エピローグ
二人がさらにしばらく進むと、道の先にようやく、森の出口らしき光が見えてきました。
これで森から出られる──二人がそう思った、矢先のことでした。
ヴヴヴヴヴ……と何やら羽音のような振動音が、二人の背後から聞こえてきます。
何事かと振り向くと──二人の目に入ってきたのは、巨大な蜂型のモンスターの群れでした。
巨大蜂はどうやら、一体の大きさが五十センチ以上もあるようです。
そしてその数は、ざっと見で、ゆうに二十を超えています。
まだ少し距離はありますが、かなりの速度で、まっすぐに二人の元へと向かってきます。
「あの数は……まずいですね。あの速度では、二人で逃げても追いつかれます。ボクが相手をしますから、その間に姫様は、走ってこの森から出てください」
「だーかーらー」
「今度は事情が違います。森の出口はもうすぐそこです。それに、奴らの狙いは多分、花の蜜がぶっかかったボクの体ですから。ボクと一緒にいれば、姫様の身にも危険が及びます」
「…………」
セルフィのその言葉に、オリエは口をつぐんでしまいます。
「ほら、姫様、早く行ってください。姫様の身を守るのが、姫様の騎士である、ボクの役目ですから。──今まで姫様と一緒にいられて、楽しかったです。……どうぞ、ご達者で」
「……イヤだ」
「姫様、わがままを言わないでください」
「イヤ」
「姫様」
「──イヤだって言ってるでしょ!」
オリエはそう叫んで──セルフィに抱きつき、その自らの騎士の唇に、自分の唇を重ねました。
銀髪の少女騎士は顔を真っ赤にして驚きますが、自らに絡みついてくる少女を、すぐに慌てて引きはがします。
「なっ、姫様──あなた、バカなんですか!? 何でっ、これじゃあ……花の蜜が姫様にも──」
「バカだよ!」
オリエの絶叫が、森の中に木霊します。
「バカになるぐらい、セルフィのことが好きなの! あなたのことを愛してるの! 私を一人にしないでよ! もっとずっと──いつまでも私のことを守ってよ!!!」
オリエの告白。
それを聞いたセルフィは、ぽりぽりと頭をかきます。
「……それ、言っちゃいますか」
セルフィはくるりと、オリエに背を向け、迫りくる巨大蜂の群れへと向かいます。
「姫様。ボクはこの身のすべてを、姫様に捧げると誓いました。──でもボクの心は、一片たりとも、姫様に捧げてなんかいません」
「あっ……」
セルフィは腰から剣を抜き、巨大蜂の群れから主を守るようにして、オリエの前に立ちます。
取り残されるようにぺたんと座り込んだオリエに、セルフィは、背中越しに言葉だけを向けます。
「だって捧げる前から、ボクの心はすべて、姫様に──オリエに奪われているんですから。主従関係だと言い聞かせて、自分の気持ちを誤魔化してきましたけど、もうダメです。……ボクもオリエのことが好きです、大好きです。狂いそうになるぐらい、あなたと一緒にいる時間が、愛おしいです。だから──あいつらは、ボクが全部切り捨てます。無理だろうが何だろうが、絶対に、オリエには指一本触れさせない!」
そう言って、少女騎士は、巨大蜂の群れへと駆けて行きました。
「セルフィぃぃいいいいいっ!」
オリエが振り捨てた涙は、地面に落ち、しみ込んでゆきます。
激しい戦いでした。
少女騎士は縦横無尽に巨大蜂を切って捨てますが、膨大な数の敵の素早い攻撃を、稀にかわし切れずに、太ももやわき腹などに毒針による一撃を受けてしまいます。
注がれた毒によって、徐々に体が思うように動かなくなり、少女は苦闘を強いられます。
しかしそれでも、少女は諦めませんでした。
そしてやがて、最後の一体を切り捨てた少女騎士は、ふらりとその場に倒れ込みます。
そこに、彼女の主である姫が、駆け寄ります。
「──セルフィ、大丈夫!?」
オリエは仰向けに倒れたセルフィの前に膝をつき、ぐったりとした少女の体を抱き上げます。
「……はい、大丈夫です。……多分これ、麻痺毒ですから……しばらくすれば、動けるようになるかと……」
「──え、麻痺毒? ってことは、死なないの?」
涙を流していたオリエは、それを聞いて、きょとんとします。
「はい……勝手に……殺さないで、ください……」
「あっ、そう。よかった」
オリエはあっけらかんとそう言って──一転して、悪い顔になります。
「じゃあ、今がチャンスってわけだね」
「……はい?」
オリエは片手で自分の長い金髪をかき上げつつ──再び、少女騎士の唇に、自分の唇を重ねました。
しかも今度は、結構ディープなやつです。
「んんーっ! ~~っ!!」
セルフィの顔が、みるみるうちに真っ赤になっていきます。
ジタバタしようにも、体がまともに動きません。
しばらくして、オリエが顔をあげます。
「にゅふふふふ……。つ、ま、り~、今はセルフィの体に、セクハラし放題ってわけだよね~」
「えっ、姫様……? 冗談でしょ……?」
「この私の目が、冗談を言っているように見える~? ほらほら、ココとかどうかな、うりうり~」
「あっ、そんなとこっ、ダメっ……あっ、あっ、ああああああんっ!」
少女騎士の色っぽい叫び声が、森に響き渡るのでした。
その後二人は、無事にお城に帰ることができました。
しかし、オリエに憑りついた悪魔が祓われない限り、彼女らの苦難の日々は──もとい、主にセルフィの苦難の日々は、まだまだ続くのです。
でもそれは、また別のお話です。