050 フライング・ヒューマン
「あいつ!?」
一瞬だが橋の端にあの魔族の野郎の姿が見えた。白い肌に長耳、それに左腕がなかった。魔族、黒い猪、召喚獣。全部が繋がった。だけど、こっちは今それどころじゃないけどな。馬車が橋から飛ばされて、完全に落下し始めてる。このままじゃ死ぬ。けど空を飛ぶ方法なんて俺には……いやひとつあるな。
って、イメージが浮かんだ? 弓も出してないのに?
「タカシ様。手をって早い!?」
「おう、手を掴んだぜ」
伸ばして来たのはイメージで見えてたからな。
で、どうすんだ。あれ、翼を広げて……光った?
「馬車を吹き飛ばします!」
うお、リリムが馬車内で天翼結界を発動させたぞ。ああ、そういうことか。結界の圧力で内側から馬車が破壊されていく。それでリリムの翼で飛んでいけば……
「いや。お前、これだんだん落ちていってるぞ?」
「そりゃあ、そうですよ。タカシ様を抱えてるんじゃあ滑空するだけで精一杯ですってば。というか、そろそろそれもキツイんですけど」
マジか。まだ下、結構高いんだが……けど、そうだな。これならなんとかなりそうだ。
「リリム。もうちょっと我慢しててくれ。出ろ、神竜の盾」
「ちょっと、そんな重いものを。ほら落ちてくじゃないですか!?」
「大丈夫だ。任せろッ」
落下していっているがアレと俺の魔力は繋がってる。それに正面の方が重いから竜頭が下を向いてる。そして俺がそこに魔力を流せば、上手くいくはずだ。
「え? 銀の炎が出て、盾が飛んだ?」
「思った通りだ。リリム、上昇してるあの盾の上に乗れ!」
「あ、はい」
よしよし。思った通りに動いてくれているな。サイズもちょっとした小舟くらいだし、ふたりなら普通に乗れている。
「降りましたが、この盾浮いていますね」
「炎を噴射させてるからな。けど、この勢いは結構キツいから……このまま降りるぞ」
「上昇できません?」
「無茶言うな。魔力が切れて落ちるわ!?」
今だって結構ギリギリなんだよっと。銀炎の噴射力で落下の勢いを殺しながら……よし、崖下の川が見えてきて……上手く着水した。ああ、これ普通に船としても使えるな 。ラッキー。
「浮きましたよタカシ様!?」
「しっかり掴まってろリリム。川の流れが早い。落ちたらさすがに前みたいに探しにいってやれねえぞ」
「は、はい」
ああ、しっかり掴んだな。落下もどうにかできた。川も乗り切った。これで一応助かったのか? けど川の勢いは強いし、この先に滝とかあると困るんだが……と、あそこに川辺があるな。まずは、あそこに上がるとしよう。
「リリム。あの場所に上がる。一気に行くぞ」
「一気に? キャァアアア」
盾に力を込める。水中にある竜頭から銀色の炎を噴き出させて船と化した神竜の盾が水面をパシャンパシャンと跳ねながら、勢いよく進んでいく。おお、速え。
「タカシ様、先程から盾から銀の炎を出している気がするんですが」
「ああ、魔力を送ると出てくるんだよ。すごくね?」
「え、ええ。多分これセイクリッドブレスです」
「せいくり? なにそれ?」
銀色してる炎ってだけでもよく分からんのに、何か由来があるものなのか。
「神竜様のブレスのことで、アルゴ様が吐いていらしたものです。そういえばあの宿でも出してましたっけ。あのときは意識が朦朧としてまして」
「まあ、ゲホゲホ言ってたしなお前。そっちにまで気を配る余裕もなさそうだったけど」
その後も人が集まって盾のことは話しにくかったしな。そうか。特に話もしてなかったし、こいつ気付いてなかったのか。しかし、もう岸まで辿り着いたな。で、乗り上げたっと。
「きゃあっ、あら川から出ましたね」
「まあな。ここまで来りゃあ一応助かったと思っていいか。で、リリム。そのセイクリッドブレスってのの説明を続けてくれ」
「あ、はい。セイクリッドブレスとは神聖属性の炎のブレスでして邪悪なる存在に絶大なる効果を発揮します。造魔の霧製の魔物はもちろん、あのデミディーヴァにも効果的だと聞いたことがあります。神聖魔術にもセイクリッドフレイムという上級魔術がありますが、そのブレスを模したものです。それが出せるということはこの盾、相当なものですね」
ハァ、そいつはなんとも強力な炎だったんだな。
まあ、見た目からして結構なもんだったけどさ。
「こっちの竜腕と同期して魔力を送ると出るんだ。というかこの盾の顔と一体化するというか」
「それは……アルゴ様も最初はタカシ様を神竜と誤認していましたし、近い存在だからこそ可能なのかもしれません。恐らくこの盾は本当に神竜様専用の装備なのでしょう。ただ手に入れただけでは本来人間には使えないはずです」
「なるほどな。まあ、実際使えるんだから使うし。アルゴの件が片付いたら本人に聞けばいいかもしれないけど……そういやリリム、御者席の神官はどうした? 落ちたときには見なかったはずだけど」
「そうですね。橋から落ちる瞬間に弾き飛ばされて橋の上を転げてた……と思います。見たのは一瞬でしたので絶対とは言えませんが恐らく橋から投げ出されたのは我々だけかと」
そいつは不幸中の幸いだな。あのときは確か左右にいた聖騎士たちも前に出てたはずだし黒猪のタックルは受けてないはずだ。しかし、崖の上までは……うーん、高いな。よく生きてたな俺たち。さすがに神竜の盾でもあそこまで上昇させるのは無理だ。半分もいかないうちに魔力が尽きちまう。となるとリリムの翼が頼りなんだが。
「リリム、お前飛んで戻れるか?」
「長時間飛べるスキルを持つ天使族の方もいますが、私はタカシ様を運ぶどころか滑空でないならひとりでもちょっと浮かべる程度です。人は飛ぶようにはできていないんですよ」
天使ですよね、君?
しかしひとりでも無理か。助けを呼んできてもらえたらと思ったんだが当てが外れたな。とあると他に登る手段を探すしかないがどうしようか。
上の方も気になるが、今はどうしようもないしな。魔族もいたし、あの侍も……あ、そういえばあの日本人っぽいのなんなんだ?
「リリム、あの上でマキシムと戦おうとしてた男、確か魔人とか言ってたよな。あいつはなんだ?」
「魔人ですか。そうですね。私も初めて見ましたが、魔人とはかつて闇の神を信奉していた人間です」
「信奉してた?」
あー、闇の神の側につく人間もいるのか。世界を滅ぼそうってのを信奉する物好きもいるんだな。
「はい。簡単に言ってしまえば彼らは闇の神に己そのものを奉納した者たちです。スキルやスペルとは違い、自身を奉納し眷属と化した魔人は永劫に闇の神の望むままに呼び出され、利用される存在になるのだと言われていますね」
「そうなるとさっきのも?」
「ゲンナイシジロウ……と名乗っていましたか。名前からしてかつて東方にあった亡国に属していた者でしょう」
東方の某国か。なんか聞いたような話だな。ん、某国ではなく亡国?
翻訳のおかげか微妙なニュアンスの違いも読み取れたが……いや、そんなことよりももうその国、ないってことか?
「その国、滅びたのか?」
「ええ、ヤワトという島国です。かつてヤワトの南部で闇の神を信奉するために異新という災害が起きたそうで、最終的に国は深淵に飲まれて魔に落ち、住人であったヒノモト族は国無しとなり、今は放浪民となっています。あの刀という武器は彼らのものでして……そういえばタカシ様もヒノモト族に近い顔立ちをしていますね。異世界人ですから関係はないと思いますが」
そうね。けど、日本っぽい国があったと思ったらもうなくなってたというのは世知辛い話だな。残念だ。きっとお江戸っぽい感じで、侍芸者ハラキリがメジャーな国だったんだろう。
「ほぉ、無事だったか」
む、なんだ。今声が聞こえたぞ?
「タカシ様。上、あの魔族です!?」
おっと、マジかよ。橋の上で一瞬見かけたと思ったが、ここまで追ってきたのか。背中からコウモリみたいな翼を生やして飛んでやがるな。俺が燃やしたから隻腕になっているし、あの顔は忘れてない。リリムを襲った魔族だ。しかも……
「落下死で終わってはあっけないと思っていたんだが、どうやら無傷か。確認しにきて正解だったか。やはりこの腕の恨みは直接返してやらねば気が済まぬ故な」
あー。腕のこと、やっぱり恨んでたか。激おこっすね。アレ。




