049 魔人
パカランパカランって、馬の足音だけがその場に響いている。
遠くから時々鳥の声も聞こえてくるがちょっと寒いかな。まあ高地だし仕方ないけどさ。
カルタゴの町を出てからずっと景色は綺麗なもんだが、馬車の中にいるのは俺とリリムだけだ。マキシムは馬車の前を角の生えた白馬に乗って進んでいる。ユニコーンってヤツだな。護衛として役に立てなかったことを反省したのか、マキシムは本気モードで護衛する気になったらしい。ただ、ちょっとトラブル発生中だ。
「なあ機嫌を直しておくれよユニコフ。ほら、また怖い顔で後ろを睨んで。一体どうしたんだい?」
うわ。あのユニコーン、俺が窓から顔出しただけで睨んできやがった。
マキシムの持つウルトラレアの召喚馬ユニコーン。こっちではユニコーンは処女しか乗せないというわけではないそうなんだが、女性専用の召喚馬ではあるらしい。そんで男であるというマキシムが乗れているのは乙女の如き心清らかな勇者であるから……なんて理由で納得されてるんだと。まあ実際に女だから乗れてるんだろうけどな。何代か前にいた勇者も乗れてたって聖騎士たちが言っていたんだが、そいつも実はマキシム同様に男装女子だったんじゃないか。
ただ今回召喚されたときにあいつは最初マキシムに抵抗していたし、俺のことをやたら噛み付こうともしてきやがった。あいつ、間違いなく俺たちのこと気付いてるな。
それと左右には聖騎士さんらが馬に乗って護りを固めてくれてもいる。ただ、魔族に襲われた件でみんなピリピリしてるからもう失態はしないぞって鼻息荒いし、話しかけられる雰囲気でもない。
そんなわけで俺はリリムとふたりで馬車の中で暇をしているわけだが、暇潰しになりそうなのがあのマキシム似の娘のハッスル本ぐらいだし、流石にリリムの前で広げるのははばかれる。
「ん、どうかしましたかタカシ様?」
「いや……なあ、リリム。このままだと結局マキシムには告げられないまま聖王都入りしそうだな」
「そうですね。このまま特に問題なくアルゴ様の依頼を達成できるならばマキシム様を巻き込む必要はないとも思ったのですが……この状況ですからね。ただ途中で立ち止まる箇所もありませんし、聖王都内に入ってからマキシム様にはお話を……」
「安全ねえ。四大司祭が黒幕ならむしろ聖王都の方が怪しい気がするけどな」
俺の言葉にリリムがウッという顔になる。
暗殺未遂でちょっと参ってるみたいだ。ただ結局魔族は逃したわけだから、また襲ってくる可能性もあるわけだし油断はできない。一応、今後寝るときにはボルトスカルポーンを護衛につけるようにするつもりではあるけどさ。
まったく、さっさとこんなの終わらせて気軽にガチャができる日々に戻りたいもんだが……おっと、橋が見えてきた。結構大きいし立派なもんだが、すごい崖にかかってる。
「タカシ様、あれはリーン大橋です」
「はぁ、崖にできてるみたいだな」
「聖王都は崖に囲まれている天然の要塞なんですよ。中に入る手段はあのリーン大橋を含めて四方にそれぞれある橋のみとなっていまして、結界も張られていて邪悪なる者は中には入れないということになっています」
まあ、ガッツリ入ってるみたいだけどな。
「なあ、リリム。転移門で中に入ることもできないのか?」
「そうですね。聞いた話では聖城内には転移門があるらしいのですけど、通常は封印されているそうです。多分教皇様がたの脱出用なんでしょう。あとは霊峰サンティアに通じる門ですが、そちらは転移門ではありませんね。まあ、経由して外に移動することも可能ではあったみたいですけど」
「そうだな。実体験してるもんな」
俺の言葉にリリムが頷く。とはいえ、神域内にある遺跡はアルゴが隠してるから聖王国の人間も含めて知っているのはアルゴの同胞と俺らぐらいだ。闇の神の手下も気付いてはいないみたいだけど、あいつらも隠れているアルゴを探しているはずだからな。バレるのは時間の問題かもしれない。
「それだけ聖王都の護りは強固でして、人類の最終防衛線とも言われています。ガチャ様がタカシ様に告げられた神託が現実に近付けば、言葉通りの意味を持つかもしれません」
そっか。けど、今のところ世界が……というよりこの聖王国自体が詰みかけてる状況だけどな。神域のことを早いとこどうにかしないと内側から崩されちまうってことだろ。 まあ、聖王都はもう目の前だし、焦っても仕方ないか。ローエンって人がどうにかしてくれることを祈ろう。
うーん。それにしても橋の入り口に結構な数の兵隊さんが集まってるな。なんか橋の横の砦から何人も飛び出してきてマキシムを見てるみたいだけど。
「なあリリム、みんなマキシムを見にきてるみたいだけどさ。サンダリアの勇者でもここでは人気があるのか?」
「そりゃあ、もちろんそうですよ。勇者様というのは国に属さぬガチャ様の使徒ですから実質的には聖王国の戦士とも言えますし。特にマキシム様は軍勢の二つ名持ちで、他の勇者様に比べて活躍の機会も多く、戦いの規模も大きいですから逸話も多いんです。それにあのご容姿ですから」
確かに見栄えいいからなアイツ。
男からも女からもキャーキャー言われるのも当然か。
おっと、兵隊さん方がマキシムや聖騎士に頭を下げて左右に分かれ始めた。どうやら問題もなく通れるみたいだ。で、ようやく俺たちの乗る馬車も動き始めたぞ。
『しっかし、本当に橋の下って崖なんだな。底が暗くて見えねえ」
窓から身を乗り出してようやく見えたが随分と深い。怖っ。
「タカシ様、うっかり落ちないでくださいよ。下には川が流れていますが急流ですし落ちたら助かりませんからね」
「わーってるっての」
そもそもそんな端にまで馬車寄ってねえし。馬車を降りて橋の壁を乗り上げでもしない限りは落ちたりなんて……ん? なんだ、橋の真ん中で馬車が止まったぞ?
「タカシ様、何か様子がおかしいです」
「そうだな。前に人が……いる?」
先導してるマキシムの正面に誰か立ってるな。けど、なんだよあの格好。侍みたいだ。持っているのも刀だし顔も日本人っぽい。けど、なんだ? あいつを見てると寒気がする。なんだかすごくヤバい感じだ。
マキシム……は、ユニコーンから降りて、重神剣グランを抜いたか。そりゃあここからでも感じるんだ。マキシムなら分からないはずはないか。
「貴殿が勇者マキシムか」
「そうだけど、君は誰だい」
マキシムの問いに男が笑った。
「魔人、源内死慈郎」
ゾクリと来た。あの刀の男、デミディーヴァや悪竜たちとは違うが別の危険な感じがする。マキシムが負けるとは思わないが、加勢に行った方が良さそうだ。
「なあ、リリム。俺らも出て応戦を」
「嘘!? タカシ様、右ッ」
は? なんだって?
リリムが叫んだ……って、おい待てよ。そんなのありかよ。
いきなり馬車が『大きな黒い猪に』激突された?
「は、なんだそりゃ!?」
ちょっと待て。しかもここって橋の上だろ。そいつ、馬車よりもでかいんだぞ。当然、中身に俺とリリムしか入っていない馬車なんて吹き飛んで
「タカシッ!?」
マキシムの声が聞こえたがもう遅い。そして浮遊感と共に俺とリリムを乗せた馬車は橋から落下していった。




