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第12章:母の面影と過去の因縁

公開討論会《審問会》の成功は、エレノアにとっても、第二王子ジュリアンにとっても大きな転機となった。

だが、それは同時に“注目されすぎた”という意味でもあった。

王都の空気が一変した。

エレノア・グランツの名は、もはや“かつての悪役令嬢”ではなく、“改革者”として囁かれるようになった。

しかし、そうした評価は、敵にとってはますます彼女が“排除すべき存在”として映るようになる。

* * *

「グランツ公爵家に不穏な動きがあるとの情報が入りました」

報告に訪れたのは、暁の会の情報員である青年、カラム。無口で寡黙ながら、情報収集能力は一級品だ。

「我が家に?」

「はい。本家の当主、貴女の父ヘルマン公爵が、第一王子派の重鎮と会合を重ねています。どうやら“家名の整理”という名目で、貴女の籍を除籍する動きがあるようです」

「……そう、来たのね」

静かに目を閉じるエレノア。

父――ヘルマン・グランツ。

彼は形式的には彼女の父親でありながら、一度として娘を“個人”として扱ったことがなかった。

「家とは、秩序を保つ装置にすぎない」

「感情で動く女は、家を壊す」

――彼がエレノアに言い放った言葉は、いまだに胸の奥に残っていた。

(けれど……私は、もう“あの家”に縛られてはいない)

「カラム、この件は“放置”します。ただし、記録と証拠だけは残しておいて。いずれ使うことになるわ」

「了解しました」

そして、もう一つ。

エレノアの胸に引っかかっていた“過去の因縁”があった。

それは、母の存在――イレーナ・グランツ。

* * *

エレノアの母は、彼女が十歳のときに姿を消した。公爵家に嫁いでわずか十年、病死とされていたが――その死には不自然な点が多すぎた。

遺体が公開されなかったこと。

葬儀が非公開だったこと。

そして――エレノアにだけ、母の遺言が伝えられなかったこと。

「真実を知りたいの……母が、どうして“いなくなった”のか」

その想いを抱き続けていたエレノアは、ついに決断する。

母が最後に暮らしていたとされる南部離宮――現在は使用されていない、王家直轄の離宮跡へと向かうことを。

* * *

数日後。

クラリッサとティナを伴い、エレノアは南部の山中にひっそりと佇む古い離宮へと足を踏み入れた。

重く閉ざされた扉を魔法で解錠し、埃まみれの内部を探索する。

静寂の中に、時折、かつての面影が残されていた。

古びたピアノ。

手織りのクッション。

そして、鏡台の引き出しの奥――

そこに、一通の手紙が隠されていた。

「……これは……母の筆跡」

震える手で開いたその手紙には、母・イレーナの優しい文字が並んでいた。

『愛しいエレノアへ。

この手紙を見つける頃、あなたはもう“大人”になっているのでしょう。

私がこの家を離れたのは、病ではありません。

あなたを守るため――そう、あなたの中に“創造核”の兆しが現れたとき、

王家の目が、あなたに注がれ始めたからです』

(……やっぱり、母は私を――)

『私は、魔導の民の末裔です。かつてこの地を追われ、禁術とともに生きた一族。

あなたには、その“血”が流れています。

けれど、それを恐れる必要はありません。

それは力ではなく、可能性――“創る者”としての運命です。

愛しています。どうか、あなた自身を信じて。

母 イレーナ・グランツ』

手紙を読み終えたとき、エレノアは静かに涙をこぼした。

「私は……」

これまで“父の家”に囚われ、悪役令嬢として断罪され、民を敵に回してきた少女は、

ようやく“母の愛”にたどり着いた。

「私は……誰にも必要とされていなかったわけじゃなかったのね……」

ティナがそっと手を差し出した。

クラリッサも、無言で背を支えていた。

(ありがとう、母さん。私……きっと、“この世界を変えてみせる”)

その夜、離宮の空に浮かぶ星は、誰よりも近く感じられた。

* * *

数日後、王都に戻ったエレノアは、早速手紙の魔導封印を研究に回した。

「この“術式”……現代の封印魔法とは違う……もしかして、創造魔法の“原型”?」

「まさか、エレノア様の母君も創造魔法の使い手だったのですか……?」

「わからない。でも、これで“前提”が一つ変わったわ」

彼女の目に、かすかな炎が灯る。

「私は“創造核”の適合者である前に、“選ばれた者”だったのかもしれない」

(母が残してくれたこの知識、この想い……必ず、“形”にしてみせる)

その夜、エレノアは久々に夢を見た。

柔らかな声、温かい手、そして頬に触れた優しい唇。

――「あなたには、大切な使命があるわ。でも、忘れないで。あなたが生きる意味は、誰かのためだけじゃない。あなた自身のために、強くあって」

「……母さん……」

目が覚めたとき、涙はすでに頬を伝っていた。

けれど、心の奥には確かな光が灯っていた。

愛された記憶が、彼女の心を満たし、支えてくれていた。

(私は、この国の矛にも、盾にもなる。けれど何より、“自分の意志”で歩き続ける)

その想いを胸に、エレノア・グランツは再び立ち上がる。

過去を知り、血を受け継ぎ、そして未来を創る者として。



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