第18章:全ての真実と対峙する時
王都を包む冬は、静寂の中にもどこか不気味な緊張感を孕んでいた。
第一王子アレクシスによる謝罪、そしてエレノアの改革の進行は、王家と貴族社会に大きな波を起こした。
だが、それはまた、長らく沈黙していた“影”を動かすきっかけにもなっていた。
その影――“仮面の男”と呼ばれる存在が、ついに姿を現す。
* * *
王都南部、かつて古代魔導の研究が行われていたとされる遺跡――《星霜の聖廟》。
その深奥にて、エレノアは再び、彼と対峙した。
「久しいな、エレノア・グランツ」
漆黒の仮面、沈んだ声。
かつて学院の路地で対話した男は、変わらぬ気配で立っていた。
「やはり、あなたは“この国の過去”に関わっているのね」
「否。私は未来を見ている。ただし、それは“理に則った未来”だ。君の理想は甘すぎる」
エレノアは一歩も退かず、静かに問いかける。
「あなたの目的は何? 創造核を奪い、何を望むの?」
仮面の男は、ゆっくりと腕を広げる。
「“魔法の再支配”。この世界を、再び魔導による秩序の下に置く。
君がやろうとしているのは、均衡の破壊にすぎない。“力”を持つ者が導かねば、混乱しか生まれぬ」
「違う。私は、“力”を持たない者が踏みにじられない世界を作りたいの」
「その夢想は、やがて君を殺す」
「ならば、私がそれを“現実”に変えてみせる」
二人の間に、空気が激しく軋む。
次の瞬間、男が手を翳し、空間に亀裂が走る。
「来るがいい。創造核の継承者。私が、君の“限界”を証明しよう」
エレノアはすでに魔導陣を展開していた。
「“再構成魔法・終式”――《原理律環》」
空間が収縮し、無数の属性が螺旋状に編み込まれる。
仮面の男の魔法――《分離断界》がそれに衝突し、互いの術式が火花を散らす。
(これは……“概念”のぶつかり合い……!)
「君の魔法は、“希望”に過ぎない!」
「私の魔法は、“可能性”そのものよ!」
世界が、揺れた。
* * *
――視界が暗転する。
エレノアは、気づけば白い虚空に立っていた。
周囲には何もない。ただ一人、仮面の男がいる。
「ここは……?」
「精神領域だ。君の術と、私の術が、互いを取り込み合い、融合した結果だ」
男は仮面を外した。
現れたのは、かつて王家に連なる者――ジュリアンと酷似した青年だった。
「……あなたは、“失われた王統”の者……?」
「かつて、王政から消された“第一系統”。君の祖母――レナータ・グランツと共に、世界を変えようとした者だ」
エレノアは凍りついた。
「……祖母と、あなたが?」
「レナータは私の同志だった。だが、君を守るために、私たちは決裂した。
創造核を“守る”か、“使う”か……その答えが、違ったからだ」
「私は……祖母の遺志を継いでいると思ってた」
「君は“選ばれた”のではない。“育てられた”のだ。新たな希望として」
その言葉が、胸に突き刺さる。
(私は……創造された存在?
「ならば、その創造に抗ってみせる。私は私の意志で――この世界を変える!」
エレノアの声が、虚空に響き渡る。
仮面の男――否、かつて祖母と理想を語った“失われた王統”の男は、わずかに目を細めた。
「……その言葉を、待っていたのかもしれない」
彼の手から放たれた魔力が、エレノアの構築した魔法陣と完全に交わる。
虚空がきしみ、世界が反転する。
次の瞬間、二人は現実世界へと戻され、聖廟の奥で対峙したまま、静かに立っていた。
男の魔力は、消えかけていた。
「君は、私ではなかった。君は、レナータでもない。……けれど、きっと“その先”に行ける」
彼は最後に、懐から一冊の古びた魔導書を取り出した。
「これは、レナータが最後に書いたものだ。君が見るべきだろう」
手渡された書の表紙には、確かに祖母の筆跡が刻まれていた。
《未来に託す記録》――
「君の道が、世界を変える光となることを願う。創造核の真の継承者、エレノア・グランツ」
男は微笑みを残し、その場に崩れるように膝をついた。
その肉体は、長年の術式によって限界に達していたのだ。
「……ありがとう」
エレノアはそっと目を閉じ、彼の最期を見届けた。
* * *
聖廟を出た後、エレノアは仲間たちに向かって静かに告げた。
「私は、祖母に“導かれていた”だけじゃない。これからは、自分の意志で“導く”わ。
創造の力で、この世界を、すべての人の手に取り戻す」
その瞳に、迷いはなかった。
新たな戦いの幕が、静かに――しかし確かに、開かれたのだった。




