1章-18話:生存を求める兵器
床を蹴り、船体の慣性も利用して外へと飛び出す。
「っ!」
しかしすぐ様全身を悪寒が遅い、彼女はスラスターを噴いて上昇の力を強める。
すると真下をビームが貫き、先ほどまで自分が居た部屋へと吸い込まれて行ったのだった。
そして、間髪入れずに新たな気配を感じる。自分を直接狙っている訳ではないが、取り囲むように複数の敵意を感じる。
「くっ……!」
彼女はスラスターを全開にし、全速力で船から遠ざかる。
———そして次の瞬間、無数の閃光が船を取り囲んで発射されるのだった。
「やっぱり脱出して正解だわっ!」
球状に並べられたビームが中心の船へと迫る光景は見る分には壮観だが、その実情は殺人光線の暴風だ。
全ビーム砲が船体に叩き込まれる。そして、ビームによる斥力を受けて身動きが取れない所へと一際大きい閃光が走って行った。
「あの口径、バトルヒュームの大型ビーム砲レベルの……!!」
複数のビームで船体を全体的に痛め付けつつ、トドメのビーム砲を叩き込む。
対艦砲の1/3とも言われる出力のビームは、紙細工に針を通すが如く船体を一文字に貫いた。
やがて閃光が途切れ、一瞬の静寂が訪れる。
メテラの視線は貫かれた船体を通して向こう側の宇宙を捉えており———その直後、堰を切ったように船体は大爆発を起こすのだった。
「くっ……!」
船内に留まっていれば爆発に巻き込まれて死んでいただろう。現状も爆発によって飛んで来る巨大な破片が生命を脅かすが、時速1000kmのビームと比べれば回避など余裕だ。
もちろんメテラは回避に注力するが、それと同時に彼女はとあることにも意識を割いていた。
「あいつはほぼ全方位から攻撃を加えて来た。……けど、一つだけ狙っていない箇所がある」
オシリスが狙っていない箇所、それは船体の後部———。より具体的に言えば、後部に位置していたRAの格納庫だった。
そして今船体の後部に目縁を向けると、その殆どが爆散した中で格納庫だけが原型を留めているのである。
これが偶然とは思えず、メテラはその意図まで把握していた。
「RAが欲しいんでしょ?……でも、そのお陰でチャンスが出来たわ!」
オシリスの本質は複数のRAを使役することにある。そのため敵のRAをいたずらに破壊することは自らの戦力を減らすことと同義であり、なるべく避けたいのである。
その意図を把握したからこそ、彼女は自らの機体も無事なことを確信していた。
飛んでくる破片を避けつつも、彼女は船団から遠ざかる様子を見せない。寧ろ退避から一転して爆散した船体の方へと駆ける。もちろん、その目線の先に存在しているのは格納庫だ。
———そう。格納庫まで走る案を復活させ、この機に乗じて逃走するつもりである。
「アーマーさえ、アーマーさえあれば……!」
船体の破壊に伴ってビームは止んでおり、彼女は攻撃を気にすることなく全速力で宇宙を駆ける。
その代わりに弾丸を超える速度で縦横無尽に飛び交う破片が行手を遮るが、縦横無尽だからこそ格納庫に向かって飛んでいる破片も存在する。
彼女は手頃な物を見つけるとそこにアンカーを打ち込み、その速度に乗った。
「ぐっ……!」
その瞬間マッハを超える加速度が体に掛かるが、強化人間のフィジカルで耐える。
そして、スラスターやワイヤーの長さを調整したワイヤーアクションで飛び交う破片を躱し———
「———よしっ!」
壁の穴から格納庫に飛び込んだ彼女は、スラスターで減速しつつ床に着地する。その目線を上げれば、3機の汎用RAと並ぶようにして黒色のバトルヒュームMKⅡが目に入った。
「ほら、さっさと私を出してくれれば……!」
最後に再び悪態を吐きつつ、愛機へと飛び上がるが———
「え?」
———直後、彼女は何かが足を掴むのを感じた。
目線を下に向ければ、小型スラスターのついた突起状の物体がワイヤーを伴って足に巻き付いている。
「(嘘っ、捕まった!?)」
ワイヤーは壁の穴に通じており、それを誰が操っているのかなんて考えずとも分かる。咄嗟にピストルを取り出して放てばその弾丸はワイヤーを切り離し、先端のスラスターは制御を失ったように動きを止めた。
彼女はその隙を突いて急いで飛び上がろうとするが、上空に目線を向けた時だった。
———その目は四方八方から飛んで来るワイヤーの存在を捉えるのだった。
「ひっ……!」
———それは蛇か、さながら触手のようである。
その雁首は獲物だけを見定め、全方位から飛びかかる。
「なっ、なんで気がつけないのよ!」
ビームには散々反応していた勘が無反応だったことに対して理不尽な苛立ちを覚えるが、一度目に入れたことでようやく空間把握能力が発揮されたようだ。視界に入れずとも何となく動きを察する事ができる。
取り敢えずは数メートル前方の床にアンカーを打ち込むと同時にその方向に跳ね飛び、引き付けとスラスターの加速で床を滑ってワイヤーの第一波を躱す。
その動きを繰り返してジグザグな走行でワイヤーを撒こうとするが、それを読んだのか引き返して来たワイヤーは放射線状に広がるのだった。
「き、機動力が違うっ……!」
右手はアンカーを打ち出すために進行方向へと向け、もう片方の手に構えたピストルをワイヤー目掛けて撃ち放す。
真空による無抵抗も相まってその一撃は確実にワイヤーを打ち抜ける筈だったが、弾丸が当たる寸前でワイヤーはぐにゃりと曲がり、それを避けるのだった。
「なっ、何なのよアレ!」
まるでワイヤーに意志があるとしか思えない挙動だ。スラスターもないように見えるが、原動力は一体———などと考えていると、彼女は右腕に何かが巻きつくのを感じる。
「後ろからっ!?」
前方のワイヤーを放射線状に散らばらせる事で気を引き、背後からもう一本のワイヤーを迫らせていたのだ。
彼女はそれを外すために暴れるが、同時に一つの考えがその頭の中をよぎっていた。
相手機のワイヤーは無尽蔵にあり、格納庫に空いた穴からそれを自由に出し入れ出来る。対するこちらは生身で機動力が劣っている上に武装が拳銃しかない。加えて頼みの勘すら視認するまで働かない。
まとめると、相手に対して優れている点が何一つない。
———これは、俗に言う“詰み”なのではないだろうか。
「……離せっ!」
しかし、詰みと言われて諦めるメテラではない。
ピストルによる近距離射撃でワイヤーを壊そうとするが、銃口を向けるとそれは巻き付いた腕を中心にクルッと回って射線から逸れる。
そのため、彼女は両足を振り上げて太腿で挟み込むようにしてワイヤーの動きを固定。そこを撃ち抜いて先端との接続を断つのだが———
「———はぁっ、何それ!?」
———確かにワイヤーは千切れた。しかし、撃ち抜かれたのではない。自ら分離したのである。
体を分離させて弾丸を避けると、すぐさま本体に接続している側のワイヤーが機敏に動いて繋がり直す。……本当に、ファンタジーに出て来る生命力の高い触手のようだ。
「こいつ、同一パーツの連結で構成されているの?……ちっ!」
ワイヤーの種は割れたが、割れた所でピストルで対抗できないと言う致命的な事実を突きつけられただけである。
このまま意味もなく暴れていた所で前方のワイヤー群に追いつかれるだけのため、彼女はバトルヒュームの上部に位置している壁に向かって左腕のアンカーを射出した。そして、全力で引きつけ始める。
「痛っ……!」
ワイヤーとアンカーに正反対から引っ張られ、彼女の両腕に激しい痛みが走る。
———が、互いに全力で引き合うと言うことはワイヤーがピンと伸びていることを意味している。曲がって回避するあそびは無いため、そこをピストルで撃ち抜いた。
ワイヤーは再び体を分断して回避を試みるが、それによって繋がりで途切れた瞬間にアンカーの引き戻しでメテラの体が瞬発的に弾け飛ぶ。ワイヤーが再生しようとした時には、その末端は彼女の体ごと遥か遠くへと消えていたのだった。
加えて、硬直状態を狙って接近していたワイヤー群も、弾け飛んだ彼女を一旦見送ることとなった。
「うぐっ!」
弾性エネルギーによって彼女の体にも強烈な加速度が掛かるが、そこは強化人間のフィジカルで耐える。
そして、黙って耐えている訳にもいかない。上部への加速をアンカーで補いつつもスラスターの噴射によってバトルヒュームへと接近。鋭い曲線を描いて最短距離でコクピットの元へ辿り着いた。
「よしっ!着いた!」
アンカーを外すと共にコクピットにしがみ付いて減速すると、流れるように虹彩認証を済ましてロックを解除する。
そして、蓋の上がったコクピットの中に入ろうとするのだが———
「っ!」
それだけの隙を見せれば、流石にワイヤーが黙っていない。4本のワイヤーが彼女の四肢に絡みつこうとするが———
「舐めんなっ!」
———彼女だってそれくらいの展開は予想している。
体を動かす前に右腕だけをコクピットに差し込み、コードに繋がった何かを投げ込んだ。ソレは一直線に宇宙を進み、カチッと音を鳴らしそうな勢いでコクピットシートに開いた穴に嵌まるのだった。
———そして、ソレとはトランス・システムと接続するための端子である。
ワイヤーに阻まれてコクピットに入れなかったとしても、端子さえ繋げればRAの起動は出来るという訳だ。
彼女の思惑通りバトルヒュームは起動する。そして、起動したメリットについてもすぐに分かることとなるだろう。
コクピットの一歩手前でワイヤーに捕まれば、彼女は差し込んでいた右腕からアンカーを射出してコクピットシートの背もたれに突き刺した。
そして、再びワイヤーに反発してアンカーを引きつけ始める。しかし、今度は4対1のため痛みは4倍だ。
四肢を反対方向に強く引っ張られることで彼女は海老反りの体勢になる。
「っ!痛っっ!!」
四肢が千切れそうになるが、彼女は寧ろそれを良しとしていた。何故ならば、コクピットにさえ入ってしまえば後は逃げるだけで生存が担保されるからだ。
———そして、これこそがトランス・システムを繋いだ最大のメリットである。
コクピットの閉鎖、トランス・システムの情報を利用した痛覚の麻痺、格納庫脱出に向けた機体操作等を四肢が切断された直後に迅速に行うことが出来る為、生存率が格段に上がるのである。
「応急セットはある!しばらくはフィジカルで耐える!手足なんて機械化すれば良いだけっ!死ぬよりはマシよ……!!」
叫び声で痛みを抑えながら手足が千切れるのを待つが、身体が強化されているが故にさっさと千切れてくれない。また、膠着している内にワイヤーがさらに集まって来た。
それらは胴を通り、胸にへばり付き、股を通って足を這い、全身を覆っていく。
「ちょっと!分からないからって適当に巻き付いてるんじゃないわよ!」
四肢を襲う痛みに耐えつつも、何やら変な巻きつき方をして来たワイヤーに対して彼女はガンを飛ばす。
……変な巻き付き方と言うのは、まさに文字通り変な巻き付き方なのだ。手足の拘束は完璧である一方、他の箇所はどのように力を加えれば良いのか分からないらしく、殆ど力が加わっていない。まるで、余ったワイヤーをとりあえず巻き付けておこうと言うように適当に巻き付いていく。
……加えて、何を遠慮しているのかワイヤー全体の力が微妙に弱まる。それによって体が徐々にコクピットの中へと入り始めた。
「何を考えてるのよっ!……でも、お陰でプランBに移れそうだわっ!」
———プランB。それは、『手足が千切れない状態で体の大半がコクピットの中に入った際』に彼女が発動しようと考えていた策だった。
その内容は、TS制御でコクピットを強引に閉鎖してギロチンの要領で両腕を切断すると言うものである。
ワイヤーだけを切断できるのが最善だが、手足を切断さえすれば発進できる状況で、無駄に綱引きに時間を費やすくらいならば、手足よりも時間の方が大切だと彼女は判断していた。
「は、や、く……!!」
ぎりぎりと軋みながら体がコクピットの中へと進む。背骨の骨折や胴体の断裂と言った致命傷が生じる前に、早く、早く胴体を押し込んで四肢を切断したい。
「緩める、ぐらいなら、離しなさいよっ……!!」
宇宙服が引き伸ばされ、ワイヤーが千切れ飛びそうな力を強化人間のフィジカルで耐える。そして体が入ったその瞬間、彼女はTSによって全力でコクピットを閉鎖した。
「っ———!」
四肢の断裂に伴うショックに備えた、その瞬間———
「———ダメです!!」
———少女の声が、聞こえた"気がした"。
真空空間で誰かの声など聞こえるはずがないのに、それは確かに頭の中に響いて来た。しかも、大人びていながらも少し舌っ足らずさが混じっているその声は、これまでに聞いた覚えのない物だった。
戦場に少女の声が聞こえるなんて普通じゃない。それに、もしも敵のパイロットだとすれば、自分を案じるような声が聞こえるのもおかしい。そのため仲間が助けに来たのかと思ったが、該当する人物も思い浮かばない。
「(何?強化人間でこんな喋り慣れてないやつはいない……)」
死に頻した頭が聞かせた幻聴だろうか。でも、死ぬ直前に知らない人の声が響くってのもおかしいな。
———そんなことを漠然と考えている彼女だったが、閉めたはずのコクピットが一向に閉まらないことに気がついた。
「なんで……?」
アドレナリンは先ほどからMAXなため、世界がスローモーションに見えている訳でもない。バトルヒュームのカメラを通して自分が収まっているコクピットに視線を向けると———
「え」
———自分の周囲を2機のRAが取り囲んでいる光景が目に入ってきた。そして目線を下げれば、閉まるはずだったコクピットの蓋を周囲のRAがマニュピレーターで物理的に押し上げている。
これが、コクピットの閉まらない理由である。
「しゅ、周囲のRAに手を回したのね。それに……助けてくれた?」
周囲を見渡せば、格納庫に収まっていた機体の姿が1つに減っている。彼女がワイヤーと格闘している隙にロックが開いていた機体を見つけ、トランス・システムを接続して掌握したのだろう。
———しかし、その掌握したRAを用いて相手パイロットの自傷を抑えると言うのは妙だ。彼女が呟いていた通り、助けてくれたとしか思えない。
「……」
その行動を受け、そして、現状を整理して彼女は逡巡する。
コクピットが閉まらず、機体も取り押さえられたとなれば逃走の可能性は無くなった。四肢の切断も、逃げる宛がない以上無意味だ。もはや勝ち目は0と言えるだろう。
このままワイヤーと引っ張りっこをしたところで体が裂けるだけである。抵抗することで勝利を得られるのであれば別だが、その先に死が待っているだけならば、抵抗する意味などない。
「っ、分かったわよ……!」
彼女がアンカーの引きつけをゆっくりと緩め始めると、ワイヤーもまた徐々にその力を抜いて行くのだった。
バネの跳ね返りで体がひん曲がらないように、彼女は慎重にアンカーを緩めて行く。
「(パイロットの素性は知れないけど、私を殺したいのならワイヤーを首に巻きつけてしまえば良かったはず。温情がある以上、降伏するほうが得よ)」
彼女の行動原理は生存だ。四肢を欠損してでも確実な生存を取るように、生き残るためならば降伏も厭わない。
———地球側の最高機密である強化人間が捕虜になることには多大なリスクと情報漏洩の危険性があり、降伏するくらいならば自死を選ぶように圧力を掛けられているのだが、そんなこと歯牙にも掛けない。
「痛っ———」
アンカーを取り外すと、左足に巻き付いた一本を除いてワイヤーも離れていった。ようやく激痛から解放された彼女は、体を丸めることで伸び切った全身の肉をあるべき形へと整える。
そして、丸まりながらも目線だけを上げて外の様子を探ると———
「!!」
———次の瞬間、目の前の壁が横に真っ二つに割れた。この壁はハッチの役割を持っており、それが開き始めたのである。
巨大なハッチはゆっくりと開き、宇宙に散らばる星々が僅かに見え始めるが———突如、その隙間を灰色の塊が埋めた。
「な、なに……!?」
ハッチの開閉部に差し込まれた灰色の物体。それは、巨大なRAのマニュピレーターであった。その指はバトルヒュームや周囲の機体と比べると明らかに大きく、力士のような様相を呈している。
そしてそれがハッチを掴んで無理やり開けていくと、その手の持ち主が段々と視界に入って来た。
小手に連装ビーム砲を取り付けられた巨大な腕、堅牢で幅のある胸部、多数のスラスターを備えていると思われるスカート……。
「なんて大きさなの……!」
彼女も地上から10m以上の高さに位置しているのだが、目の前の機体は高さ、幅ともに20mを超えている。そのため、立ち上がって見上げた状態で、なおかつ首を大きく横に振らなければその全身を眺めることが出来なかった。
その規格外の大きさに圧倒されて、彼女は自らピストルを捨てるとホールドアップのポーズを取る。
———すると、その誠意を受けたのか目の前の機体の胸部が縦に開き始めたのだった。




