これは別れではない。
別れが辛いのは、それが永遠のものに思えるからです。
けれど中には、再会の約束を静かに秘めた別れもあります。
成長するということは、変化を受け入れることです。
怖くても自分の道を選び、大切な人との繋がりを失うことなく前へ進むことです。
この章では、それぞれが新たな一歩を踏み出します。
不安の中に希望を見つける者。
過去のわだかまりを手放す者。
そして、自分でも気づいていなかった想いに気づき始める者。
なぜなら、本当の別れとは終わりではないからです。
それは、新しい物語の始まりなのかもしれません。
東京都世田谷区。ミカの家、午後5時。
授業後、ミカとヒロは同じ地下鉄で帰宅途中だった。車中、二人はあまり話さなかった。ヒロは先生から、昇進のため日本を離れることになった母親のことを話していた。自閉症のヒロは両親にとても懐いていたが、変化を嫌い、故郷を離れることを嫌がっていた。ミカは知らなかったが、ヒロには既に心の中で計画があった。
ミカの家の前で、質素で可愛らしい二階建ての家の前で、ミカはヒロを見て悲しげな微笑みを浮かべた。ヒロも微笑み返した。
「それで、ヒロ、あなたは出て行くの?」ミカは尋ねた。
「出て行くつもりはありません、ミカさん」ヒロは答えた。「東京に住み続けるつもりです。」
「どうやって?」
「えっと…友達と一緒に住むことにしたんだ。僕たちと同じ世田谷に住んでるんだよ。」 ― じゃあ…さよならじゃないの?
― うん、ミカさん。悲しまないで。これからもたくさん会えるよ…
ミカはヒロが何かを隠しているように感じた。何かおかしい。でも、詮索しないことにした。そして、もう一度ヒロの頭を撫でて別れを告げると、ヒロは家路についた。ミカは家に入り、両親と兄に挨拶をして自分の部屋へ上がった。ベッドに横になり、天井を見上げた。お腹に手を当て、指を組んで、かすかに微笑んだ。その日、彼女は仲間たちと授業中、とても楽しい時間を過ごした。放課後も何かしたかったけれど、みんな少し疲れていた。ヒロの状況を知っているのは、ミカとアヤセとアイコだけだった。
― どうして「たくさん」をあんなに伸ばしたんだろう? 「えっと…まさかブルーボックスみたいに、私の家に住み着くなんてことないよね?」ミカはそう言って、お気に入りのアイドルのポスターに目を向けた。「まさか…ブルーボックスみたいに、私の家に住み着くなんてことはないよね?」ミカは部屋の中で天井を見上げながら、一人でくすくす笑った。「こんなこと、漫画の中だけの話よ、バカ!」ミカは心の中で思った。「絶対にありえない!」
一方、ヒロは家に帰り、中に入った。質素で可愛らしい平屋建ての家だった。オレンジジュースと、ヒロの大好物である焼きマグロの香りが漂っていた。家に入ると、母親がソファに座り、湯気の立つお茶を手に持っていた。
「ただいま、お母さん」ヒロは靴を脱ぎ、家の鍵をかけながら言った。「先生とはもう話したよ。」
「おかえりなさい、息子」チエという名の母親は、疲れたような笑顔で言った。「よかったわ。荷物をまとめなさい。もう全部予約してあるから。」
「お母さん…僕は一緒に行かないと思う。」
母親は目を見開いた。驚いた表情で息子を見つめた。
「えっ?」と彼女は小声で言った。「行かないってどういうこと?」
「…日本を離れたくないんだ」とヒロは小声で呟き、家の中から漂うかすかなツナの匂いを吸い込んだ。「やっと新しい友達ができて、小さなグループにも入れたのに。アメリカでまた同じことをしようとしたら、すごく時間がかかる。文化も言葉も違うし…絶対馴染めない。また最初からやり直したくないんだ。」
ヒロは足元を見つめ、深呼吸をしてから言った。
「お母さん…吉田さんと一緒に暮らさせてくれない?」
チエは驚きで目を見開いた。手に持っていたティーカップが手から滑り落ちそうになったが、間一髪で掴んだ。ソファから立ち上がり、カップをコーヒーテーブルに置いたまま、息子のそばへ歩み寄った。
「吉田さん?」とチエは息子の目線に合わせてしゃがみ込みながら尋ねた。 「あのミカちゃんの家族?」
「そうだよ!」ヒロは飛び跳ねながら母親を見つめて叫んだ。「お母さんとミカちゃんのお母さんは友達なんだよね?」
千恵はしばらく天井を見つめ、考え込んでいた。実は、自閉症のミカの母親である吉田遥とは、ミカの母親が世田谷のこの地域に引っ越してきて以来、ずっと親しい友人だった。そして、ミカの母親は以前から、何か頼み事があればいつでも頼っていいと言ってくれていた。
「ええ、そうよ」と千恵はついに口を開いた。
「じゃあ!」ヒロはまた飛び跳ねながら言った。「彼女と話してみろよ!」
「話せるよ。でも…」ここで千恵はヒロの肩に手を置いた。「ヒロ、息子よ、本当にここにいたいの?一人で大丈夫なの?」
「今年で17歳になるんだ」ヒロは千恵の手に自分の手を重ねながら答えた。「そろそろ自分の面倒を見なきゃいけない。薬をちゃんと飲んで、ちゃんと寝て、吉田家のみんなをできる限り手伝うって約束するよ!」
千恵は涙ぐみながらも、誇らしげな笑顔でヒロを見つめた。ずっと自分の庇護が必要だと思っていた息子が、今、自分の翼で飛び立とうとしている。千恵はヒロをぎゅっと強く抱きしめ、感情がこみ上げてくる声で囁いた。「私の小さな息子…こんなに大きくなったのね。ヒロ、本当に誇りに思うわ。」
「痛い!」ヒロは強く抱きしめられてうめいた。
「わかった、ハルカに話してみるわ!」千恵はそう言って携帯電話を取り出した。「彼女が受け入れてくれるように祈っててね。」
「きっと受け入れてくれるよ!」ヒロはそう言って自分の部屋へ向かった。「ミカさんには何も言わないように伝えておいて。サプライズにしたいんだ。」
そう言ってヒロは自分の部屋に駆け込み、ドアを閉めた。ドアに背中を預け、深呼吸をして笑顔を浮かべ、急いでリュックサックに荷物を詰め始めた。リュックサックには、着替え、ノート、スケッチブック3冊、そして最後に、凛太郎と薫子のフィギュア2体を入れた。
「故郷を思い出させてくれるから」と、ヒロは二つの小さな人形を見つめながら微笑み、リュックサックにしまった。
ジッパーに指をかけたが、一瞬閉めることができなかった。自分の部屋、見慣れた物たちをもう一度見つめた。そして、微笑みながらジッパーを閉めた。この決断がすべてを変えることになる。
そして彼は、一瞬一瞬を大切にしたかった。
一方、はるか遠く離れた場所では……
大阪、千早赤坂記念公園。同じ時刻。
ベンチに座ったエルケと亮太郎は、今起こった出来事を整理しようと、黙って黙っていた。ドイツ人女性の泣き声は止まっていたが、目はまだ赤く腫れていた。ウォータープルーフのメイクをしていたため、化粧は崩れていなかった。
「わからない…」エルケは沈黙を破り、囁いた。「どうして許してくれたの?私があんなにひどいことをしたのに…」
「僕は恨みを抱くタイプじゃないんだ、マイヤーさん」亮太郎は答えた。「少なくとも…そうするように心がけている。それに…敵を愛することを学んだんだ。」
「どうして?」エルケは尋ねた。
「もし僕が友達だけを愛していたら、何がいけないんだ?誰だって友達を愛し、敵を憎むだろう。でも、母がいつも言うように、僕はただの人間じゃないんだ。」
エルケは恥ずかしさからしばらく地面を見つめ、こう言い張った。
「でも…私はあなたが彼女への愛を疑うように仕向けたのよ!」「あなたを危険に晒したの!どうして私みたいな人間を愛せるの?どうして許してくれるの?」
「エルケ」と涼太郎が呼びかけ、彼女は彼の方を向いた。「僕は人生でたくさん苦しんできた。僕が望むのは、誰にも苦しみを与えないこと。特に、僕のせいで苦しませたくないんだ。」
そして彼は彼女の肩に手を置き、優しく微笑んでこう締めくくった。
「じゃあ…僕の許しを受け入れてくれ。前に進もう。本当に後悔しているなら、やり直せばいい。それに…もしかしたら、僕たちは良い友達になれるかもしれない。」
エルケの目に再び涙が溢れた。どうしてこの少年は、自分のような人間にこれほど深い思いやりを持ってくれるのだろう?彼女には理解できなかった。憎しみや怒りではなく、慰めや愛を期待していたのに。しかし、彼がそう言ってくれたことで、彼女は信じられないほど心が軽くなった。
「あなたの彼女は本当に幸運な人ね」エルケは疲れたような、どこか感傷的な笑みを浮かべながら囁いた。
「僕こそ幸運だよ、彼女がいるんだから」涼太郎は立ち上がり、手を差し出した。「さあ、行こうか。もう暗くなってきたし」
エルケは差し出された手を見つめ、一瞬ためらった後、その手を取った。涼太郎の手は少し荒れていて、たこさえあったが、温かかった。物静かな涼太郎は彼女を立たせ、二人は出口へと向かった。そこで、ドイツ人女性は涼太郎に自分の電話番号が書かれた小さな紙切れを渡した。
「もし話したくなったら」エルケは説明した。「もちろん、下心はないわ」
「これからどうするんですか、マイヤーさん?」涼太郎は純粋な好奇心から尋ねた。
「京都に行くの。あの…変な男たちが…勉強を続けるには京都に行った方がいいって言ったの。それに、友達がしばらく泊めてくれるのよ」
「わかった」亮太郎は視線をそらしながら囁いた。「じゃあ…さようなら、マイヤーさん」
「さようならじゃないわ、亮太郎くん」エルケは自転車に跨りながら言った。「ただの『またね』よ。いつか必ず戻ってくるから」
エルケは振り返って、亮太郎に手を振りながら家路についた。角を曲がったところで、亮太郎はため息をつき、弥彦の墓の方を見た。
「弥彦、きっと俺を誇りに思ってくれるだろう」彼はそう呟き、一瞬、返事が聞こえたような気がした。
東京都山王市。ジュンの家、午後7時。
ドラマーのジュンはちょうど帰宅したところだった。昼間はひどく眠かった上に、夜中に何度か眠気に襲われたものの、夜通し眠らずに過ごした。玄関の敷居をまたぐ前は笑顔だったが、中に入るとたちまち表情が曇った。
「あぁ、最悪だ…」と彼は呟いた。
「おかえり!」ジュンの母、タエコの声がした。「大丈夫?」
「まあまあだよ」と彼は答え、ダイニングルームへ向かった。
そこには母のタエコと、ジュンの姉、コハナがいた。ジュンはテーブルの端に座り、両手で顎を支えた。
「どうしたの、ジュン?」タエコは心配そうに尋ねた。「モチが食べられなくなった時みたいな顔してるわよ。」
「また振られたんでしょ?」コハナはニヤリと笑いながら尋ねた。
「うるさいよ、コハナ」ジュンは小声で不満を漏らした。「ただ…ちょっと恥ずかしい思いをしたと思うんだ」
「どうして?どうしてそう思うの?」タエコは首を傾げて尋ねた。
「僕…学校で友達と一緒だったんだ。僕とミカ、アヤセ、アイコ、ヒロ、ユウタ、ナタリア、そして僕。ユウタがすごく面白い冗談を言って…それで笑いすぎて足がふらついて、顔から転んじゃったんだ。みんなの前で。みんな笑ったよ」
「みんな?!」タエコは信じられないといった様子で尋ねた。「友達まで?!」
「違う!友達は違う!」ジュンは慌てて言った。「でも周りのみんなは笑ったんだ」
タエコはほっとため息をついた。息子の友達はいい人たちだと分かっていたが、母親の心の中にはまだ少し疑念が残っていた。優しく微笑みながら、彼女は尋ねた。
「ナタリアはどうだったの?」 ―えっ?―ジュンがやったんだ。―彼女は?
―君が転んだ時、彼女はどうしたんだ?助けてくれたし、ただそこに立って見ていた…一体何をしたんだ?
ジュンは視線をそらし、転んだ瞬間を思い出した。周りのみんなは笑っていたし、友達同士は睨み合っていた。でもナタリアは…違った。
―大丈夫?―彼女はそう言って手を差し伸べた。―怪我は?
ジュンは彼女の表情を鮮明に覚えていた。心配そうな瞳、差し伸べられた手、そして優しい微笑み。彼女を見ているだけで、ジュンの心臓はいつもとは違う鼓動を刻んだ。
―彼女は…―ジュンは囁いた。―助けてくれたんだ。手を差し伸べてくれたのは彼女だけだった。そして…彼女は僕を…あのエメラルドグリーンの瞳で…
そして、気づかないうちに、ジュンはため息をついた。情熱的なため息で、頬まで赤く染まった。コハナとタエコは顔を見合わせ、同時に言った。
「あなた、恋してるのね…」
「えっ!?」ジュンは不意を突かれて叫んだ。「違うよ!」
「いいえ、してるわよ」コハナはウインクしながら言い返した。「顔を見ればわかるわ!」
「あらまあ!」タエコは片手で顎を支えながら言った。「すっかり恋してるのね」
ジュンはテーブルに頭を打ちつけ、真っ赤になった。
「お前ら、本当にどうしようもないな」ジュンは首の後ろに手を当ててぶつぶつ言った。
「落ち着いて、弟くん」コハナは言った。「これからもっとひどくなるわよ」
ジュンは顔を手で覆った。
「もうダメだ…」
ヒロは別れを避けようとしていると思っていました。
しかし実際には、自立への第一歩を踏み出していたのです。
誰かに言われたからではなく、自分自身の意思で未来を選ぶ。
それは簡単なことではありません。
けれど、その勇気こそが成長の証です。
一方、涼太郎は再び優しさの強さを見せてくれました。
憎しみを返すことは簡単です。
けれど許すことは、とても難しい。
それでも彼は過去に縛られることを選びませんでした。
そして――純。
本人はまだ否定しているかもしれません。
ですが、お母さんは気づいています。
お姉さんも気づいています。
読者の皆さんも気づいているでしょう。
おそらくナタリアも、そのうち気づくはずです。
恋心というものは不思議です。
ある日突然訪れることもあれば、小さな優しさや何気ない思い出の中で、ゆっくり育っていくこともあります。
この章で描かれた出来事は、それぞれ違うように見えて、実は同じテーマに繋がっています。
変化です。
人は変わります。
関係も変わります。
人生も変わります。
けれど、それは終わりを意味するわけではありません。
むしろ、新しい始まりを意味しているのかもしれません。
だから――
これは「さようなら」ではありません。
ただの「またね」です。




