048 暴かれた禁断の書
「大丈夫かいリリムさん。本当にすまない。護衛である僕がいなかったばかりにこんな目に遭わせてしまって……」
「いえ。マキシム様はお役目で出たのですから仕方ありませんよ。タカシ様のおかげでどうにか無事でしたし、それに聖騎士様がたを派遣していただいていたんですから」
魔族に襲われた翌朝、魔物の討伐から戻ってきたマキシムが深刻な顔をしてリリムに謝っていた。そもそもマキシムは俺らの護衛として来ていたのに魔物退治に出かけてたんだから、そりゃあ謝るわな。
実は代わりに聖騎士ふたりが護衛についていたらしいんだけど、その聖騎士たちもあの魔族に先に殺されたってんだから昨日は本当にヤバかったんだな。
ちなみに昨夜の魔族が逃げた後にホテルの従業員が血相を変えてやってきたんだけどさ。俺が酔っ払って矢を射ったんじゃないか……って、思われたみたいで……その、俺が酔っ払ってるように見えてたらしいんだよ。
失礼な話だろ? 大体さ。昨晩、俺は酒量制限して帰ってきたんだぜ。なのにホテルの人は俺が嬉しそうな顔でハッスル本を見せながら「いいでしょ? ね? いや、今晩が楽しみでさ。あ、ごめん。なんでもない。実はこの部分がね。この黒いところが透けるらしくて……いやいや、ゴメンゴメン。なんでもないよぉ」って嬉しそうに赤ら顔で語っていたとか言うんだよ。女性従業員に。本当、そんなことあるわけないっていうか……そういうことをみんなの前で説明するのは勘弁してもらえませんかね。あの、すごく辛いんで。お酒とか次こそ抑えて飲みますんで。
いやまあ、そんなことはどうでもいい。ともかくリリムが事情を説明したら分かってもらえてそっからは平謝りだったんだよな。
そんで今は部屋と通路には聖騎士が、ホテル周囲にも街の衛兵たちが警護にあたってくれている。
さっきも町長さんまで来て平謝りしてきたんだよ。まあ、寛大なる俺は町長が謝るという夢を達成したのでその場では快く許したわけだが、状況が状況だから俺の許す許さないって問題でもない。
何しろ俺らが殺されかけたこともそうだけど、護衛の聖騎士が殺されたってことでメンツが完全に潰されてるわけだしな。
それにこの町は転移門の遺跡から聖王都までの間のちょうどいいとこにあるわけで、このホテルも各国のお偉いさんが泊まることも多いし、警備が厳重なことも売りだったらしく、そこで今回の事件が起きたんだからそりゃ騒ぎにもなるってもんだ。
「タカシも無事で何よりだよ。まったく不意を打った魔族を撃退してしまうとはね。不甲斐ない僕とは違ってやっぱりタカシはすごいね」
「おいおい。こっちはたまたま気付いて一方的に攻撃しただけだぜ。結局逃しちゃったし散々だったっての」
「ふふ、その手の魔族は逃走ルートには相応の罠を仕掛けているものさ。だからその場で留まった君の判断は正解だよ。まったくやる男だよ君は」
あー止めてください。ほら、聖騎士の方々も「さすが神託者」「勇者様に認められるとは」とか感心しているし。俺なんてちょっと前までただのサラリーマンだったクソ雑魚ナメクジですよ。子供の頃から聖騎士目指して頑張ってきたであろうファンタジーエリートのあんたらよりも相当格下ですからね。
「マキシム、こっちのことはいいからさ。無事だったんだし。それでそっちの方はどうだったんだよ?」
マキシムは聖騎士を返り討ちにした魔物の討伐にいって帰って来ている。昨晩の神託者狙いの魔族のことを考えるとマキシムはそいつに誘い出された可能性が高いと思ったんだが……見た感じは無事だよな?
「そうだね。戦った相手はかなり強力な魔物だったよ。召喚獣だったけどね」
「召喚獣だった?」
「そうなんだ。闇属性だったから早速水晶剣が役に立ってさ。思ったよりもすぐに片付いたんだけど、そのまま消滅しちゃって核石も手に入らなかったんだよね」
なるほど。召喚体ってのは術者自身を起点とした仮初に魔力体を構築した存在だって話だからな。当然倒しても核石が手に入らない。戦うだけ骨折り損ってわけだな。
「けど召喚獣だってことは、召喚者は捕まえなかったのか?」
「周囲を確認した限りでは見つからなかったよ。おそらくは君たちを襲った魔族か、その仲間が召喚したものだったんだろうね。敵は僕を誘い出して、ホテルの警備を突破し君たちに危害を加えようとした。相手の本気を見誤ったよ。本当にすまない。僕の落ち度だ」
「いや、俺らは無事だったから良いんだけどな。しかし、なんでバレたんだろうな? 俺らの件って秘密だったんだろ」
アルゴ経由ではなく神託者狙いだったわけで、昨日のマキシムの話の通りなら俺らのことはまだ伏せられてるはずだったよな? ザル過ぎねえ?
「リリムさんの話からして神託者の件が漏れたのだろうね。以前にも言ったけど魔族はガチャ様の側の人間を敵視している。特に闇の神の分身体とも言えるデミディーヴァを倒したとなれば親の仇のように狙って来る。どこから漏れたのかはあまり考えたくないけど、聖王国経由なのは間違いないだろうね」
マキシムの言葉に周囲にいる聖騎士たちが苦い顔をしているが反論はない。神託者の情報は転移門経由で届けられているから聖王国経由以外からバレたとは考え辛いわけで、結局今回一番の被害者は死者が出た聖騎士たちだし、むしろ彼らこそが身内から裏切り者が出た可能性を疑っているんだと思う。
「戦ったのは確かに手強い魔物だったけど勇者に倒せないランクじゃなかったし僕の方は多分囮だったんだと思う」
「そりゃあ、どう考えても俺たちの方が倒しやすいだろうしな」
マキシムの強さは尋常じゃない。デミディーヴァクラスでもなければそうそう後れをとるようなこともないはずだし、魔族が来ようが返り討ちになるのがオチだろう。大して俺とリリムはまあ大したもんじゃあないからな。ちょっといい武器と薬草を持ってるだけのペーペーの討伐者だ。
「うーん。君が僕より倒しやすいかは異論があるけど、相手はそう考えていたんだろうね」
「いやいや、買いかぶるなよ」
リリムより先に狙われてたら多分俺死んでたぞ。リリムは黒塗りを透かそうとはしなかっただろうしな。
「ふふ、どうかな。それにダメージは負わせたんだよね?」
「まあな。あいつの左腕の燃え滓が残ってたんだろ」
ホテルの近くで焦げた左腕だけが捨てられて転がっていたらしい。ちょっとグロいが聖騎士も殺されてこっちも命を狙われたんだ。加減なんぞできる相手じゃないさ。
それにしても神竜の盾さまさまだな。結構魔力は持ってかれたがあの銀の炎は強力だった。あれならただ盾として使う以上の使い道が期待できそうだ。
「ハァ……黒塗りのついでに助けられましたか。いえ、感謝はしているのですが」
それと例の黒塗りのことはリリムにバレた。いや、リリム以外のみんなにバレてる。聖騎士さんが「このようなものが」と俺のハッスルガール本をわざわざ全員の前に持ってきたんだ。ホテルの人の証言もあったしな。しかも丁寧に事情を聞かれたんで俺は何をしようとしていたかを答えるしかなかった。なんだろう。これってイジメだろうか?
そしてその黒塗りに救われたのだからなんとも言えないんだろうが、リリムからの「年頃だから仕方ないけど」的な母親のごとき諦めの眼差しが辛い。いっそ罵ってくれれば……いや。でだ。マキシムの方は……
「ねえ、タカシ」
「んだよ?」
「この子は君が選んだのかい」
「わ、悪いかよ?」
「悪くないけどさ。この絵の娘、少し僕に似てるよね?」
うるせえよ。嬉しそうに言うのを止めろ。
それにしてもこの状況はどうなんだろうな。安直に考えれば四大司祭のひとりであるナウラ・バスタルトが漏らしたって思えるんだが、疑おうと思えば誰でも疑える。例えば道中、一緒に来ている付き添いの神官さんとかな。問題なのは俺にはそういうのを判別できる技能も知識もないってことだ。
いい加減マキシムにも事情を話しておきたいが、神竜の盾はデカいし敵側の人間に見られてアルゴとの繋がりを知られるのも困る。というかあの魔族に見られてるんだが大丈夫か? ちょっと不安になってきたぜ。
そんで、どうやら聖騎士たちも一緒に来てくれる流れになって、常時護衛がついたからマキシムにアルゴのことを話す機会もないまま聖王都に向かうことになった。ただ、やっぱり問題は発生したんだよ。
そう、聖王都に辿り着くちょっと前にな。




