1章-17話:死と再生を司る冥界の支配者
「———んだよあのデカぶつ。下手な艦艇並の火力だぜ」
8機のRA隊の中心に位置している中年の男は、母艦を目掛けてビームを連射する眼前の機体に対して嫌味を漏らした。
『作戦通り、所定の位置に分散して攻撃を仕掛ける。……タチバナ中尉。危険な位置を任せることになるが、よろしく頼む』
「任せろ。攻撃を避けるのは俺の役割だ」
艦長の全体指示が終わると彼は随伴機に対して声を掛ける。
「と言う訳だが、あれの武装を思うと正面ばかりに攻撃が飛んでくるとは限らない。お前たちも気をつけろよ!」
「はいっ!」
威勢の良い7つの合図を受けて満足気に笑うと、彼は加速して突出した。
「散れ!」
自分目掛けて飛んできた2連装ビームをギリギリで躱し、オシリスに向かって真正面から突進する。
随伴機が四方に散ると、そこに向かってオシリスが砲台を向けようとしているのに気が付く。
「こっちだウスノロ!」
彼が右手に構えているビームライフルを放つと、オシリスは最短動作でそれを躱しながらも四方への攻撃を放つ。加えて、四方を追いながらも目の前の彼への攻撃も忘れない。
「一体何個の目がついてやがる。これがトランス・システムの並列思考か」
そうぼやく彼の機体は、地球軍では珍しく手動操作になっている。しかし、これは機体数の不足などではない。彼自身が手動操作を望んでいるのだ。
「やっぱり、こいつじゃないと機械を動かしている気がしねぇ……!」
人の身体機能を拡張するために開発されたRAだったが、それを拒んで機械とみなす頑固者もいないことはなかった。
手動操作をTSと比べた決定的なデメリットとして操作の柔軟性の少なさ、視界の狭さ、角膜や腕と言った肉体のハードウェアに認知や操作が左右されることがあるが、それを補うように彼は一方向へのセンスが鋭い。
「一つじゃ当たらねえぜ!?狙って来いよ!」
レバーを傾け、当たれば致命傷のビームをギリギリで躱す。しかし、自身にヘイトを集めたいのだが目の前の機体は思い通りに動いてくれない。
随伴機は行先を潰すようなビームに阻まれて進行速度が遅くなっている。このままでは所定の位置に着く前に突破され、船体に直行されるだろう。
『全機、その場から攻撃開始!』
「チッ、そうなるよな……!」
だからこそ、万全ではない状態で攻撃態勢に入る。
艦長の指示を受けて全機がオシリス目掛けてビームを撃ち放すが、それは各個人の意思によるものではなかった。
全機の位置情報を統合したAIが自動で回避の難しい攻撃位置とタイミングを導き出し、その指示に従って攻撃を仕掛けるのである。
機体が散らばっているほど、それは全方位からの飽和攻撃となる。一般兵ならば到底回避できないのだが———
「———っ!?」
8本のビームが目の前の機体を包み込んでその姿が見えなくなるが、直後に自分目掛けて閃光が飛んで来た。
反射的にそれを避けた彼は目の前の機体が生きていることを確信する。
「攻撃を続けろ!あんなもんまぐれの回避だ!」
他の機体もAIの補助によって回避しつつ攻撃を続けるのだが———全く当たらない。
最小限な上に常に一手先を読んでいるような無駄のない動きは、目の前のパイロットが全知全能なのかと勘繰ってしまいそうになる。
しかも、それでいながら船体に向かう歩みを止めない。8機によるビーム弾幕が足止めにならない。
「こいつ、本当の化け物———」
———憎まれ口を叩いた瞬間。
視界の端で閃光を捉えて彼は反射的に上昇する。
「!?」
———あり得ない方向からの攻撃だ。
だって敵は目の前の一機だけ。そこにあるのはコスモス・シューターの残骸———
「ぬぅっ!?」
間髪入れずに回避先を狙った攻撃が飛んでくる。しかし、そこにあるのだってバトルヒュームの残骸———
「ぐあっ!?なんだ、どこから撃って———」
それを避ければ、後方下から飛んできたビームが彼の右肘を撃ち抜いた。それによってビームライフルが吹き飛ばされる。
しかし、相変わらず意味が分からない。敵は前方、後方なんて何もないのに———
「タチバナ中尉!大丈夫———」
他の7機も原因不明のビームに惑わされ、陣形が崩れる。
「なんで視野が前方にしかないのよ……!」
———彼らが右往左往している中で、メテラは発射源に目を凝らしてそれを特定した。
「(やっぱり、ワイヤーを絡めたライフルを曳航して攻撃を仕掛けている。コスモスシューターの携帯ライフルは黒色な上に小型だから見えにくいのね)」
ワイヤーは見えないが、ビームに照らされたお陰でライフルの姿がチラリと確認できた。おそらくは10本ほどのライフルを操って他方向からの攻撃を仕掛けているのだろう。
それはネルアの報告通りであり、彼女にとっては驚くことではない。しかし———
「(ただ、あの残骸には何の意味があるのよ。重いだけじゃない)」
———だからこそ、残骸を引き連れているのが不気味でしょうがない。目立つし重いし、何の意味もないだろうに。
———そして、彼女が疑問に思った次の瞬間だった。
「え?」
「!?なにっ、残骸が———」
彼女たちが驚きの声を上げたのは———残骸だと思われていた2機が突然動き始めたからである。
先ほどまでの直線移動から一転し、それらは急加速して滑らかに宙を滑り始めた。
「えっ、マリオネットでもしているの?」
メテラは困惑する。バトルヒュームはまだしも、コスモス・シューターなんてコクピットがガラ空きの死骸だ。誰かが乗っている可能性はない。
複数のワイヤーを絡み付けてマリオネットのように動かせば出来ないこともないだろうが、そんなことに労力を割くメリットは0だ。しかも———
「ちゅ、中尉!なんですかコイツ———」
コスモス・シューターは、ワイヤーで操っているとは思えない精密動作で正面から飛んできたビームを避け、1機の元にたどり着いた。
そしてビームソードによる切り払いを下降して避け、左足のミドルキックを青年のコクピットに叩き込む。
「ぐあっ!」
そして次の瞬間には退き、別方向から飛んできた2連装ビーム2本が、入れ替わるようにして凹んだ装甲に照射された。
AIが浮上による自動回避を試みるが、それを見切ったコスモス・シューターは踵落としを叩き込んで回避を阻止。撃墜をサポートする。
———そして、青年の機体は撃墜された。
「なっ、貴様―っ!」
混乱しつつも部下の撃墜を受けて怒りに震えるタチバナだが、そんな彼の元にはバトルヒュームが迫っている。
至近距離のビームを避ければオシリス本体からの攻撃が移動先へと伸び、それを避けて上昇すれば斜め下から飛んで来た2本のビームに被弾する。
「何故だ。あんな壊れたRAに———」
機体を襲う振動に耐えつつも斜め上のコスモス・シューター付近から飛んで来たビームをサイドステップで躱すが、真下から急速浮上して来たバトルヒュームがその背中にビームソードを突き立てた。
3度の被弾でビームコーティングを剥がされていた彼の機体はなすべもなく貫かれるが———
「っ!」
———前方にバトルヒュームが見えないと言う状況。加えて回避先に攻撃を迫らせると言う目の前の機体の戦法を読み、彼は死角からの攻撃を察知する。
全速力で前進するとその行き先を潰すように正面からビームが飛んでくるが、それを下降して回避。背後から迫っていたバトルヒュームの突進をサイドに移動して躱すと、そこで一旦飽和攻撃が途切れた。
……しかし、彼が狙われないと言うことは攻撃のリソースが他の機体に向けられていることと同義でもある。
「そ、総員点呼!」
随伴機に呼びかけるが、それに反応を返したのは3人だけだった。飽和攻撃が途切れたと言っても普通に秒間1発以上のビームは飛んで来るため、誰が落ちたのかを確認する余裕もない。
しかし、返事のない機体が全て落ちたと考えると戦力は出撃時から半減していると言えるだろう。このまま翻弄され続ける訳にはいかない。
「よく分からんが、ドローンで狙われていると見た!総員、本体に掛かるぞ!」
ドローン発進機と相対した時のメジャーな対処法はドローンを振り切って本体を叩くことだ。それはドローンの操作に気を取られて本体の操作が疎かになっている場合が多いからである。
タチバナは号令を掛け、自ら正面から突撃を掛ける。
「俺が引きつけている間に切り掛かれ!」
彼を止めるために突進を仕掛けて来たコスモス・シューターを躱すと、ぎりぎりビームを躱せる位置まで近づいてオシリスの周りを周回する。
アナログ操作で近接戦闘を仕掛けるのは無理があるため、注意を引きつつも他の機体が切り掛かるのを待っているのである。
「おいおい、俺のことは無視かよ……!?」
意識は常に前方に割き、砲門が自分を向いていない隙にチラッとレーダーを確認して他方向からの攻撃を警戒する。タイミングが噛み合わなければ即死なため、攻撃を引きつけたいのだが引きつけ過ぎたくもない。
矛盾を口に出しながら必死に取り付いていると、斜め上からRAと思しき反応が近づいて来た。チラッと後ろを振り向いて全方位モニターでその姿を視界に捉えると、それは待ちに待っていた味方機であった。
「良く来た!ここは俺が固めるから回り込め!」
彼が全体通信で指示を飛ばす間に、その機体は速やかに彼の元へと直進する。そして、通信内容を聞き届けたのかビームソードを抜き放ち———
「———?」
———彼の背中に、突き刺した。
「え?誰だ!中尉、タチバナ中尉———」
———味方が隊長機を突き刺した光景は、他の三人に衝撃を与える。
困惑して叫び声を上げる青年の前にもヌッと味方機が現れ、彼の機体を片手で抱きしめると———もう片方の手に持ったビームソードをそのコクピットに突き立てた。
「な、なんだあっ」
———柄をコクピットに突き立てて思い切り突き刺してくれた方がまだ良かっただろう。
しかし、その機体はビームソードをヤケに手前に構えている。そして、バーナーでサーモンでも炙るかのようにソードの先端でコクピットをゆっくりと溶かしていくのである。
ビームコーティングの奏でる火花が終われば全方位モニターが少しずつ乱れ始め、やがてコクピットの融解する鮮やかな色が視界を埋め尽くし———
「うあああっ———」
そのコクピットからは彼の姿だけが消え失せたのだった。
「酷い。……でも、あの機体を活かすためにあれをしないといけないのよね」
———そして全てを俯瞰していたメテラは、その行為の意味と “オシリスの真の能力” を理解する。
「(オシリスのワイヤーはただのワイヤーなんかじゃない。アレの本質は ”トランス・システムに接続するための端子”だ)」
それは、撃墜された機体を目で追っていた時のことだった。ふとその機体をスラスターの光が横切り、目を凝らせばワイヤーがコクピットの中に入って行ったのである。
———そしてその瞬間、突如として撃墜された機体が動き始めたのだ。
「(パイロットが死んだはずの機体が動き始めた。……そして、隊長機の裏を取って奇襲を掛けたんだ)」
ワイヤーの侵入と撃墜機の再起、そして反乱。これらに因果関係が無い訳が無い。
驚いて他の撃墜機にも目を向ければ、それらが次々と起き上がって味方機を襲う光景が目に入ってきた。
———死人が息を吹き返して味方を襲う様は、まるでゾンビのようだ。
そして彼女は、ゾンビよりも正確にこの状況を表す言葉を知っていた。
「(死人をアンデッドとして操るのはネクロマンサーよね。……でも、ホルス国のモチーフでもあるエジプト神話にはもっと相応しい神がいたはず……)」
ホルスとはエジプト神話において天空と太陽を司る存在として知られる神の名前だ。
そして、エジプト神話に登場するネクロマンサーの要素を持った神。それは———
「(———オシリス……!)」
———オシリス、死と再生を司る冥界の支配者。
その名を冠するロボティック・アーマーが、今まさに死者を引き連れて戦っているのだ。
「(貧乏精神の賜物とは言え、流石にこれはイレギュラーよ!)」
『死者蘇生』などと謳えばカッコいいが、要するに『新しいRAを作る資産が無いから、撃墜したRAを敵味方問わず戦場で強奪してそのまま使おう』と言うのがこのオシリスのコンセプトである。
武装のリユース程度ならば貧乏精神で済むが、それを極めるとここまで来るのかと彼女は恐れを抱く。
……が、恐れを抱いている場合ではない。彼女は窓の外を眺め、各個撃破によって全滅したRA隊に対して悪態を吐いた。
「やっぱり駄目じゃないっ……!」
恐怖を怒りに転じ、その勢いで再び艦長への連絡を試みる。
彼女は既に宇宙服を身に着けており、戦闘準備は完了していた。先ほどから何度も連絡を試みていたものの、その度に「艦長はRA隊に指示を出しているため」と言う理由でオペレーターに拒否されていたのだ。
「ほら、全滅したから連絡繋げるでしょ……!」
右手に構えていたタブレットを投げ捨て、その手で連絡用タッチパネルを操作しようとすると———
「———っ!?」
———全身が激しい寒気に包まれ、彼女は反射的に壁を蹴ってその場から跳ね飛んだ。そしてベッドと壁の隙間に身を隠した次の瞬間。その部屋を、黄金の閃光が照らした。
「ひっ……!?」
通話のために開けていたバイザーを慌てて閉じる。
全身を襲う激しい振動によって隙間から弾き出されそうになるが、必死に腕を突っ張って体を沈めた。空気が外に漏れることで体が吸い出されそうになるが、全身が軋むほどの力で必死にその場に留まる。
「はぁ、はぁ……!」
閃光が消えるのを見計らい隙間から顔を出すと、彼女が先ほど立っていた場所は消滅しており、船体に開いた穴からは宇宙空間が広がっていた。
盾にしたベッドもその半分が融解しており、壁際に逃げた程度では熱によって命を落としていただろう。
「い、いや……っ!」
一歩間違えれば死んでいたことを実感して彼女の呼吸が荒くなる。しかし、これは終わりではなく始まりだ。
閃光が止んでも振動は止まない。RA隊を失った船が直接攻撃を受けているのが伝わってくる。このまま留まっていても次はない。
「こ、このっ、RAさえあればこんな状況っ!」
慌ててベッドから這い出すが、船が移動した勢いで船外に放り出されそうになる。
彼女は宇宙服に装備されているアンカーを壁に突き刺して命綱にすると、小型スラスターによる移動でなんとか床に張り付くことに成功した。しかし、こんな移動もままならない状況でどうやって———
「っ!!」
———衝動に突き動かされ、彼女は再び床を蹴る。
部屋に空いた穴から船外に飛び出したところで壁を掴んで体を固定。アンカーを外し、それを下の階に打ち込んで引きつけることで下の階へと移動した。
そして次の瞬間、彼女は黄金の閃光を見上げることとなる。
「……!」
本体から放たれた2連装ビームが、船体に空いた穴を通って一つ上の階へと侵入したのである。
部屋の中に転がり込んだことでその光は天井によって遮られるが、この一連の攻撃を分析して彼女は不味いと感じた。
あの機体は船体に小さな穴を開け、その穴を狙撃してさらに穴を広げる……と言うようにビームで船体を掘り進めているのだ。
つまり、この部屋が狙われるのも時間の問題と言うこと。
———最悪な状況だが、実は悪いことばかりでもない。
何故ならば、オシリスが上の階を攻撃してくれたお陰で彼女には新しい選択肢が生まれていたのだ。おかげで二択を選べるようになった。
「(このまま格納庫まで走るか、もしくは船を離脱するか……)」
彼女が思案している二択がそれである。
まず一つ目、格納庫まで走ると言う案。
彼女の部屋は契約によって施錠されていたが、先ほどの攻撃によって扉は吹き飛んだはずだ。この機に乗じて格納庫まで移動すれば、艦長の許可を得ずともバトルヒュームに乗る事ができる。乗り込んでさえしまえば後は戦闘機形態で逃走するだけだ。
しかし、格納庫まで移動している途中に死角からの攻撃を受けないとも限らない。加えて振動から察するにこの船体は全方位攻撃を受けており、今すぐにもバイタルパートが被弾して爆発するかもしれない。
例え直感で死角からの攻撃を避けられたとしても物理的に回避場所が無ければ終わりである。
しかし、二つ目の選択肢を選んで船体を飛び出して宇宙遊泳すると言うのも問題しかない。宇宙服の推力には限界があり、飛び出した瞬間に船体の回避に巻き込まれて轢き潰される可能性もあるからだ。
さらに、逃げ出したところで次の手がない。運が悪ければ一生宇宙空間を漂うことになるだろう。
……しかし、ここでグズグズと考えていれば死ぬのは確実だ。理由を付けて迷うことは簡単なのに、生死を分ける二択を一瞬で選ばされる。
「———っ、こんな所にいられないっ!」
———そして、彼女は脱出を選んだのだった。