090 希望の双牙
あらすじ:デミディーヴァの倒し方、知らないでしょ? 俺はもう知ってますよ。
戦況は劣勢と言わざるを得ない。
マキシムとライアンのおっさんたちがデミディーヴァの配下と戦っているが、叩き潰しても、吹き飛ばしても、燃やしても、削っても倒せていないみたいだなぁ。すでに原形をとどめてない肉片の塊だけどあいつらはまだ動いてる。結局のところデミディーヴァを倒すか魔力切れを狙うしかないが、残念ながら相手の魔力はまったく尽きる気がしないのでデミディーヴァを倒すという選択肢しかない。
そんで、デミディーヴァと戦っていた聖騎士団の面々は軒並みリタイアだ。今は副団長らしい人と数人がどうにか食らいついてるけど、勇者以外はちょっと勝負にならない感じだなぁ。
ま、その勇者様であるダルシャンさんと寅井くんも頑張ってはいるんだが、有効なダメージは与えられていない。あと一歩足りていない。マキシムがそこに加われば手もあるんだろうが、死慈郎の残骸たちとの戦いから抜けるのは無理だな。現状、このままだと詰んでるかもしれない。
俺? 俺はただいま観察中。サボってるわけじゃないよ。どうにかデミディーヴァの懐に入りたいけどどうにもならない。あのナウラさんの体の周りを覆っている黒いオーラがバリアみたいになってるし、そこから伸びてるオーラの触手がいっぱいある。例え未来視があったって、あん中に突っ込んだら普通に死ねるわな。
「で、どうなんです教皇様。ヤバくないっすか?」
「ははは、ガチャ様の御許で我らが負けることはあり得ない。無論勝つとも」
そんなわけで俺の横にいるのはゲストの教皇様です。
いや、俺が近付いたんだけどね。寅井くんたちがデミディーヴァと戦っているからね。ひとりで突っ立ってても的になりそうだし、俺はひとまずは安全そうなこの人のところに来たら横に通されたってわけだ。俺っていうか神竜の盾目当てっぽいけどな。
「それで君の方こそどうなんだい? いや、ここまでの活躍を見れば十分すぎるほどではあるし、君ならば、いっそ逃げてしまっても文句は言わないがね」
その言葉に周囲の司祭たちがぎょっとした顔で俺と教皇様を見た。
まあ俺はこの国の人間じゃあない。確かにここで戦わなきゃならない義務はないわけだが……
「ありがたい言葉だけどな。マキシムを置いては帰れないし、うちの従者も別で仕事してんすよ。なんで俺もお手伝いはしますよ」
「そうか。それは実にありがたい話だ。君の神竜の盾のセイクリッドブレスはこの戦いの生命線のひとつだからな。残念ながら我々にあそこまで勇者に力を与える術はないものでね」
あれ、マジで?
「あの……さっきからずっと司祭さん方が付与魔術をかけ続けてると思うんですけど。似た魔術でセイクリッドフレイムってのもあるんじゃないですか?」
「セイクリッドフレイムはセイクリッドブレスの模倣だよ。それなりに強力ではあるがブレスとは大きな差がある。ほら。マキシムの聖炎の鎧が出している銀の光、あれがセイクリッドフレイムだ」
聖炎の? ああ、あの銀の鎧か。今も銀の光を纏ってるけど、あれってセイクリッドフレイムを出してたのか。けど前にデミディーヴァと戦った時は結構簡単にやられてたよな。
「あのようにわずかに光っているように見える炎を纏うのと、ドーラたちのように燃え盛る炎を纏うのでは見た目相応に効果の差が出るのだよ。それに勇者以外の相手にはただの聖なる炎での攻撃魔術にしかならず、使い勝手もそれほど良いわけではないから使い手も少ない」
「となると、この神竜の盾って勇者にとってはかなり有難いものってことになるんですかねえ?」
「そうだな。この状況を保っていられるのも間違いなくその盾の、神託者殿のおかげだよ。この戦いが終われば、私は君を勇者の導き手に認定したいくらいだ……が、それよりもだ」
教皇様がなんか怖い顔してこっち見てる。なんだ?
「そろそろ腹を割って話したいのだが……君はアレをやれるのかね?」
アレ……ってアレのことだよな。ブッチャケ普通なら何言ってんだって話だろうが……まあマキシムから報告は受けてるはずだし、この人は当然知ってるはずで……おっ?
「危なっ」
「むっ!?」
「お前、教皇様を突き飛ばした?」
「貴様、なんてこ……ギャア!?」
危ねえ。『視えた』通りに教皇様狙いで床から槍のような黒い触手が飛び出して来た。ああ、くそ。こっちだけじゃなかったか。他にも司祭の何人かが串刺しになってる。エグいことしやがるな。
『チィ、また貴様か神託者』
「うっせぇ。一応神様擬きがコソコソ裏かこうとしてんじゃねえよ」
『言うたな人間風情が。しかし、気配を隠した我が腕の一振りに気付くとはな』
気配ねえ。魔力だろうが、殺気だろうが隠したところで意味ねえっての。俺は先にある未来を視てるだけなんだからさ。おっと、マジ睨みされてる。
『やはり貴様は危険だ。先に仕留めておくべきか』
「お構いなく。神竜の盾、炎だ!」
来るのは正面からだ。転移を使って距離を詰める気だろうが、だったらセイクリッドブレスで滅却できる。
「神託者殿!?」
「大丈夫ですよ」
ほら、何もない空間から触手が出て来たが盾から出した銀の炎で燃えた。
『ハッ、甘いな神託者よ』
「甘くねえよアーツ・シルバーハンマー」
だからさ。バレバレだ。背後の床から伸びた一撃を俺は振り向かずにアーツで破壊する。うん。問題ねえ。今さら対処可能な攻撃なんて喰らわねえっての。
『神罰の牙の一撃だと? しかし、それだけではないな。神竜の腕を持っての攻撃とは厄介極まりない。いや、それよりも異常な感知能力こそが』
「おいおい、私たちを忘れてもらっては困るな」
「どこを見ている。お前の天敵は俺たちだろうが」
『あの女の傀儡どもが吠えるな。それに貴様らも分かっているのだろう。教皇とあの神託者以外からはロクに力を与えられていないではないか?』
寅井くんたちが牽制してくれたおかげであいつの意識がそれたか。けど、変なこと言ってるな。
「教皇様、力を与えられてないってどういうことっすかね?」
「この部屋の属性が乱れているために神聖属性の魔術があまり機能していないからな。本来であれば、この戦力ならここまでの不覚は取らないのだが」
確かに聖騎士も司祭さん方もバタバタやられてっからなぁ。
「でも教皇様は違うんだよな?」
「私は教皇という概念を纏った場だ。とはいえ、デミディーヴァの前では十分な力を持っているとはいえないが。それで先ほどの話だが、君はどうなんだ? アレを倒すことはできるのか?」
「手はありますよ」
この状況で隠す意味はない。けど、今のままならちょっと厳しい。
「ただ隙がないんすよ。あいつの懐まで入れれば対処のしようもあるんですけど」
「隙を作れればどうにかできると?」
「戦況を一気にひっくり返せるだろうっていうマキシムのお墨付きですよ」
「なるほど……であれば、期待はできるか」
教皇様が納得した顔で頷いた。
「実は私にも伏せている切り札がある」
「切り札?」
そう言って教皇様がおもむろに自分の腕を持ち上げた。その腕から一体どんな魔術が……
「ああ。教皇神拳……この教皇だけに許された聖なる拳がな」
ツッコミ入れちゃ駄目か、それ?




