけっている間、ヒロは新しい部屋で荷物を整理していた。母親の千恵は数ヶ月前にアメリカへ旅立ってしまった。自閉症のヒロはミカと部屋を共有することになった。ミカは最初は落胆したが、後にそれも悪くないと思うようになった。
凛太郎と薫子のフィギュアを並べようとしていたヒロに、ドアをノックする音が聞こえた。ヒロは少し驚き、フィギュアを数センチずらしてしまった。ヒロは軽く唸り声をあげ、ドアを開けた。ミカは雲柄のシアン色のパジャマを着て入ってきた。左手にはトーストサンドイッチの乗った皿、右手にはホットチョコレートのマグカップを持っていた。
「こんにちは、ヒロ!」ミカは可愛らしい笑顔で言った。
「こんにちは、ミカさん」ヒロは作業から目を離さずに答えた。
「まだやってるの?もう30分以上も中にいるじゃない!」 ― 完璧に揃えないとダメなの。それに、あんなにドアを叩かなければ、もう終わってたのに。
― わかった、僕のせいだ。ごめん。…食べ物持ってきたんだけど、いる?
ヒロは美味しそうな匂いを嗅ぎ、目を輝かせた。それは彼の好物だった。少年はさっと立ち上がり、ミカに近づいた。
― ああ、なんてことだ…ああ、なんてことだ、なんてことだ!君が…僕のためにこんなことをしてくれたの?
― ええ。
― でも…でも、そんなことしなくてもよかったのに…
― ヒロ ― ミカは近づいた。― お客様なんだから、もちろん喜んでいただくわ。ただ、もっと…美しく作れたはずだったのに。ごめんなさい。
― 謝らなくていいよ。完璧だよ。本当にありがとう、ミカさん。
少女は微笑み、しばらくの間、ヒロが食事をする様子をじっと見つめていた。ヒロにとって、その食べ物はまるで神々の珍味のようだった。少女は身を乗り出し、ヒロの頬に軽くキスをした。ヒロはたちまち固まり、頬を真っ赤にした。
「ミカさん!」彼はどもりながら言った。「な、な、何だったんですか?」
「ちょっとしたキスよ、当たり前でしょ」ミカは可愛らしく首を傾げながら言い返した。「キスしてあげるわ」
「え?僕が?どうして?」
「だって、ヒロ・タカハシ、とっても可愛いんだもの」
そして、ためらうことなく、彼女はもう一度ヒロの頬にキスをした。少年は顔を真っ赤にして、サンドイッチを大きく一口かじった。少女はくすくす笑い、再びヒロの食事を見守った。
沖縄、百名伽藍リゾート。夜。
海水浴で長い一日を過ごした後、涼太郎と愛子は休憩することにした。砂と潮風で肌がヒリヒリする。部屋に入ると、物静かな涼太郎は言った。
「疲れたよ。」
「私も。」愛子も同意した。「でも楽しかった。」
「本当に楽しかった。まだ初日だしね。」
「明日は何をしようか!?教えて、教えて!」
「まずは休もう。それから考えよう。先にシャワー浴びる?」
「一緒に。」
自分が何を言ったのかに気づいた愛子は、慌てて右手で口を覆った。涼太郎は目を見開き、頬を真っ赤にした。
「美羽?」愛子は囁いた。「そ、一緒に?」
「そ、そんなつもりじゃなかったの!」愛子は叫び、必死に両手を振り回した。 「だって、私、やったんだもん!」でも、私もしたくなかったの!もう、なんてこと!!
亮太郎は彼女の言葉を理解しようと、何度か瞬きをした。少し考えた後、彼の顔に笑みが浮かび、笑い始めた。最初は控えめだったが、すぐに大笑いに変わった。
「え?何がおかしいの、亮太郎?」頬が熱くなるのを感じながら、愛子は尋ねた。
「あぁ、もう!」笑い声で声がこもった亮太郎は呟いた。「うまいね、愛子!お腹が痛いよ!」
「面白くないわよ!」愛子は抗議し、亮太郎の肩を軽く叩いたが、それがかえって彼の笑いを誘った。
「いや、実はすごく面白いんだ」彼は少し笑いを収めながら言い返した。「高根愛子。本気で言ってるの?」
「あ…わからない」彼はうつむいた。「つい口から出てしまったんだ。」
「正直言うと、愛子、それは魅力的だけど、断るよ。」
「え?マジで?」
「マジだよ」と、彼は真剣ながらも優しい声で言った。「去年の僕の誕生日、覚えてる?君がバニーガールの格好をしたがった時のこと。」
「覚えてるわ。」
「それも条件の一つ。というか、もっと…性的なことを含むものは全部ダメ。」
「キスも?」涼太郎はくすっと笑い、彼女の額にキスをしながら言った。
「キスはダメ。ただ…それまでは舌を絡ませないってこと。」
「分かったわ」と彼女は同意した。「私もそういうキスは好きじゃない。」
「そう?」
「うん。いつもベタベタするし、口臭もひどいし。」
涼太郎は笑った。
「どこでそんなこと覚えたの?」と彼はさりげなく首を傾げながら尋ねた。
「秘密よ」と愛子はウインクしながら言った。 「さあ、シャワー浴びてきなさい!ベタベタだよ!」
「僕?ベタベタ?」涼太郎は笑った。「ほら、君を見てよ。まるでパン粉をまぶしたカツレツにされそうじゃないか。」
「それは些細なことだよ。」
涼太郎は目を丸くして、ニヤリと笑いながら浴室へ入っていった。愛子は頭からつま先まで砂まみれになった自分の姿を見て、小声で呟いた。
「愛子のパン粉揚げ…悪くないかもね。」
雄太は自分だけが取り残されたと思っていた。
宏は自分が迷惑をかけていると思っていた。
愛子は二度と笑えないと思っていた。
良太郎は誰も救えないと思っていた。
だが、
彼らは皆、間違っていた。
人生を作るのは、
通り過ぎていく人ではない。
残ってくれる人たちだ。
痛みに気づいてくれる父親。
次の電車を待ってくれる友人。
サンドイッチと温かい飲み物を持ってきてくれる少女。
約束を守るために遠くから駆けつける恋人。
愛はいつも大きな言葉で現れるわけではない。
時には、
小さな行動の中に宿る。
一通のメッセージ。
何気ない会話。
差し伸べられた手。
そして、
「ここにいるよ」
そう言ってくれる誰か。
それだけで、
人は前へ進めるのかもしれない。
きっと、ずっとそうだったのだ。




