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10 七転八起王子

「今度はどこにするんだ? まさか帝国に戻りはしないだろうな」

「まさか。あなたが戻りたいなら戻ってもいいのよ? 今なら許してやるから戻って来いって手紙が来てたわ」

「…俺たちの居場所、ばれてるじゃないか」

 フレデリカは手紙の腹立たしい文面を思い出し、皇城に向けて隕石でも落としてやろうかと思った。



 かつては帝国の守護者と呼ばれた、月隠(つごもり)の魔女フレイと蒼月の騎士ジョシュア。

 ジョシュアは帝国で一、二を争う騎士で、青白く輝く銀の髪とその鋭い剣さばきの美しさから、先代皇帝から「蒼月の騎士」の名を賜った。


 ある古い城に攻め入った時、自分の剣が折れたジョシュアは手近にあった誰の物とも知れぬ剣をつかんだ。ところがそれは長い間その城に封印されていた呪われた剣だった。ジョシュアは剣に意識を乗っ取られ、敵も味方も関係なくひたすら殺しまくったが、それを同行していたフレデリカがぶん殴って正気に戻したことがあった。

 その後もその剣を鞘から抜けば、周囲にいる者全てを殺めずにはいられなくなる。剣を谷底に捨てても戻ってきて、家に置いて頑丈に鍵をかけ、別の剣を持って出陣しても気がつけばその剣が手の中にある。こうなれば呪いを解くしかないのだが、

「これも何かの縁だから、その呪い、解いてあげるわよ」

とフレデリカが言ってもジョシュアは頑として受け入れず、

「呪いくらい自分で解けてこそ本物の騎士だ。俺をおまえの弟子にしろ」

とフレデリカの元へ押しかけてきた。

 弟子など取る気はなかったのだが、あれだけの腕を持った騎士が簡単に剣に乗っ取られ、ぶんぶん剣を振り回すのを見て、さすがにこれは放っておくにはやばすぎる案件だと察したフレデリカは、弟子という名目で呪いの見張り役を引き受けた。

 以来ジョシュアはフレデリカの弟子として行動を共にしている。


 凄腕の騎士にかかった殺戮の呪いは極秘事項とされた。厄介な呪いが解けるまで帝都から離れて安全を図ると言ったのに、事情を知らない者達の間では魔女が帝国一の騎士を誘惑し、逃亡したと噂されるようになっていた。

 元はフレデリカの真っ黒な髪を見た先代皇帝が「月のない闇夜のようだ」と笑い、新月になぞらえて「(つごもり)の魔女」と呼んでからかっていたのだが、今や帝国の蒼き月を隠した月隠(つごもり)の魔女と言われるようになり、フレデリカは憤慨していた。

 そこへきて、ちゃんと事前に話を通しておいたにもかかわらず、世間の噂を真に受けた若き皇帝がフレデリカを罪人として捕らえようとした。それが元で大げんかの末、帝国と絶縁してもう二年になる。

 逃亡罪だと暗殺団を送ってきたせいで怒ったジョシュアが剣を抜き、呪いが発動、やり手の殺し屋二十人があの世に行った。おかげで呪いの解除がさらに遅れたというのに、今更あんな手紙を送ってこられても…

 皇帝が許しても、フレデリカは許すつもりはない。

「戻りたいならその程度の呪い、とっとと解除してあげるけど」

「おまえが戻らないなら、俺も戻らない。絶対自力で解除して、約束を果たしてもらうからな」

「はいはい。頑張ってねー」

 旅の途中、酔った勢いで約束し、ジョシュアが自分の手で呪いを消せたなら、フレデリカはジョシュアのプロポーズを受けることになっている。弟子入りに下心があったと聞かされ、呪われてる身でありながら不謹慎ではあるが、剣以外は無頓着なジョシュアにしては頑張った方だろう。


 フレデリカの指導の甲斐もあり、あと一年もすれば呪い自体は解除できそうだ。ただし、あの剣を抜き、人を殺めればまた呪いはぶり返す。この国でも何度剣を抜きそうになり、何度フレデリカが止めたことか…。すぐに殺そうか、と言うあたり、剣の呪いのやる気が半端ない。王族皆殺しなんてされてしまったら、行くところがなくなってしまう。

「じゃ、次の旅は…、西!」

 もうしばらく、弟子との旅は続きそうだ。



 翌日、フィリッポより先に兄で王太子のジョエレがやってきて、弟の不始末を詫び、慰留を求めたが、フレデリカの気持ちは既に次の国に向かっていた。

 喜び勇んで金貨千枚を持って来たフィリッポは、にこやかに出迎えたフレデリカに機嫌を良くし、兄の目の前でどや顔で契約書を交わした。

 フレデリカは金貨千枚を手にすると、既に待機していた馬車に乗り込み、そのまま街からいなくなった。



 聖水が補充されなくなると、浴槽の水は一週間もしないうちに腐り始め、スライムは透明度を落としていった。最初は売れ行きは順調だったが、本物を知る公爵家からは「表面がガタガタで、なめらかさが全然違う」と二度目の注文はなく、他からも時間が経つ毎に評価は下がっていった。

 一月もしないうちにスライム達は死ぬか元の色が戻っていき、あのぷるぷるのシートを手に入れることはできなくなった。

 フレデリカの店の裏にあった小屋のスライム達は、与えられた普通の草だけでは満足せず、檻を壊して脱走し、付近は野良スライムの出現する危険地帯となった。


 その罰としてフィリッポは王族から除籍され、国外追放となったが、五年後恩赦で国に戻ると、フレデリカの残した家でスライム研究に没頭し、後にスライムの無毒化に成功した。

 治療効果までは生み出せなかったが、レブラント王国ではスライムが新たな食材として注目されるようになっている。






お読みいただき、ありがとうございました。


この話の元ネタは、言わずと知れたハイドロコロイドの絆創膏です。

いつもJ社やN社他、市販製品を愛用しております。(礼)


この話はもちろんフィクションです。

この話ではスライムの成分が傷の体液を吸い、ばい菌や異物、毒に呪い、しみまで食ってしまう。

それはスライムだからです。

実際の医療製品は、それぞれの説明をしっかり読んでご使用ください。


毎度のことながら、気の向くままに修正します。

ご容赦のほど…。


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