20.1階層
開いた扉の先はひどい状況だった。
床や壁には大きな傷があり崩れているところもある。そのせいか足元には細かい破片が散らばっている。
さらに至る所に血が飛び散っており、怪物の四肢が転がっている。一部は時間が経っているのか虫がたかってる…
空気に血の匂いと死体の腐臭が混ざって酷い臭い…。気分が悪くなってきた…
怪物同士で争ってるのは上から見て知ってたけど、これは本当に酷い…
「うっ…ひどい…」
こんな場所に雪原さんを放り出したの?…石塚君……
いやそんなことよりも雪原さんを探さないと!あたしはあたりを見渡す。
見渡すと左手は鉄の壁。右手奥も同じみたい。
少し歩いて主通路に出る。奥に続く通路もさっきまでと似たような状態で血肉が飛び散って悪臭がする…
…通路の少し奥に蛇人間が見える。今は気付かれないようにしないと…
後ろを振り返ってみる。そこには無造作に倒れ、ひび割れて壊れた家電が並んでいる。
ここってもしかしなくても電気屋だよね?…雪原さんだったら通路よりも、こっちに行くかな…
……決めた。電気屋に入ってみよう。無策で広い通路に向かうよりはまだ可能性が高いはず。
よし、行こう。
ここもひどい…。店ごとひっくり返したような状態になってる…。天井が崩れて家電が潰れてる。
店に入ってすぐに気になるものを見つけた。
これ…テレビだと思うけど、真っ二つに割れている。というよりも切り裂かれてる。
これはやばい…。蛇人間も大きい爪を持ってたけどそんなのとは違う。もっと大きくて鋭い。
これをつけたやつがここにいるかもしれない…
早く雪原さんを見つけないと…。拳銃を構えながらゆっくりと進む。
店に入ると歩くたびに破片を踏んで音が鳴る。地面に色々な破片が転がっているから、気をつけ進まないと転びそうだ。
そのまま奥に進む、瓦礫のせいでほぼ一本道になっている。…少し先、左奥に赤い三角が見える。あれなんだろう?
…後気のせいだと思いたいけど、さっきから何かの息遣いが聞こえる。警戒しながらさらに奥に目を向ける。
あたしはなんでさっきまで気づかなかったんだろう…
薄暗い店の奥にやばいのがいた…
一言で言うなら狼。ただサイズがおかしい。パッと見ただけでも2、3m…いやもっとあるかも…
白い毛並みの中に混じって赤色の爛れた肉が飛び出ている。
大きな四肢には鋭利な爪が生えており、口には尖った大きな牙が見える。
あたりには喰ったのだろう、怪物の死骸がいくつも転がっている。
そんな怪物は瓦礫の上で寝息を立てて眠っている。
間違いない…。入り口近くにあったテレビの傷はこいつがやったんだ…
あれはやばい…。人間が戦える相手じゃない…
危なかった…もしここに入った時大きな音を出してたら間違いなく死んでた…
幸いまだ距離があるから、慎重に移動すれば起きないと思う。…そう思いたい。
「はっ…はっ…はっ…!」
自然と呼吸が早くなり、冷や汗で背中が湿っている。緊張で吐きそう…
それもそうだ今のあたしの状況は1歩歩くごとに、自分の息の根を止める存在を起こしてしまう可能性がある。
きっと地雷原を歩くってこういう気分なんだろう…
自分の中である考えがよぎる。………………今なら引き返せる。
このまま振り返って、エレベーターに乗るだけだ。
それだけでこの状況から抜け出すことができる。すごく簡単なこと。そうすればあたしは助かる。
「………………」
けどそれは彼女を裏切ることになる。石塚君の言った通り、あたしは裏切り者になる。
それと…自分の中で、何かが、彼女を見捨てることを拒んでる。夢であたしが自分で決めたこと。
全てを抱え込む覚悟……。そうだ…そうするって決めたんだから…
それならどうするか……そんなのは決まってる。
「っ!はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
左右の道は瓦礫で塞がれている。あたしは狼に向かってゆっくりと踏み出す。
ゆっくりと地面を踏む…。音を出さないように慎重に…
1歩踏み出す。汗が噴き出る。
1歩踏み出す。呼吸が早くなり、心臓の鼓動が大きく聞こえる。
1歩踏み出す。体の震えを止めるため拳を握りしめる。指から軋む音がする。
1歩踏み出す。突然音が消える。目の前の視界もうもぐにゃりと歪み体の平衡感覚が乱れる。
「っ!」
ふらついて倒れそうになった。
地面を踏みしめて耐えようとすると何かの破片を踏んだのだろう、パキリッと音が鳴る。
「っ?!」
お願いお願いお願いお願いお願い!お願い!!寝てて!!起きないで!!
…………………………………。大丈夫みたい。
かなり時間がかかったと思うんだけど…、どのくらい進んだのかな。
振り返って愕然とする。
……………5mも進んでない。
心が折れそうだ…でもまだ折れてない…。なら進める。
視線を前に向ける。
「…ん?……あれって…」
少し先に赤い三角が見える。
テントだった。きっと展示用に置いていただろう、倒れずにそこに建っている。
…その中に雪原さんがいた。
音を立てないようにしているのか、膝を抱えて息を殺して震えている。
よかったここにいてくれた。通路の方に行ってたら入れ違いになってた。
さて…………ここから10mくらいかな。ふぅ…さっきまでのを2回繰り返せば着く…
あたしはまたゆっくりと1歩ずつ進み始めた。
「はっ、はっ、はっ、はっ…!っ!」
どのくらい経ったんだろう…とても長い時間が経った気がする。
緊張と恐怖で今にも吐きそう。その度に手に力を入れたり、舌を噛んだりしてやり過ごした。
そうやって来て、ようやくテントに辿り着いた。
あたしは驚かさないように、静かに声をかける。
「…雪原さん。助けにきたよ。」
「え……誰………!?…神代…さん…ぅううう……」
「泣かないで。ごめんね遅くなって…でも大丈夫だからさ、あたしと行こ?」
静かに頷く。立とうとするけど震えていて立ててない…。恐怖で体が竦んでる。
この状態であたしが歩いてきた距離を移動するのは無理だ…
落ち着くまで待つ?…いやこの状況じゃそんなことしても無駄だ。それにあいつが起きないとも限らない…
どうする…………どうする………あたしは、
「雪原さん。」
「ご、ごめんさない!…今立ちますから…見捨てないで…くださいっ!」
見捨てられると思ったのだろう。あたしの足に縋ってくる。
…すごく怖かったんだと思う。手が震えていて力が入ってない…
あたしは怖がらせないように、そっとその手に自分の手を重ねる。
「大丈夫だから。後はあたしに任せて。」
「え…。」
あたしは拳銃をしまい鞄を前に背負い直して背中を空ける。
そして空いた背中に雪原さんを背負う。鉈がちょうど彼女を支えるのに役に立った。
これなら彼女が震えていても関係ない。
「そ、そんな…大丈夫…なんですか…?」
「大丈夫だよ。しっかり捕まっててね?行くよ…」
不安にさせないように笑顔で答える。
さて、また地雷原を歩く。1歩1歩ゆっくりと。でもさっきとは1歩の重みが違う。
あたしがここで失敗したら死ぬのはあたしだけじゃない…
絶対に失敗できない。…絶対に殺させない。
……これくらいこなさないと私は彼女に顔向けできない。
?今なに考えて…。いやそんなことよりも早くここから出ないと…!
ゆっくりと立ち上がり踏み出す。
1歩1歩慎重に、ゆっくりと進む。一度は歩いた道だ。絶対にできる。
1歩1歩確実に進む。少し先に出口が見える。
1歩1歩進む。
あと少し!もう少しで地雷原から抜け出せる…
そう思った時だった。……あたしは失念してた。
ここにくる前に見たものを。
さっき近くに怪物がいたってことを…
「*******!!!」
出口の少し奥。緑の蛇人間がこちらを威嚇するため叫び声を上げる。
……………きっと昨日までだったら諦めてたと思う。けど今は違う。絶対に諦めない!
その瞬間様々な考えが頭の中を駆け巡る。…あたしはその考えから一つの結論を出す。
「雪原さんしっかり掴まってて!」
「え…」
雪原さんを落とさないようにしっかりと抱え直すと、足元の破片を無視して駆け出した。
破片を踏むたびガラスの割れる音が響き渡るけどあたしはそれを無視する。だってそれ以上の音を出している存在が前にいるのだから。
瞬間背後から、
死の音が聞こえた。
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