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13.果てぬ夢

ブックマーク、評価、感想、この話にお付き合いいただいた方、本当にいろいろとありがとうございました。


駆け足エンディング感が否めませんが最終話です。








 『古の宗教』による騒動の翌年。

 エリザは隣国ライジンクのロングラム伯爵の養女となった。新しい義父となったロングラム伯爵は面立ちがフェリウスに似ており実年齢よりも若く見え、物事を公平に考える姿勢をもち視野も広い聡明な人物であった。ベリアーノ国の風習を知る彼はエリザにとって“二人目の良き父”となり良き相談相手となった。穏やかな日々を過ごしながらエリザはライジンク国でベリアーノ国では知り得なかったことを学んだ。

 そしてランディの二十歳の誕生日をもって二人は結婚することが決まった ―――





「エリザ。準備はいいかい?」

「はい養父様」


 控室で養母と共に座って待機していたエリザは、父同然に慕っていたディオノレに微笑んだ。


「ランディが落ち着かなくてね。お前の様子を見に来たのだ。まだ時間前だと言うのに大人げない息子だよ。時間通りに式を始めないと、あいつはここに怒鳴り込んできそうだぞ」

「あら、あの子はエリザに怒鳴ったりしませんよ」

「それは、そうかもな。それにしても綺麗だよ、エリザ。レイスには負けるけどね」


 養父がウインクして温かい瞳で養母レイスを見る。そんなディオノレ夫妻の会話、情景にエリザの心が躍る。

 いつか、私とランディもこのような会話をする日がくるのかしら。

 今、エリザはシルクの清楚な白いドレスに身を包んでいた。華やかで豪華なものではないが、マリオンと共にこのドレスのデッサンを見た時、『これにしましょう』と声を揃えたこのドレスはエリザの魅力を十二分に高めていた。


「忙しい皆さまなのに集まっていただいて、本当に嬉しいです。まさか、ルーパート様やティアーネ様に来ていただけるとは思いもしませんでしたけれど」

「国家の談義の結果を誰かが見届ける必要はあるからな。まぁ、あの二人が来るとは私も思っていなかったが」

「ティアーネ様が『親友の婚儀に参列させないとはどういうことですか』と、宮殿で騒いだそうですよ。ルーパート様がティアーネ様に甘くていらっしゃるから、『ならば私と一緒に婚前旅行がてらに行きましょう』とお二人揃って来たようです」


 ティアーネの騒動を“我儘”というよりは“微笑ましい”エピソードのように語るディオノレ夫人。

 エリザはティアーネらしい、と思うだけだ。彼女は我儘も魅力に変えてしまう、素敵で大事な友人なのだから。


「ルーパート様は各所の視察も兼ねている。我が国の護衛も引き連れているし、フェリウス様が領地内に傭兵をうまく隠していらっしゃるから、安全は確保されているので大事になることはないが」


 ディオノレ男爵の方は苦い顔をしている。ティアーネがどうこうというよりも、彼は領地内に自分の与り知らぬ傭兵が隠れていることの方が心情的にくるものがあるようだ。


「私、本当に幸せです。お養父様、お養母様、それにランディに出会えたこと、お友達ができたこと」


 デイォノレ夫妻がエリザを見る。嬉しそうに誇らしそうに。


「それはお前が自身で引き寄せた物だよ」

「ええ。私たちは可愛い娘ができて本当に嬉しかったのよ。それにこれからは本当の娘になる。こんなに嬉しいことはないわ」


 ディオノレ夫人はエリザの手を取り立ち上がらせる。


「そろそろ行きましょう。ランディが貴女を攫いにここへ来る前に」





 ランディは黒のフロックコートをスマートに着こなして教会の入り口に立っていた。そして熱い視線でエリザの方を見ていた。

 その彼の背が自分を超えたのはいつのことだったろう。

 精悍な顔つきが養父に似ていき、逞しい身体にもなり“男”を匂わせるようになったのも。

 彼の声が低く深くなり、“姉様”から“エリザ”と呼ぶようになり、そこに愛しさを滲ませるようになったのも。


「エリザ」


 白いドレスに身を包んだエリザがランディの前に身を置くと、彼は大きく深く安堵の息を吐いた。養父の言っていた“落ち着かない”が見て取れてエリザは笑みを零した。


「なんだい、変な笑い方をして」

「いいえ。私ってあなたに愛されていると思っただけよ」

「思い続けて十五年以上だよ。愛を感じてくれないと、さすがに僕も困るかな」


 養母からランディにエリザの手が移されるとランディは更に眩しい笑みを見せた。


「私、こんなに幸せな結婚式ができるとは思っていなかったわ」

「エリザは現実ばかりを見て夢を見ずに過ごしてきたから……おかげで僕は助かったけど」

「そうなの?」

「そうだよ。さ、行こうか。皆待っているよ。特にティアーネ様が」


 二人は笑顔で寄り添いながらゆっくりと祭壇に向かって歩いていく。

 参列席にはディオノレ夫妻、ロングラム家より伯爵とフェリウスとマリオンが、見届け人としてルーパート王子とティアーネ王女が、二人の護衛としてブラスが、新郎新婦の友人としてヨルクの姿があった。

 細やかではあったが厳かではなく温かみを感じさせる進行ものだった。


 こうして五年前の“談義”は無事果たされた。






 その後。


 ティアーネ王女とルーパート王子は仲睦まじい交際を続け、エリザ達が結婚した翌年、国を挙げての結婚式が執り行われた。今ではおしどり夫婦として両国で有名になりつつあった。


 ヨルクは独身貴族を貫いている。曰く『逃した魚が大きすぎてなかなか次が見つからない』だそうだ。宮廷で職につくやその頭角を現し、国内外で一目置かれる存在となっている。


 ブラスは王族の警護についていたがルーパート達の結婚後ディオノレ領地での騎士指導を希望し、現在ディオノレ男爵と共に騎士見習いたちに騎士道と武術についての基礎を教えている。


 ロングラム伯爵との年齢差と身分違いを気にしつつエリザに仕えていたマリオンは、伯爵の粘り強い連日のプロポーズとフェリウスの後押しで結婚を承諾し、エリザの結婚を見届けてすぐに結婚。それに伴って伯爵はその座を退き、ディオノレ領近くの別荘に移り住んだ。


 フェリウスはフォアム商会の代表を退き、伯爵の位を継いで忙しい毎日となった。伯爵が受け持っていた仕事をこなしつつ、彼とディオノレ男爵を中心に両国は友好を築いている。そんな彼だが、先日『両親に紹介したい人がいる』と言いだしたとマリオンがエリザに笑って話していた。





「エリザママッ!」

「ここにいますよ。ゆっくりいらっしゃい」


 エリザはディオノレ領地にある孤児院の庭で子供たちに囲まれていた。

 孤児院はエリザ達が挙式した教会が近くにあり、幼い頃ランディと共に駆け巡った野山の麓に建っていた。それはディオノレ男爵夫妻が赴任してすぐに建て、夫人が時折慰問に行っていた場所だ。今はその役目をエリザが引き継ぎ、孤児たちの成長を見守っている。

 その孤児院で生活をしているのは主に忌み子と呼ばれる者たちだ。国内のあらゆる所からこの孤児院にやって来ている。日に日にその数が増えているのは、親がこの孤児院が忌み子を受け入れていること、待遇が良いという噂を耳にして敢えて連れてきていることもあるようだ。

 ティアーネとヨルクの働きにより以前と比べ忌み子に対する冷遇批判が出てはいるが、地域によっては根強い風習なのでその立場はいまだに弱い。

 それでもヨルクによれば、先日教会が神典の見直しを承諾してくれたと言う。

 古い風習を無くすにはまだまだ時間がかかるであろうが、それでもエリザは嬉しく思う。自分が幼かったころには考えられないほど良い方向に進んでいるのだ。


「エリザ様が来てくださる日は、子供たちも喜んでおりまして」


 院長がエリザに苦笑して見せる。普段は院長の言うことには渋々従う子供たちも、エリザの前では素直な子供となっているようだ。


「エリザ!」


 声の方を見れば孤児院の門でランディが手を振っていた。その腕には二人の愛する子が抱かれている。

 彼は腕に子を抱いたまま、子供たちに囲まれながらエリザの元へとやって来た。


「まあ、二人でお迎えに来てくれたの?」

「僕たちと一緒の方が帰りやすいかと思って。もう到着しているよ、トーヴィル侯爵様」

「……そう」


 今日トーヴィル侯爵がディオノレ領に来る日であることはエリザも知っていたけれど、館で彼を迎え入れるには勇気が不足していた。だから子供たちと戯れ、元気を貰っていたのだった。

 侯爵邸を出た後、彼から手紙が届いたのはエリザがディオノレ領に戻り、隣国のロングラム家の養女として出立する前日であった。

 体に気を付けろという一文だけの手紙。しかしそれは隣国での生活の際も変わらず定期的に続き、結婚の際には祝い文が、子供が生まれたときには祝福の文が記されていた。


『二度とお目にかかることはありません』


 エリザはその約束を守るべく、侯爵と遭遇しないように社交の場には出ず領地に留まって過ごしていたが、反して侯爵の方は会いたがっているようだった。特に子供が生まれた後は。

 今日は孤児院の視察、という名目で彼はディオノレ領にやって来ている。この孤児院はディオノレ家、ティアーネ姫とヨルクとロングラム家の寄付で成り立っている。寄付するに当たり王女やヨルクは視察と称して時折やって来ているが、今後国家として増加傾向にある孤児たちをどのように援助をしていくかが議題に上がり、今回トーヴィル侯爵がこの孤児院に視察することになったのだった。


「孫の顔が見たいのもあるだろうしきみにも会いたいのだろう。母様が言うには『侯爵様もエリザも頑固さは本当にそっくり』だって。“会う理由”がなければ、どちらも絶対歩み寄らないだろうってね」


 頑固さがトーヴィル侯爵とそっくりと言われても嬉しくはない。まして『孫の顔』と言われたらエリザは溜め息を吐くしかない。

 姉、アンジェリカも既に結婚しているがまだ子供には恵まれていない。それに彼女は子供には興味がないらしく、世話は全て乳母に任せるとはっきりトーヴィル侯爵と結婚相手に告げたそうだ。この国ではそれもよくあることで、結婚相手はそれで良いと言っているようだが、トーヴィル侯爵はできれば母親アンジェリカの手で子は育てて貰いたいと言い、二人の間に溝ができてしまったらしい。

 目の前にいる子供はアンジェリカに、と言うよりエリザたちの母親アルベットに似ているとディオノレ夫人がよく言っている。

 会わせればきっと侯爵はこの子を気に入り、もしかしたらこの子を……


「心配は要らないよ。僕が君を守るし、王印付の書面もあるから侯爵の権力は僕たちに通用しない。この子は僕たちが育てる、そうだろう?」


 エリザの心配を察して笑顔でランディが言う。ランディはディオノレ男爵と異なり騎士の道は歩まなかったが、政治手腕と統制力を買われて養父同様“王印”付の書面を賜っていた。


――― ランディ・ディオノレ夫妻及びその家族に、他爵位による介入を禁ずる


 もっとランディに有益な文面があっただろうに『これで良い』と言ってくれた。『侯爵が圧力をかけてきてもエリザが不安にならないようにする方が重要』とランディが言ってくれたことがどれほど嬉しかったか。エリザは言葉では足りなくて、彼の頬にキスをして感謝の意を伝えたのだった。それは二人の子供がエリザのお腹に確認されてすぐの出来事だ。

 ランディは子を抱きなおし、目を細めて懐かしそうに周囲を見渡した。


「そういえばエリザ。僕がこの野山で渡していた花のこと、覚えているかい?」

「ええ。菫でしょう? “小さな幸せ”と言う花言葉の」

「伝わっていたのはやはりそれだけだったか。あれはただの菫じゃないのだけどな」


 ただの菫じゃない?

 エリザは首を傾げた。

 彼がエリザに渡したのは確かに小さな紫の花だったけれど ―――


「僕、渡す菫はヒメスミレだけを選んでいたんだ」

「ヒメスミレ?」

「そう。花言葉は『一途』。母様にそう聞いて、エリザに送ろうと思った。僕はずっと君だけを思い続ける、って伝えたくて」


 聞いてエリザは笑みをこぼした。確かに彼の一途さは国宝級ものだ。


「本当、一途ね。……行きましょうか、私たちの家に」


 エリザはランディと手を繋ぎ、愛しい夫と我が子にキスを贈る。


 紆余曲折はあり、未だに様々な問題はあるけれど、いい方向に歩んでいけると信じている。信頼できる家族も、友人も増えているのだ。

 叶わないかもしれないけれど、夢は見続けようと思う。



 今はまだ無理でも、いずれこの子達が私たちの夢を叶えてくれるでしょうから ―――




お読みいただきありがとうございました。


エリザとヨルクについて、エリザを取り巻く境遇を少し軽くしないとあの二人のハッピーエンドはないかなと思っていたのでそれを説明しようと思ったのですが、練りすぎました。

『あなたとの約束』という話になりました。さりげなく投稿します。

ということで、基本設定が微妙に違いますが登場人物は「見果てぬ」と同じです。名前を考えることが面倒…だったのも認めます。物臭ですみません。

パラレルバージョン、もしもの世界ということにしていただいて、ヨルクとのハッピーエンド(ネタバレ全開ですみません)の話です。

「見果てぬ」を読んでいなくても単品で読めるようにはしています。

よろしければご覧ください。


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