リスタート
無欠革命から1か月半近くが経過した。
革命の後、様々な人の尽力により、国は従来の絶対王政から、他国で見られる議会政治へと移行した。その過程で身分制度を始めとする様々な因習は、形式的には無くなった。とはいえ、身分差別そのものが無くなったわけではない。賤民に対する蔑視は、根強く残っている。
国家のシステムが変わろうと、人々の価値観までもが劇的に変化するわけじゃない。
今日も変わることなく、世界は不平等だ。多分、世界が平等になることは未来永劫無いのだろう。
それでも、昨日よりは確実に平等な国が実現されていった。
「ごめん、2人とも。遅れちゃった」
予定より10分ほど遅れて、シキは絢爛豪華な王宮の一室に入ってくる。仕事が予定よりも長引いたのだろう。シキが待っていた俺とオロチに謝ると、オロチは意地の悪い笑みを浮かべて答える。
「いえいえ、お気になさらず。女神様は、さぞかしお忙しいでしょうから」
国家変革は実質的にタイガが主導した。しかしシキは王家の知名度と恵まれたルックスを活かし、革命の”顔”として国家改革に貢献した。その影響でシキは国民から非常に高い人気を博しており、一部からは”女神様”なんて呼ばれている。
「その呼び方やめて!!ただでさえこそばゆいのに、あんたらから呼ばれたゾワァってなる」
「いずれ慣れるだろ。”神童”の次は”女神”か。なかなかいいネーミングセンスだよな」
「だろ!考案したの、僕なんだぜ」
オロチは褒めろと言わんばかりに胸を張る。その胸ぐらをシキが鬼の形相で掴む。
「あ、ん、た、の、仕業かー!!!」
「どーどー。喧嘩してないで、とっとと要件を済まそう。シキは忙しい身だ。それに、今日を逃せば、また一年待たないといけなくなる」
俺達が今日集まったのには訳がある。俺が俺自身にかけた、不老不死の魔法を解呪するためだ。
不老不死を解除するための必須にして最難関の条件である、時間魔法と『愚人の蒼玉』による膨大な魔力はクリアした。だが、条件はそれ以外にも幾つかある。その幾つかある条件の一つが、日付だ。不老不死の魔法は3月31日でしか解けない。
理屈は分からないが、不老不死の魔法は3月31日に、僅かな綻びが生じる。その状況でないと、不老不死の魔法を解呪することは難しい。
「取り敢えずオロチは、『愚人の蒼玉』が埋め込まれたお前の義眼を魔法陣の上に置いてくれ。改めて説明しておくが、解呪の儀式によって『愚人の蒼玉』は十中八九壊れる。それでもいいな?」
オロチにとって『愚人の蒼玉』が埋め込まれたその義眼は、経緯はどうであれ、過酷な環境を変える力をくれた蜘蛛の糸。それを壊れるというのは、嫌ではないのだろうか?
そんな心配を、オロチは一笑に付す。
「その義眼は僕が大嫌いなクソ女からのプレゼントだ。壊れてくれてが清々する。それに、シキが新しい義眼を用意してくれたからな」
シキは鞄から小さな箱を取り出し、中身を渡す。
「はい。これがオロチの新しい義眼よ。希少な宝石を使って製作した、特注の義眼。大切に扱いなさいよ。費用はタイガさんが出してくれたわ。初心を思い出してくれたお礼、だってさ」
オロチは手渡された義眼を、早速に嵌め込む。燃えるように赤い瞳をしたオロチと目があった。
「赤色にしたのか。今までは青眼だったから、見慣れないな。まぁでも、似合っているぜ」
お世辞でもなんでもなく、本当によく似合っている。オロチの白い肌と鮮やかな紅の目が芸術的なコントラストとなっており、美少年ぶりに磨きがかかった。言葉では表現しづらいが、あるべき姿に戻ったようにすら思える。
新しい義眼の瞳が赤色であることはオロチも知らされていなかったらしく、目を丸くする。
「へー、赤色にしたのか。生憎と目が見えないから、言われるまで気づかなかったよ。あ、誤解がないよう言っておくと、『女神』ではなく『目が見』って言ったんだからね。シキのことを呼んだわけじゃないよ」
「文脈から分かるわよ!寧ろ、言われるまで気づかなかったわよ。で、お気に召したかしら?」
オロチは微かに口角を上げる。本当に、ほんの僅か。
「生憎と僕には審美眼がないから似合っているかどうかは分からないけど、いいね。アガる。これからは、文字通り目の色を変えて頑張るよ」
オロチが義眼を気に入ってことに、シキはほっと安堵の息を漏らす。
「それじゃ、本題に戻りましょう。私はこの『愚人の蒼玉』を媒介にして、時間魔法”再生”を発動するだけでいいの?」
「あぁ。不老不死の魔法は、例えるなら、俺の肉体に流れる時間に蓋をしてせき止めているようなもんだ。”再生”はその蓋を壊す魔法。一度その蓋を壊せば、時間は再び流れ出す。いつでもいいぜ。1000年前から覚悟はついている」
シキは珍しく緊張した面持ちで、詠唱を唱える。
「身を削り時を刻む白檀の薫香 揺蕩い漂う鉄鋼の振り子 いと崇高なる時の神よ 彼の者に褒賞を与え給え ”再生”」
シキの声が、静かな部屋に響いて消える。時が止まったかのような沈黙が、場を支配した。
「えっとぉ、成功したの?何か起きたようには見えないけど」
恐る恐る、シキが尋ねる。視覚的には何も変化が起きていないから、成否が分からないのは当然だ。
「成功だ。だろ?オロチ」
「ん。シキの魔力がクレインの体内に干渉を及ぼしたのを感知した。ま、クレインを殺せば確実に分かるよ」
「それ俺死ぬじゃん」
シキは全身の力を抜けたようで、膝を地面につけ胸を撫でおろす。
「よかったぁー。てっきり失敗したかと」
「肉体は17歳のままか。ラッキーだな。もしこれまで生きた年数が肉体に反映されていたら、骸骨になっていただろうよ」
「確かに。10014歳の老害だもんな」
「誰が老害だ、誰が。あと、0が一個多い。1万前は農耕が始まったくらいだぞ。俺は1014歳だって…あっ。俺今日誕生日だから、1015歳だわ」
オロチとシキは口をあんぐりと開けて、同時に俺を見る。
「今日!?そういうことは早く言いなさいよ!ていうか、今の今まで今日が自分の誕生日だって忘れてたの!それくらい覚えときなさいよ」
そうは言われても、俺は千年以上生きている。つまり、誕生日を千回以上経験している。それだけ経験すれば、誕生日の特別感など薄れてしまう。そもそも年を取らないので、誕生日なんて気にする必要もない。
いや、違うか。
俺が誕生日を忘れていたのは、ずっと一人だったからだ。数百年間誰からも誕生日を祝ってもらう機会が無いから、いつの間にか忘れてしまっただけだ。
なら今はどうだろうか?
俺の誕生日をごく当たり前に祝ってくれる奴が、目の前に少なくとも2人いる。
長い間胸の底でつっかえていた何かが、とれた気がした。これも魔法の効果だろうか?
オロチはポッケトから『本日の主役』と書かれたタスキを俺に渡してくる。まさかと思うが、普段からこのタスキを持ち歩いているのか?それともオロチのポケットは、某青ダヌキの代物なのか?
普段ならそんな自己主張の強いタスキ、絶対に嫌だ。
だが今日は、今日くらいは肩にかけてやる。シキからの恐らく豪華すぎるであろう誕生日プレゼントも、笑顔で受け取ってやろう。
なんせ、久方ぶりの誕生日だ。
薄紅色の桜がひらひらと宙を舞う。入学式した時のように。不思議と、以前より美しく思えた。
これで最終回となります。ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございました。
元々は15話くらいを軽くやる想定でしたが、倍近く伸びてしまいました。
反省点は山ほどありますが、私としては結構楽しくかけたので良かったです。次回作も、書けたらいいな。
繰り返しになりますが、読んでいただき、本当にありがとうございました。




