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後編

女騎士団長、ドラゴンレディ“ローズ”から見た悪役令嬢ライラの婚約破棄。その裏側。

この地を治めしは“始まりの竜”。汝、始まりの竜に連なる者。汝、叛くことなかれ。汝の身に流るる血、その“運命”に。汝は竜。探せ、己が運命の“片割れ”を。そして───。


「頭に響いたそのモノローグを聞いたとき。私はそれを呪いだと思ったよ。

何時か自分を人でなしにするその相手を。運命なんて綺麗な言葉で呼びたくはないと。」


彼女、ローズ・ホーセズネックという人間は己が創られた存在だと自覚している。

この世に生まれ落ちたその日から彼女は最初からローズ・ホーセズネックという存在だった。


電子の盤上遊戯。ある世界では一大ジャンルを築く乙女ゲーム。そのなかに埋没する『恋は月の下で花開く酔夢──』という物語があった。


科学ではなく魔法が存在する世界。女王治めるドラッヘ王国。竜が人になり興した国で。主人公は王家の傍系たる家に生まれた竜の先祖帰り。竜は雌雄同体な生き物。


男であり女たる、彼/彼女は。その身に流れる血の為に膨大な魔力を持つが。扱いを知らないが故に王国の首都にある学園でその身に秘めた魔力の扱いを学ぶという。


ローズが何故それを観測者視点で識っているのかというと彼女が人であり、竜でもあるからだ。


ドラッヘ王国の勃興の祖たる始まりの竜の末裔にして。先祖帰りであることでローズは様々な事情を知っている。どうにもこの始まりの竜には友が居たのだが。


それは己を、ニホンから来た現代人だと称していた。脆弱で貧弱で。生物の頂点であり到達点であった始まりの竜に尊敬する態度はまったくなく。


無礼千万で。そして竜の最初で最後の友だったのだ。始まりの竜は友が居たから国を興した。


高い水準で教育を施されて、なによりも穏和な性格だった友が語るニホンの地に。決して生きては帰れぬ友の為。友が生きられる場所を与えたかった。それこそニホンのような国を。理想郷を。


····本当は始まりの竜には友をニホンに帰すだけの力はあったけれど。竜は強欲で。とんでもなく寂しがり屋な生き物だったから。

初めて出来た友をどうしたって手放してやれなかったから。


代わりに国を造ったのだ。それさえあれば友はずっと自分の側に居てくれる筈だからと。

だから本当は国を興したのは友の為ではない。自分の為だった。竜とは傲慢で独善的で。


ずる賢い生き物でもあったから。


ニホン人だった始まりの竜の友が自分の/竜の為に。造られた国を見てどう思ったのか。それを語る記録書はあまりに少ない。


大概の記録書はニホン人だったことは伏せ(或いは時の流れのなかで忘れ去られ)。そして、大いに脚色と誇張がされた言葉が載る。


『───嗚呼、なんて貴女は偉大な御方か。我が懐かしき故郷をこのような素晴らしい形で。この卑小な我が身に再びお与えになられるとは!』


八翼の翼を持った赤い竜に人間が手を差し伸べる挿し絵と共に語られるそれは。王家の記録書ではまったく内容が異なることを知るものは少ない。


嗚呼、けれども。生まれ故郷と無理矢理引き剥がされた人間が代替え品など望むものだろうか。まして、心の底から喜ぼうか?


答えは否。

王家の記録書では彼女はこう告げたのだ。


『────どうして。』


たった一言。ただ、一言だけ。ニホン人である始まりの竜の友は。それだけを口にしたのだ。日を置かず。始まりの竜の友は病を患い。死の間際に始まりの竜に告げた。


全部、憶えていてと。自分たちのこと。私のことを。ずっと、ずっと。その血が続く限り。その血を継ぐ者すべてに刻んでと。


そう語り。目を閉じた始まりの竜の友に始まりの竜は口を開き。名を呼ぼうとした。そして絶句する。友の名前が分からなかった。


始まりの竜の世界には自分と友しかいなかった。自分と友とその他大勢という区分しかなかったのだ。


友だけが孤高だった竜の特別だった。対等であることを認めた存在で。唯一無二の宝だったから。

だから始まりの竜は己の友を。ただ友と呼べば事足りた。竜の友はこの世で一人きり。ただ一人きりだった。


その友は己をなんと呼んでいた───?


ああ、友は己をニホンの言葉で。帰りたがっていた故郷の言葉で呼んでいた。始まりの竜にはその言葉がなにを示すのか分からない。


ただ友の口から奏でられる音の羅列に。笑みで紡がれるその音に。ひたすらに聞き惚れていたのだ。

友の口から零れる己の名があまりにも美しかったから!


それは星の鼓動、かそけき風の囁き。雲雀の歌声。嗚呼、嗚呼、そんな陳腐な言葉では到底言い表せぬ程に!友が呼ぶ己の名は美しかった!!


嗚呼、どうして名を聞かなかったのだろう。名を呼べと揺するだけで。己はたった一人の友に名を聞き返さなかった。呼びたかった。友の名を。呼んでやればよかった。


例え、友が。それを望んでいなかったとしても!自分だけは呼ぶべきだったのだと後悔した。


けれども竜が友の名を呼ぶことはもう叶わない。その日、始まりの竜は生まれて初めて涙を流した。子供のようにわあわあと泣いて、哭いて。そして涙が枯れ果てたとき。


始まりの竜は呪いを掛けた。自分に連なる者。己の末裔に。汝、忘れることなかれ。すべてをと。


竜は雌雄同体。更に言えば単体で子を成せる生き物。始まりの竜はたった一人で子を産み。

やがてその子供は王と成り。その子供がまた子供を産み。


以来、ドラッヘ王国は竜の血を引く人間が治めてきた。段々と竜の血は薄れていったが。

時折、竜の血が濃い人間が産まれてくる。


それは皆、始まりの竜と同じ雌雄同体ながら意識は女性寄りで。彼女たちはいずれも始まりの竜の呪いによって。始まりの竜と友のことを生まれ落ちた時から識っている。


同時に強い衝動が彼女たちには植え付けられるのだ。始まりの竜が。友に出逢ったように。


彼女たちは呼吸をするように己の片割れを望んだ。彼女たちはその片割れを運命と呼んだ。

友や恋人。そんな名の付く関係よりも重い衝動を抱く相手を運命と。


彼女たちは運命に出会うと竜の性に飲み込まれる。

片割れに、運命に執着して固執する。時にはその身を竜に変じてまで己が運命を守ると。


とても前置きが長くなってしまったけれども。これが全ての下地。ホーセズネック家は王家の傍系。由緒正しき田舎者の貴族。


そんな家に産まれたローズは。王家の人間よりも竜の血が濃い。言わば先祖帰りだった。


それは、まあ。問題はないけれども。ローズもご多分に漏れず。始まりの竜と友のことを生まれ落ちたその時に頭に響く始まりの竜の言葉と身に流れる血の記録。


ローズはそれをニホン流に脳内検索と呼ぶそれで識っているのだが。ニホン人だった始まりの竜の友は所謂ゲーマーで。なかでも乙女ゲームにお熱だった。


彼女がよく遊んでいたゲームの名前が『恋は月の下で花開く酔夢──』で。始まりの竜にもこと細かく萌えるポイント。


そのストーリー、システムをそれはそれは詳細に語っていた。そのゲームの主人公がどうにもローズらしいのだ。容姿は課金なるもので幾らでも変えられるから。


ゲームで描写された姿とローズの容姿は当てはまらないけれども。ゲーム開始時の暦。家族構成と父母の名前の合致。


更にはホーセズネック家のローズは自分しか居ないので。先ず間違いなくゲームの主人公が自分であることを察したローズは。


うへぇと顔をしかめた。誰が好き好んで九割の確率で破滅しか待ってない主人公になりたいものかと中指を立てた。


というのも『恋は月の下で花開く酔夢──』は学園恋愛モノらしいが。

実際は恋愛モノの振りをした、戦略シュミュレーションと育成ゲームの併合モノ。知識、魔力、体力、武芸、愛嬌、幸運というパラメーターがあって。


これらを攻略対象と絆を深めながら上げていくのだが。パラメーターを一定値まで上げなかった場合。まさかの討伐エンド。主人公、竜になって大暴れからの攻略対象者に討伐される。


この一定の数値が曲者らしく。ランダムで必要な値が変わるので、どのくらい上げれば良いのか分からないのである。前回はこの数値だったから今回も。


なんて甘く見積もると討伐エンド。ちなみに高く上げすぎても竜の血が活性化。からの討伐エンド。


ならば全パラメーターを平均値にすると今度は平凡すぎて攻略対象に見向きもされずに。独身エンド。或いは女友達との友情エンド。


「うん、地獄だな?」


ローズは、脳内検索を掛けると竜の友が。淡々と死んだ目でゲーム攻略の難解さを語る映像が出てきてローズは。そっとニホン人の祈りのポーズを取った。合掌である。


ローズ、時に七歳。知恵熱無しに脳内検索が出来るようになってから決めた。

竜になんてなるものか。バッドエンドなど御免被る。


それからローズの努力は始まった。自分育成計画スタートだ。目指すは誰ともゴールしない、独身エンド。平均的な貴族の令嬢になる為の努力をした。


ところが最初からその計画は暗礁に乗り上げていた。ローズ、鍛えた分だけ強くなる。

全知全能が武芸に特化というか極振り。おい、誰だ。こんな極端なパラ値にしたの。


ローズはバキバキに割れた自分の腹筋に目を遠くした。頭は悪くない。というか平均より良い。愛嬌云々は分からないが。艶やかな赤い髪、褐色の肌。切れ長な金色の瞳。


各パーツが完璧な配列の相貌は将来有望と言われている。それらを悉く台無しにするこの武芸特化マシーンとローズは歯噛みした。


ローズは強かった。王族の剣術指南役だった祖父を倒したのは八歳の時で。ありとあらゆる武芸の師のプライドや自尊心や誇り。え?ぜんぶ同じ意味だって。細かいことは気にしてはいけない。その全てをへし折ってきたローズ。


しかも、あらゆる武芸を修得したせいで触れるものすべてを破壊するキリングマシーン化した。力加減が分からぬ。抱き締めたぬいぐるみはぼろ雑巾。手を突いた壁は穴空き。ちょっと蹴躓いたら地面にクレーター。


歩くだけで一人世紀末伝説状態だ。なお、主人公と覇王はローズが一人で兼任するものとする。

ローズ十二歳。死んだ目をして誕生日を迎えたある日。ローズの母は言った。


「ローズ、人の社会で生きる術を学びに。王都の学園に行きなさい。そして全力で貴女を嫁ないし婿にして良いと言う酔狂な人間を捕まえ。捕獲し、もとい拉致。ンエッホン。お迎えして来なさい。良いですね?」


ホーセズネック家は代々女系。女当主たるローズの母のリリーは。厳かに言い放った。近衛騎士団に入った次期当主たる兄は。

幼い頃に死病に掛かり命を拾いはしたが後遺症で子は為せぬので。


ローズ、或いは伴侶が子を残さなくてはいけない。単体生殖が可能だった始まりの竜の血を引き、雌雄同体の身体ではあったけれどもローズは流石に単体生殖は出来ない。


いや、頑張ればやれそうな気配はするのだけれども。ローズはそこまで人間を辞めたくない。だからといって運命になんか会いたくもない。


竜になるなんて真っ平後免だ。恋なんてするものか。運命などくそ食らえだと中指を立てた。


最初、ゲームと同じ学園に通うよう母には言われたが。ごねてごねて同じ王都にある女学校に入ることなった。


入学して数ヵ月後、ローズは生まれて初めて女友達が出来た。

その少女の名前はキャロル・リバイバー。ローズと対等に武芸で張り合える、人類卒業枠だった。


授業の一環、護身術を学ぶ時間。偶々、別クラスのキャロルと一緒になったのだが。目と目があった、瞬間。二人は拳を交わしていた。


『やりますわね、貴女。』


よろしくてよ、丁度退屈していましたの。お相手になってとはキャロルの口から飛び出した言葉である。


見た目だけならキャロルは精巧な砂糖菓子の如き少女だ。常闇のような黒髪。同色の瞳は黒真珠のそれ。ローズとは系統の異なる美。その極致。

だがキャロルの思考は残念ながら世紀末仕様だった。


なにせ、女学校に入学する前は自分より強い奴に会いに行くと称して全国を巡ろうと画策。

お前は屍山血河を作るつもりかと両親の本気の制止と懇願でどうにか大量の死亡者が出ることは防がれた。


ファインプレーであるとローズは後に思った。


そんな訳で少女漫画の身体に世紀末覇者の魂を詰め込んだキャロルとローズは邂逅。初めて二人は全力で闘える好敵手を得た。


なお、女学校の校庭はクレーターが空いた。複数箇所。大半はキャロルがチェストォと叫びながら空けた。世紀末覇者であり薩摩武士のスピリットまであるのか。属性過多が過ぎる。


ローズが十六才の時に兄が、死んだ。


ドラッヘ王国は長年隣国《砂ノ国》と小競り合いが続いていた。

年々、小競り合いが激化するなか。多くの死者が出る戦いがあり。戦地に出向いた先代の国王を庇い。


ローズの兄、スコーピオンは死んだ。スコーピオンは勇敢な人であった。

名に反して穏やかな物腰ながらも文武両道。平和主義で優しい。自慢の兄だった。


触れるものすべてを壊すローズに。根気強く力加減を教えた人だった。


戦なんかで命を散らして良い人ではなかった。命を奪い奪われる戦場など似合わない。そういう人だった。


明確に進路を定めたのはこのときだ。漠然と女学校を卒業したら領地に戻り。母から当主の座を譲られる。そんな未来を思い描いていたローズは最終学年時。


学業の成績表に刻まれた階位を見て兄と同じ近衛騎士団に行くことを決めた。始まりの竜にあやかって、あらゆるものが翼の数で評される。


一番下が無翼。一翼、二翼と上がっていき最高位が八翼。


他の成績は無翼。しかし武芸と魔力は最高位の八翼なローズは。まるで騎士になるには打ってつけの逸材だった。領地に戻りリバイバー家の家督を継ぐキャロルは。何時でも顔を見せに来なさいなとローズに告げた。


キャロルの生家。リバイバー家の領地は隣国と国境が接していることから。長年、隣国からその領地を巡って苦しめられてきた歴史がある場所だった。

だからこそキャロルは己が領地を守れるだけの力を欲した。


と、言い切るには。治癒術ですか?これはなるだけ長く。相手を殴る為のモノですわと在学中に治癒術師の学位を修めたときのキャロルの高笑う姿が邪魔をしてくる。


自分に掛けるのか。相手に掛けるのか。恐らくは後者だなとローズは察した。相手を回復しては殴り。殴っては回復。基本キャロルは自分の敵には容赦がない女であった。


一瞬で終わらせたら学習致しませんでしょう。どちらが上か。骨身に刻ませなければと微笑む姿は愛らしいのに。その笑みを見たローズは背筋が寒かった。


そんな訳で近衛騎士団に入ったローズは。とんとん拍子に階級を上げていった。田舎者、更には女と侮った者は文字通りに捩じ伏せて。ローズにはそのつもりはなかったのだが。


絡んでくる人間をのしていったら階級が上がっていた。絡む人間が大抵自分より上の階級かつ。騎士団は実力主義とあって。ローズは瞬く間に騎士団のなかで名を馳せ。


二十三歳の時に最年少で近衛騎士団の団長になった。ローズ率いる近衛騎士団は。王族の警護が主な役割だが。激化する隣国の戦いにあって。


ドラッヘ王国の君主。先代から玉座を継いだ現女王ゲンティアナの命で戦地に赴くことが多かった。我が身を守るよりも今は領地。引いては、民を守る時であると女王ゲンティアナは述べた。


ローズは武芸特化なせいで勇猛果敢な理想の騎士と見られているけれども。その実、ローズは穏和で。悲観的で内向的な性格だった。武芸に秀で、適正が極振りしてはいても。


命を奪い奪われる戦場に立ちたくなんてない。人を殺す。殺される光景など。ローズは見たくもなかった。

それでもローズの死んだ兄は騎士として人生を全うした。その命、ある限り。国を、民を守ることに全力を賭けた。


そんな兄の代わりに兄と同じ騎士になってこの国と民を守る。そう決めたから。震える脚を宥めすかして。凄惨な光景に嘔吐しそうな喉を諌め。ローズは懸命に戦った。


けれども心は疲弊するものだから。そんな時はキャロルの許に出向いた。家督を継ぎ女当主となったキャロルは女学校卒業と同時に幼馴染みと結婚し。七歳になる子供が居た。


キャロルの幼馴染みである夫ルイスは病弱で子供が産まれた翌年には死別していた。どうにかあの人に子を抱かせてあげられましたわと。キャロルは己の子を慈しみながら笑った。


キャロルの娘、ライラは母親譲りの艶やかな黒髪に。父親譲りだという紫色の瞳をした愛らしい女の子だった。赤子の頃からお転婆で。それでいてローズによく懐いてくれた。


立って、歩くようになると。ローズがキャロルとお茶を飲んでいれば。ライラともお話をしてくださいませとローズに満面の笑顔でねだるものだから。

ローズはちょっとだけ困りもした。


辺境も辺境。ド田舎な出身のローズは言葉に訛りが。ようは独特な方言が飛び出す。矯正はしたけれどもローズの暮らす地方の訛りがどうにも抜けきらないから。


ローズは無口であると普段は装っている。キャロルは親友で訛りなど気にしないから。キャロルとは素で話せるが。


格好良い大人のおねーさんとローズを思っているライラがガッカリしやしないかとローズは気にしていた。親友の可愛い娘の前では格好良い大人で居たいのだ、ローズは。


もっとも、お転婆なライラが庭の樹にのぼり。枝が折れて落ちるところに出会し。なんて危ない真似をするんよ。うちの心臓が潰れるような真似はせんといてと。


訛り全開で思わず叱ってしまって。ハッとしてローズがわたわたするなか。ライラは目をキラキラ輝かせ。ローズ様の言葉は柔らかくて。優しくて素敵ですわとはしゃぎ。


もっと聞かせてくださいなと笑う姿に。ローズはトスッと胸を打ち抜かれた心地がした。


「私は、戦うのは嫌いなんだ。命の取り合いなんて正直くだらないと思ってる。···なぁ、ライラお嬢さん。戦場では気が良くて勇敢な奴から死んでいくんだ。」


そして私みたいな臆病モノだけがなんでか最後まで残ってしまうのさ。何時も思うよ。


「───なんで私が生き残ってしったんだろうって。本当なら私みたいモノからはやく死ななきゃいけないって分かってるんだがね。ライラお嬢さんは笑うかな。こんな弱虫の私を。」


その年、隣国からの一方的な宣戦布告で隣国と接していたリバイバー家の領地は戦場となった。予め、隣国の動向に目を光らせていたキャロルからの早馬で。ローズたちは直ぐに駆けつけ。


どうにかリバイバーの領地を占有されるという最悪な事態だけは免れた。

真っ先に女子供は捕虜にされる。隣国の捕虜にした女や子供の扱いの悪さは。近隣諸国に知れ渡っていた。


隣国から逃げ出してきた人間を匿うこともある関係から。隣国の悪評が本当のことだと知っていたキャロルとライラは騎士団に、ローズに感謝してくれたが。


震える指先を握りしめる。野戦病院さながらとなったリバイバーの館。

その裏手でローズはぼんやりと一人で月を見上げていた。


臆病なローズは奪った命に。救いきれずに奪われた命の重みが。自分の罪が恐ろしくて罪悪感で今にも潰れそうだった。


リバイバーの館は騎士団の臨時基地として提供され。重傷者が運び込まれる。リバイバー家の人間は総出で炊き出しをしたり。治癒術が使えるキャロルとライラが怪我人の世話をしていた。

どうにか一息つけたのだろう。


ローズが居ないことに気付いたライラが館の壁に背を預けて。月を見ながら踞るローズを見つけた。

ローズの口許には紙煙草があり。独特な香りにライラは目を瞬かせた。


苦くて、どこか甘ったるく。ローズが好きになれないそれを。けれどもライラは厭うことなくローズの側に寄った。


「ローズ様は煙草をお吸いになるのね。」


「ん。これか。私は、魔力保有値は凡人だが先祖帰りのせいか。魔力を過剰なぐらい生成してまう体質なんだ。魔力を貯めておけないから魔力はみぃんな垂れ流し。」


だから薬を染み込ませた特別製の煙草を吸って、魔力の生成を抑えてるんだがね。ちょっと薬がおっつかないかもだ。


「えらくしんどいわ。と、また訛ってしまった。いかん、だいぶ気が弛んでるな。」


ローズは始まりの竜の先祖帰り。だからか魔力の生成量は膨大で。

けれどもその魔力を長く身体に留めてはおけない体質だった。


「ローズ様は私とは反対ですのね。私は魔力生成値は二翼から一翼と平均かそれ以下ですのに魔力保有値。ようは魔力を貯めておける値だけは大きいのです。位階は八翼ですの。」


「···位階が八翼って一番、上だ。私も魔力生成値は八翼なんだ。」


この国、ドラッヘ王国を興した始まりの竜は赤い鱗に覆われた八翼の竜である。

だから位階が翼で表されるのと同じく。始まりの竜に準えてこの国では赤色が最も尊ばれる。


ローズは騎士団きっての魔術の使い手で。たった一人で二十人掛かりの大規模な魔術を行使する。戦場にあって空中に佇み。無数の赤雷を操るその様から国の名。


そして、最も尊ばれる赤色の髪を持つことから始まりの竜に重ね合わせ。ドラゴンレディと敵対者には畏れられた。

ローズはただ魔力が多いだけの臆病者だと言うのにと自嘲した。


紫煙をくゆらせるローズの目は虚ろで。心だけが何処か遠くに行こうとしていた。

死の影に今にも絡め取られそうなそのときに、ライラがローズに抱き着いて。何処にも行かないでと必死に訴えた。


「····嗚呼、ライラお嬢さんはこんなどうしようもない私でも死ぬのを惜しんでくれるのか。」


震える、小さな。温かい身体。必死にローズにしがみつくライラに。ローズは無性に泣きたくなった。そしてローズは訥々と胸中に溜まった澱みを吐き出すようにして話始めた。


「私は、死ぬのが怖いよ。全戦全勝。救国の英雄。ドラゴンレディなんて持ち上げられていても。私は今も昔も臆病者な弱虫だからなぁ。」


国王を守り。雄々しく戦場で果てた兄上のようにはなれないと苦悩を吐露したローズに。死ぬのが怖いと。

恐れては何故いけないのか問う。純粋な眼差しで。射抜くような真っ直ぐな瞳で。


「ローズ様。私は、貴女のように戦場に立った経験はありません。それは貴女が私たちを守ってくれていたからです。今日まで、そのことを知りもしなかった私が。なにをと、ローズ様は思われるかもしれません。」


けれども伝えるべき言葉があります。貴女は臆病者でも弱虫でもない。貴女はただ人より優しいだけなのです。命を奪うことも。奪われることも恐ろしいことです。


「それでも貴女は一度でも逃げたことはなかった。自分がそうすれば。助からない命があると理解なされていたからです。そんな貴女がどうして臆病者なのでしょうか。」


貴女は強い。背負ったものを投げ出さずに今日まで抱えてきた。貴女は強くて優しい人です。


「そのことをローズ様だけがお知りではないのね。死ぬのが怖いと思うのは人が持つ当然の権利です。貴女は決して。弱虫なんかじゃありませんよ。」


ローズの見開かれた金色の瞳から涙がほとりと落ちた。救われたと思ったのだ。ローズはそのままで良いのだと。ローズの弱さを。臆病な心を認められた。受け入れてくれた。


そんな人はキャロルを除いて。誰も、誰も居なかったのだ。周囲が望むのは無慈悲なまでに強い騎士団長。完全無欠のドラゴンレディだったから。


ライラはそんなローズに痛いと叫んで良いと許してくれた。

くしゃりと顔を歪め。前髪を乱雑に掴んでローズは声なく慟哭する。何時か、遠い昔に始まりの竜が泣いたように。


ライラはローズ様は泣き方すら知らないのですねとローズの頭を抱え。悲しいことは悲しいと。

苦しいのは嫌だと叫んでも構わないのだと言ってくれた。それにどれだけローズは救われたか。ライラは知らないだろう。


「ライラのお嬢さんには情けないとこを見せてしまったなぁ。」


「構いません。僅かなりとも、ローズ様のお心を慰められたなら良いのだけれど。」


「あはッ。ライラお嬢さんは大人だなぁ。私よりよっぽど人が出来てるよ。今年、お嬢さんは何歳になった?」


「七歳ですわ!」


「え、そんなに幼かったのか??七歳児に慰められる二十四歳って情けないにも程があるなぁ。」


そうか、七歳かぁ。もうそんな歳と見るべきなのか。まだそんな歳だったのかと見るべきか。どちらにしろ子供にすがる自分は流石に格好悪いと肩を落とすと。ライラは元気づけるように答えた。


「ローズ様は情けなくないですわ。私が人より大人だけでもの!!王弟殿下の婚約者という立場にありますから。そういう、立ち居振舞いが求められるのです。」


「王弟殿下の、」


ローズの隣に腰掛けたライラは語る。ドラッヘは現在、女王が治めているが対外的な理由で女王は未婚。


その為暫定的に年の離れた弟である少年が王位継承権があるけれども。家格的に王弟殿下の婚約者になり得る年頃の娘がライラ一人しかいなかったのだと。


十二才になればライラは王立の学園に入る。

恐らくそのまま王宮に入り。二度と、私的にはリバイバーの領地には帰ってこれない。


現女王ゲンティアナに跡継ぎは居ない。異母弟。王弟であるカーディナルが王位を継ぐことになる。その婚約者であるならばライラは未来の国母。


「それに相応しくあれと勉強、勉強の毎日。それを息苦しく感じてうんざりしていましたが。私は私の為すべきことがあると。今回のことで。ローズ様と話してわかりました。」


ライラは立ち上がり。胸に手を添えて真っ直ぐにローズを見詰めた。そこに居たのは幼い少女ではなかった。誇り高く。凛とした一人の淑女の姿があった。


「私は、この国から戦を無くしますわ。ローズ様のような優しい方がもう泣かなくても良いように。この国を強くて豊かな国にする。王妃だからこそ出来ることです。ローズ様、見ていてくださいまし。必ず貴女を私が守りますわ──!」


「どうしてお嬢さんはそこまで私なんかを気にかけてくれるだい?」


「あら、初恋の方を守りたいと想うのは乙女としては当然でしてよ。この身は、この血は、国に余さず捧げます。でも、私の恋心だけはローズ様に差し上げるわ。···どうか私の代わりに大事になさってね。」


そう、微笑み。ローズの騎士服の襟を掴んで。掠めるように口づけて過剰に生成された魔力をローズから奪い。笑いながらライラは駆け去る。その衝撃を。


喉に競り上がるこの衝動を。背骨を貫き、脳髄を震わせる歓喜の名をローズはよく知っている。嗚呼、まさか。そんな。どくどくとローズの鼓動が忙しなく跳ね回る。


ローズは恋をした。幼い少女の姿をした運命に出逢った。何時か己を破滅に導く。

竜に変貌させる相手を見つけた。


君だったのか、ライラ。


あんなに恐れていた筈の相手に。ローズは泣きながら笑っていた。やっと見つけたと心が叫んでいた。手に入れろと本能が。ローズの身に流れる愚かな竜の血が騒いでいた。


だが、ライラを手に入れるには幾重にも障壁が聳えていた。

年齢、性別。なによりもライラの婚約者である王弟殿下の存在。

リバイバー家は今回戦禍に遭って荒れた領地を復興するに当たって支援を王家から請けた。


それはライラが王弟殿下の婚約者であることが大きい。王家の庇護。その見返りに差し出されるのはライラ。

残念ながら、ローズの生家。ホーセズネック家は爵位は低い。婚姻は家と家同士の結び付き。私情は挟めない。


身分だけでは、王弟殿下には太刀打ち出来ない。


(だから、諦めるのか?いいや、いいや。諦めるものか。断じて!)


ローズの胸の奥の一際柔らかなところをライラに奪われてしまったのだから。初恋だ。

ライラ以上に愛せる者などいないと竜の血が、本能が声高にローズに告げる。ライラが己の片割れだと───!

空を見上げた。丸い月があった。ライラも同じ月を見ているだろうか。


「───嗚呼、月が綺麗だな。ニホンではそう片割れにしたい相手に愛を告げるのだったな?ニホンの言葉は私には難解だが。悪くはない。」


ローズは唇を指先でそっとなぞる。甘くて苦い恋の味がしたような気がした。

翌年、現女王ゲンティアナは度重なる隣国の国境侵犯に対し。宣戦を布告する。


ただ耐えるだけのドラッヘからの開戦宣言に慌てたのは密かに砂の国と通じていた武器商人たちと幾つかの国。長引く戦に利を得ていた者たちだった。


ドラッヘに滅ばれては困る。しかし、勝たせる訳にはいかないと画策するが。防戦から一転、攻勢に出たドラッヘの勢いは殺せず。しかし保有戦力は均衡だったドラッヘと砂の国は長期戦にもつれ込み。それから九年間。


そう、九年間だ。ローズは戦地にあった。九年の間にローズの姿は様変わりをしていた。

竜の先祖帰りであるからなのか。二十歳を過ぎても肉体の成長は止まらずに。


三十三歳となったローズは背丈が一八〇センチはある部下を軽々と越す身長で。鍛えられた強靭な四肢を持っていた。容貌にも変化があった。


戦場で部下を庇い。片目を炎弾に焼かれたから、爛れた顔回りを隠すように眼帯を着けていた。前からどうにも人から怖がられていたが。より厳つく、険しい顔になったせいか。


輪に掛けて遠巻きにされるようになってしまった。そんなローズだが変わらないものもある。戦地にも手紙は届く。キャロルを通してライラの手紙が、ローズの許に来る。


子供ぽかった字は流麗になった。学園での生活をいきいきと語るライラにローズは淡く笑う。けれども段々とライラの手紙は陰りを見せる。婚約者であるカーディナルの素行不良。


学園の女生徒と、浮き名を流し。小言を言えば鼻で笑ってくる始末。仕舞いにはライラに人前で罵声を浴びせたと。よーし、プチっと潰してしまおうか。ローズの目は笑っていなかった。


「私の可愛いライラを粗末に扱うかぁ。へぇ、あのぼんくら坊っちゃんは余程命が惜しくはないらしい。」


一度、戦地に視察に来て。嫌々な態度でおざなりに視て回り。金が掛かりすぎると補給物資の調達費用を減らそうとしたカーディナルには騎士団員全員が内心中指を立てていた。


ローズのライラの想いに変わりなかったから。ローズは部下の一人であり、ライラ派の情報士官を呼びつけ。

ちょっとぼんくら。もといカーディナル王弟殿下の周辺を探って来てくれるかと頼むと。


情報士官は爽やかな笑顔で。弱味になる情報を盗ってきますと返した。流石、私と同じライラ派のオタク。よく分かってるなとローズは頷く。


このライラ派というのは文字通りライラ・リバイバーを推している者たちの総称だ。誰が持ち込み、流行らしたか。騎士団員は貴族令嬢名鑑という書物を読んでいる。


ようはドラッヘ王国の貴族令嬢のグラビアだ。ニホンのグラビア雑誌とは違い。健全な絵姿だけなのだが。基本、潤いがない戦地にあって。貴族令嬢名鑑は大いに反響を呼び。


騎士団員は各自推しの貴族令嬢が居るまでになった。その貴族令嬢名鑑にはライラも載っていた。キャロルから時折送られてくるライラの絵姿そのまま。


より、成長した姿にローズは胸を打ち抜かれた。惚れた時が七歳だったライラ。自分には、そんな趣味がと悩みに悩んでたので。成長したライラの姿にときめいた自分にホッとした。


そうか、私はライラだから惚れたのかと。ちなみに推しという概念はローズが広めた。ライラにガチ恋しかけた騎士団員をそれは推しに対する情熱だと摩り替える為に。もちろんローズの推し令嬢はライラである。


そんな訳でローズは部下の情報士官が持ち帰ってきたカーディナルと近辺を固める貴族の子弟に笑顔で切れた。一人の女生徒を巡って争うのはまだ良い。


だが、ライラを蹴落として。その女生徒を、国母に。己の王妃にしようと画策しているカーディナルにローズは切れてはいけないモノが。それは見事に切れる音を聞いたのである。


ローズの身体が軋んでく。


魔力を溢れさせ。赤い鱗が。まるで結晶が育つかのようにローズの全身を覆っていく。

さあ、こんなくだらない戦など終わらせて私はライラを迎えに行くぞ。


だって確かにローズには聴こえたのだ。


ライラの泣き声が。泣いている。傷つけられた私の片割れが。嗚呼、早く迎えに行かなくては。


八翼の赤い竜が空に羽ばたいた。強靭な鉤爪は地を抉り。咆哮は数多の兵士を凪ぎ払い。赤雷を降らし。翼のはためきで雲を引き裂き。赤い竜は戦場に君臨した。


砂の国が全面降伏を宣言したのはこの日の昼過ぎのことだった。


「嗚呼、緊張する!ライラは私を見て私だと直ぐに分かるかな!?怖がられないか?せめて眼帯をお洒落なモノにしとくべきだったかなぁー!?」


「騎士団長、ライラ様は会場に既に入ったあとです。ぼんくら野郎。もとい王弟殿下及び取り巻きも、続きました。タイミング的に今がベストかと思われます。貴女は貴女のままで良いと。そう告げた方を信じなさい。骨は我々が拾います。」


「当たって砕ける前提で話を進めるな···!」


あれから出来る限りのことはした。始まりの竜の血が覚醒化し。竜に転化出来るようになったローズは。ドラッヘ王国の最大戦力として扱われ。望む爵位を女王ゲンティアナから与えられた。


同時に調べ尽くしたカーディナルの素行を。丁寧に丹念にゲンティアナに報告した上で。戦を終わらせた報償としてライラを妻にと望んだ。ライラは女だとなにやら口煩く止めてくる者も居たけれども。


ゲンティアナは竜の性をよく知っていたからライラの意志を尊重して。ローズの求めにライラが応じるのならば。二人の婚姻を認めようと許可した。


そしてカーディナルが婚約破棄を決行すると思われる学園卒業パーティの会場に。ローズは部下を率いて駆け付けた。緊張するローズに副団長であるアイス・ブレーカーは冷静、無慈悲に。


その名のように氷の如き眼差しではやく行けと扉の前でまごまごするローズに促し。ローズは決意を固めて扉を開いた。

ちょうど、カーディナルがライラに婚約破棄を言い渡したところなようだが。


「───私は、カーディナル殿下のようなはなっ垂れはまったく好みではなくってよ!白馬に乗った王子様はお呼びじゃないわ。オスカル様のような騎士様になってから出直してらっしゃい!!」


星の瞬く夜のような黒髪の乙女が。ライラックの花に似た紫色の瞳を凛と真っ直ぐに向け。美しいが軽薄な青年に立ち向かっていた。嗚呼、私の片割れだ。私の運命だと。


その乙女にライラに胸が弾んだ。けれどもライラ。オスカルとは何者なんだと。頭に疑問符を浮かべ。脳内検索を掛けるとなにやら薔薇を背負ったきらびやかな御人が出てきたが。それ以上のことは分からなかった。何者なんだ、オスカル。


それはさておき。ライラに婚約破棄を告げて。更にカーディナルの愛を欲して悪行を行ったとライラを糾弾するも。そもそも貴方は好みではないとライラに言い返され。


ポカンとするカーディナル王弟殿下となにをいってるのかと間抜け面を晒している。男爵令嬢メアリーを見た。アレが元凶か。

本来のローズ・ホーセズネックの居る場所に滑り込んだナニカ。


『恋は月の下で花開く酔夢──』は学園恋愛シュミレーション。その主人公だったローズはその立場を蹴飛ばして異なる道筋を歩いた。

では、空席となったそこに誰が座ったのか。


気にはなっていたが。ローズの代わりに。ゲームの主人公の行動を取っている人間が居た。

それが男爵令嬢メアリーだ。出生記録はなく。更に言えば、ある日突然この世に現れたような不自然な存在。


何者なのか僅かに興味はあるが。ライラを泣かせた。それだけで敵対に値する存在だ。


目を伏せて泣くものかと耐えるライラに国家転覆を謀った大悪女。稀代の大淫婦と囁く周りに目が節穴な輩の多さに鼻を鳴らして。

悪役であることを望まれているのならば。

せめてその通りに華々しく散らねばと呟いたライラに微笑む。


「いいや、ライラお嬢さんに悪役なんて務まらないさ。うん、まったく似合わないのだから止めておきなさい。どう足掻いてもライラお嬢さんは私の可愛いお姫さまだからねぇ。」


ローズは赤い髪を翻して眼帯をつけた隻眼をライラだけに向けて傍目から見れば気だるげにさえ思える笑みで告げた。

ライラが目を丸くし。はくりと声なくローズの名を呼んだ。


「貴方はローズ・ホーセズネック騎士団長?」


カーディナルが此処に居る筈がない人間だとローズの名を呟くと周囲は騒然とする。

うっそりと獰猛な笑みを見せてやれば。簡単に場を掌握出来た。


ドラッヘ王国。近衛騎士団、その頂点。

ドラゴンレディと称されるローズの名を知らない者などこの国には居ないのだから。


「なぁ、ライラお嬢さん。みながみな君をいらないと言うのであれば私がお嬢さんをかっ拐っても構わないよなァ?」


「ローズ、さま。」


「お嬢さんの価値をわからん輩にお嬢さんは勿体ない。だから、私がお嬢さんを貰う。嗚呼、女王陛下には許可は得ているよ。だからな、あとはお嬢さんの気持ちひとつあれば私がお嬢さんを拐ってあげよう。····なぁ、ライラお嬢さんはどうしたい?」


ライラはローズの投げ掛けた言葉に。唇を震わせた。泣くのを我慢するような。いとけないその顔はどこまでも傷ついていたから。

ローズは目を細め。ライラが答えるより早く口を開いたカーディナルに、内心で舌打ちした。


「近衛騎士団の団長が何用で、この学園に。失礼ながらこの祝いの場に貴女は相応しくはないのではありませんか?戦場帰りの騎士団長はテーブルマナーがお分かりになられないかと。もう騎士団長はお忘れでしょう。」


「あはッ。これが祝いの場に見えるんだったら王弟殿下様はよっぽどのド阿呆なのだねぇ。随分とおめでたい頭の作りをしているらしい。嗚呼、腹を抱えて笑ってしまいそうだな!大爆笑だ!!」


ローズはいやはや流石は王都だ。ジョークの切れ味が違うなとカーディナルを一瞥する。カーディナル王弟殿下。メアリー。二人に追従する攻略対象たち。


違う形で彼らと関わる未来がローズにはあったのかもしれない。だがローズは選んだのだ。

己の意志で己の立つべき場所を。それはライラの傍らだとローズは怒りを隠さずカーディナルたちを獰猛に睨む。


「────よってたかって私の大事なお嬢さんをなぶってえろう楽しみはったみたいやねぇ。金で爵位を買ったボンクラ貴族の坊っちゃん共がええかげんにしぃや!!」


何時もは舐められないように。人前で出さない故郷の訛りで。ローズは吐き捨てた。無関係な者でさえ、肌が粟立つような殺気に喉が締め付けられるなか。獰猛に猛々しくローズは嗤う。


「嗚呼、私は王弟殿下様が言うように。この九年。ずうっと戦場に居たものだからなぁ。テーブルマナーなんてとうに忘れてしまった。舐めた口を利く新兵の扱い方なら分かるのだがねぇ。」


先ずは上下関係を叩き込む。命令、指示が。きちんと理解できん奴は直ぐに死んでしまうからなぁ。


コツコツと軍靴を響かせて。ローズは自分に視線を集めながらカーディナルに近付いていく。隻眼がひたりとカーディナルを捉えた。


戦場では色々と見てきたよ。この世の地獄をぎょうさん見てきたとローズは冷徹にカーディナルを見下ろす。


「だから私は。女子供を粗雑に。悪意で玩ぶ輩が一番嫌いでなぁ。それが惚れてる相手なら尚更だとも。···お前さんがた。私のお嬢さんに何をした。」


あの日、見た。その光景を。ローズは今でも覚えている。


隣国にリバイバーの領地が攻め込まれたあの日。キャロルの後に続いて懸命に傷付いた人々を。小さな身体でその命を取り零さないように走り回っていたライラを。


お嬢さんはね。片腕が吹き飛ばされたり。腹から腸が出た人間を見ても気丈に泣かずに。そいつを助ける為に必死こいて覚えたての治癒術を限界まで使って鼻血噴いてブッ倒れるような子なんだ。


「なぁ、私のお嬢さんにお前さんがたはなにをした。···ふふ、なんてな。別に言わなくても良いさ。ぜぇんぶ調べはついてるからなぁ。私が此処に来たのは女王の指示でな。」


なんでも、お前さん。真実の愛とやらに目覚めたんだってね。はいはい、おめでとう。いやはや、お熱いなぁ。そのまんま男爵令嬢んトコにお前さんは婿入りしろって御指示だ。


「お前さんからしたら願ったり叶ったりだろう?よかったな、元王弟殿下様。」


「はァ!?な、そんなこと、絶対に姉上には出来ないはずだ!後継者は私だけなのに!そ、それでは私は···!!」


「王位継承権剥奪ってことだな。臣籍降下って奴だそうだ。いやぁ、顔に泥を塗った弟にお優しいお姉さまだなぁ。感謝しとけ。ああ、そうだ!ついでだから言っておくけれど。王位継承権があるのはお前さんだけじゃない。」


女王陛下には姪御がいらっしゃるだろ?まだ十歳だが優秀でなぁ。その姪御さんを跡継ぎに指名なさったんだ。


あ、それとな、経費だと使い込まれたお金について女王陛下はぎょうさんお前さんには聞きたいことがあるみたいだ。そんな訳で今日からお前さんはただのカーディナルだから。


「どうぞ思う存分。男爵令嬢と真実の愛とやらに勤しめば良い。嗚呼、ちなみに今回のくだらない馬鹿騒ぎに乗った輩はそれ相応の沙汰が女王陛下からは下されるみたいだが。ま、当然だなァ?」


水を頭から撒かれたようにバタバタとパーティ会場を出ていく関係者にローズは鼻で笑う。突然の事態に。ついていけていないライラが不安げにローズを見たから。


ローズは安心させるようにその頭を撫で。やはり慌てて会場を後にしようとしたカーディナルに。忘れものをしているよ、ぼんくら坊っちゃんと笑顔のまま右ストレートを入れた。


ちなみにローズは穴持たずと呼ばれている冬眠せずに里に降りてくる獰猛な五メートル近い熊をこの右ストレートで撲殺したことがある。


加減はしたが。顎は割れたかもなと昏倒したカーディナルには目もくれずに。ローズは凄惨な笑みから一転して。眉を下げて出来るだけ優しげに見える顔でライラに向き合う。


ライラお嬢さん。たぶん言いたいことだとか。聞きたいことはぎょうさんあるかもしれないが。私の奥さんになってくれないかと笑って膝を着き。


ライラ・リバイバー嬢に婚姻を申し込む。どうか私の妻になって頂きたいと。その隻眼で、金色の瞳で熱を込めて真っ直ぐにライラを見る。


「···どうか頷いてくれへんかな。お嬢さんに釣り合うだけの爵位は戦働きで手に入れてきたんよ。女だから妻には出来んって文句ばかり言う輩はぜぇんぶ。うちがこの拳で捻り伏せてきたわ。」


いや、うん。こんな傷だらけの野暮ったいうちの嫁さんになりたかあらへんかもやけど。


「これ以上。うちの大事なおひぃさんを誰かに傷つけられんのは嫌なんよ。」


口調を気にする余裕なんてローズにはない。ライラに愛を乞うその言葉は。その分だけローズの気持ちをライラに語る。


「どうしてローズ様はそこまでなさってくださるのです?」


「そ!それは、その言ってもライラお嬢さんは引かないかな?ラ、ライラお嬢さんがな。私の“推し”だからなんだ!」


「推し。」


思わずというようにポカンとしたライラにローズは早口に語る。

戦地で。過酷な戦いが続くなかで。

騎士団内で貴族令嬢名鑑なる書物が出回り。国内有数の令嬢の姿絵が載るそれに。気付けば各自推し令嬢なる概念が生まれたことだとか。


貴族令嬢は騎士団員たちのアイドルとなっていたことを。まさかライラが七歳の頃に惚れたなんて言えないものだから。ライラが推しだからなんて言い訳が苦しいよなぁとローズは真っ赤になった顔を覆う。


つまりローズ様は私を推しているのですかと訊ねたライラに素直な振りをして頷き。

無理のある言い訳だったと真っ赤に染まった顔を恥ずかしげに手の甲で隠せば。ライラはくすくす笑った。


「なら、こうして実際に顔をあわせたら。さぞ落胆なさったでしょう?」


その貴族令嬢名鑑ではどんな、描かれ方をされたのか分かりませんが。このように実物はキツい顔立ちをした強情な。

そして婚約者一人。己に引き留めることも出来ない魅力のない小娘。 


「···どのような形であれローズ様に想われていたことは嬉しく思いますが。このライラ・リバイバー。同情で買えるほど安い女ではありませんわ。それとも傷物となった私を貴女は大枚を叩いて買ってくださるとでも言うの?」


ライラは演じていた。気位の高い淑女をローズの為に。ローズには自分より相応しい人間が居る筈だと。健気でいじらしくて。嗚呼、やはり手放してなどやれないなとローズは微笑む。


初恋の方に拐って頂く夢を見れました。私はそれでもう十分だと後ずさるライラに。けれどもローズはライラのお嬢さんは私の推し。


それは確かだ。でも、お嬢さんに本気で惚れてなかったらこぉんな面倒な真似はせぇへんとはっきり告げた。


「なあ、ライラお嬢さんは私のことはもう嫌いになったかい?」


「私はローズ様を嫌いになったことなどありませんわ!」


寂しげにローズが問うと思わず本当の気持ちを答えたライラにローズはニンマリ微笑む。


「なら、私はお嬢さんを拐う。まぁ、嫌がられたとしても。私はお嬢さんを逃がしてやる気はなかったのだけれどねぇ。」


ライラの手を掴み。立ち上がるとライラを横に抱き上げて歩き出すと慌ててライラはローズの首にしがみつく。

ローズは笑う。悪い大人を惚れ込ませてしもうたね、ライラと。


「そうだ。ライラお嬢さんにだけ。私のとっておきの秘密を教えよう。私はな、真っ赤な真っ赤な竜になれるんだ。」


竜は宝物はだぁれにも渡したりしないのさ。お嬢さんは私が守ってあげよう。宝物のように。大事に、大事に。


「だからね。私から逃げ出したらいけないよ。私はお嬢さんがいなくなったらなにをするかわからないのだから。お嬢さんは竜の心臓を射止めてしまったんだ。」


観念して、私に仕舞われてくれるよなぁ。うっそりと細められたローズの金色の瞳に宿る熱に。ライラはぴえっと身の危険を感じて小さく叫んだ。


(····私は、始まりの竜のような愚かな真似はしない。嗚呼、君の名を呼ぼう。ありったけの愛しさを詰め込んで。そして君を腕に抱え込んで決して逃がしはすまい。)


例え、死が別とうとも君だけは。だって私は人でなしの竜だからね。大事な片割れを。運命を。絶対に手放したりはしないのさ。どれだけ拒絶されてもな。


ライラ、君からしたら私に捕まったことはバッドエンドなのかもしれない。こんな人でなしに愛されてはもうどこへも行けないのだから。

まして見ようによっては抗っていた運命に飲まれた私もバッドエンドを迎えたと言える。


(─────だが、後悔はない。)


嗚呼、私を。真実、竜にしたのは君なのだから。どうかその責任は取ってくれとローズは腕のなかで顔を真っ赤にしているライラの額に口付けた。


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[一言] 王道恋愛ファンタジー\(^o^)/ かっこよかった♡楽しかった♡ありがとー♡
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